公開日 2006.04.05

電位依存的プロトンチャネル分子の発見

カテゴリ:研究報告
 岡崎統合バイオサイエンスセンター 神経分化研究部門
 

概要

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「イオンチャネル」(注1)は、細胞膜でのイオンの出入りを制御することで脳や筋での電気信号の形成やからだの恒常性維持に関わる重要な膜タンパク質です。2003年マッキノンのノーベル化学賞に代表されるように、ナトリウム、カリウム、カルシウムイオンに対応したイオンチャネル分子について構造や機能の研究が進み、てんかんや不整脈、糖尿病などの原因遺伝子や創薬のターゲットとして盛んに研究が行われています。一方、昨年精巣から電位センサーをもつ酵素分子が発見される(Murata et al: Nature, 2005)など、膜電位(注2)変化による電気信号により制御される分子が神経や筋だけでなく幅広い生物現象に関わる可能性が指摘され、免疫系細胞でも、膜電位による情報伝達やその分子実体の究明が期待されていました。

今回、ホヤ、魚、マウスやヒトを含む脊索動物のゲノムに共通する膜タンパクとして、脳や筋のイオンチャネルと一部類似の構造を示し、水素イオン(注3)を選択的に通す、新たなイオンチャネル分子を発見しました。この分子はイオンの通路の構造(ポア領域)を欠いているにも関わらず、膜電位と細胞内外のpHを感知して水素イオンの輸送を制御するというユニークな性質をもつことがわかりました(VSOP(=Voltage sensor only protein)と命名)。これまで知られてきた電位依存性チャネルでは、イオン透過はポア領域により担われており電位センサードメインは電位を感知する性質しかありませんが、VSOPは電位センサードメインが電位を感知するとともにそれ自体で水素イオンの透過も行っていると考えられ、イオンチャネルの構造と機能を考える上で極めて興味深い分子です。

このタンパクはマクロファージ(注4)などの血球系細胞に発現しており、バクテリア、ウィルスなどの異物の殺菌や不要になった細胞を除去する重要な細胞現象(食機能、"ファゴサイトーシス"(注5))を制御していると考えられます。ファゴサイトーシスでは活性酸素(注6)の合成系が一過的に活性化されることが良く知られていますが水素イオンチャネルはこの過程を制御する重要な因子です。この分子機構の研究は、イオンチャネル分子の動作原理や水素イオン輸送機構の解明に重要であるだけでなく、今後、アレルギー、自己免疫疾患、感染症、変性疾患などの病態の解明や、自然免疫機能の活性化のための創薬などにつながることが期待されます。

論文情報

Mari Sasaki, Masahiro Takagi, Yasushi Okamura; A voltage sensor-domain protein is a voltage-gated proton channel, Science, in press (2006). published on line, 10.1126/science.1122352

【図1】

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イオンチャネル蛋白の膜トポロジー構造の模式図。通常の電位依存性チャネルは6回膜貫通構造をとり、最初の4つの膜貫通領域が電位センサードメインで、その下流のイオンの透過部位(ポア領域)の働きを制御する。Ci-VSPはポアドメインを欠き、代わりにホスファターゼドメインを有し、膜電位依存的な酵素活性変化を示す。今回発見されたVSOPは電位センサードメインだけから成り、ポア領域やホスファターゼドメインに対応する部位を含まない。

【図2】

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今回見出された電位依存性プロトンチャネル(右)と従来のプロトン輸送蛋白(左)との違い。従来のプロトン輸送蛋白はエネルギーを消費してプロトンを細胞内から外へくみ出すポンプ機能を持つのに対して、電位依存性プロトンチャネルは、細胞内外の濃度勾配と電位勾配に従ってプロトンを輸送するイオンチャネルである。通路の開閉が、細胞内の水素イオン濃度と膜電位の両方で制御されており、細胞内に水素イオンが貯まった状況に応じて開くため、外にくみ出すことができる。

用語解説

(注1) イオンチャネル
細胞膜に存在し、細胞内外のイオンの通路をミリ秒から秒の単位で制御するタンパクである。数十種類以上が知られ、膜電位で制御されるもの、細胞内外の化学物質で制御されるもの、細胞膜の伸張などの物理的刺激で制御されるなど、多様性がある。神経、筋の膜電位変化に関わるイオンチャネルは、「電位センサー」と呼ばれる仕組みによって数ミリボルト程度の膜電位変化に応じて、イオンが通る穴(ポア)の状態をミリ秒の単位で変化させることで、イオンの出入りを制御している。このような「電圧依存」的なイオンチャネルには、ナトリウムイオン選択的に通すもの(Naチャネル)、カリウムイオン選択的なもの(カリウムチャネル)、カルシウムイオン選択的なもの(カルシウムチャネル)などがある。
(注2) 膜電位
細胞は細胞膜と呼ばれる脂質の二重膜で閉じられた構造をしている。この脂質の二重膜の内外で、イオンの濃度が異なるために、特定のイオンが通過すると、電荷の不均衡が生じるため膜を介した電位勾配が生まれる。通常は、カリウムや塩素のイオンの濃度に依存して、細胞内がマイナスの電位(-60 mV程度)になっている。これを静止膜電位と呼ぶ。この膜電位は、イオンチャネルなどの膜タンパクによるイオンの出入りによって常に変動しており、神経や筋などでは、ナトリウムとカリウムの出入りが急激に生じることで、静止膜電位から約50mVから80mV程度プラス側へ動くような膜電位の変化が生じる(活動電位)。
(注4) マクロファージ
プロトンとも言う。元素のうちもっとも原子量が小さい元素で、生体のなかでもっとも数の多い原子である。生体中では水、タンパク、脂質、糖などに含まれるが、電子がはずれて陽電荷をもつ「水素イオン」の濃度(pH)の制御は、さまざまな生物現象において重要である。ミトコンドリアでのエネルギー産生や光合成、肺での呼吸、腎臓による体液pHの制御など人体の機能に必至な働きを担う。水素イオンが細胞膜を介して輸送される仕組みは、水分子同士での水素結合や、タンパク分子中の水素結合を介して移動する機構が考えられており、ナトリウムイオンやカリウムイオンとは異なると考えられる。
(注3) 水素イオン
体内に進入した異物や、異常が生じた細胞を貪食し、酵素や活性酸素の作用によって殺菌する血液細胞の一種。
(注5) 食機能-ファゴサイトーシス
多くの細胞がもつ機能で、細胞間の環境を整えるために、細胞が細胞外の物質を飲み込んで消化する機能のことを指す。細菌を取り込む白血球の貪食機能や古い赤血球や死んだ細胞を処理するマクロファージなどに広く見られる。このステップは、感染防御の第一段階である自然免疫に重要であるだけでなく、異物を異物として認識する獲得免疫機能(抗原-抗体反応)にも必須である。
(注6) 活性酸素
酸素分子を酵素作用で酸化することで生じる分子群の総称(ROS=reactive oxygen speciesとも言う)であり、生体分子を傷害する働きがある。白血球やマクロファージはこの活性酸素をいくつかの酵素とともに局所に分泌することで微生物を殺したり消化することができる。活性酸素が過剰に作られると逆にまわりの組織を障害することとなり、動脈硬化や神経変性などの病態を引き起こすことが知られている。活性酸素の産生の機構には、主に貪食過程で働くNADPH-オキシダーゼと、ミトコンドリアで働く電子伝達系の酵素群が知られている。貪食過程では活性酸素を産生する酵素反応とプロトンの輸送が別の経路で行われると考えられてきたが、そのプロトンの輸送経路の実体は長い間不明であった。

問い合わせ先

岡村康司(自然科学研究機構・岡崎統合バイオサイエンスセンター神経分化研究部門教授)
E-mail : yokamura@nips.ac.jp
TEL: 0564-59-5256,   FAX: 0564-59-5259