公開日 2006.09.28

V4野におけるボトムアップ型、及びトップダウン型注意のダイナミクス

カテゴリ:研究報告
 生体情報研究系 感覚認知情報研究部門
 

概要

視覚探索では少なくとも二つの異なる起源をもつ注意機構が働いていると考えられている。一つはボトムアップ型の注意と呼ばれるものであり、眼前に与えられた視覚刺激そのものの性質によって引き起こされる受動的な注意過程である。たとえば、リンゴが多数ある中で1つだけ存在するバナナのように、周囲の物体と色や形の特徴次元で異なる物体は目立ち(ポップアウトして)我々の注意を自動的に引き付ける。もう一つはトップダウン型の注意と呼ばれるものであり、予備的な知識や意図によって特定の空間位置や刺激特徴に関心を向けることを可能にする能動的な注意過程である。日常生活では片方の注意のみが働くわけではなく、2つの注意過程が共同して働くと考えられる状況も多くある。そのような場合、2つの注意過程によって生じるであろうボトムアップ性とトップダウン性信号は、どのような時間的特性をもって作用するのであろうか?このことを調べるため、各注意成分を分離することが可能な多次元視覚探索課題(図1)をサルに行わせ、腹側視覚経路の中間段階に位置するV4野より単一ニューロン活動を記録、解析した。その結果、ボトムアップ性とトップダウン性信号によるニューロン活動への影響は異なるダイナミクスをもつことが明らかになった。ボトムアップ性の効果は視覚刺激を呈示した直後の早い期間において優位であるが、トップダウン性の効果は目標刺激にサッカード眼球運動する直前の遅い期間において優位に作用していた(図2)。この結果は、同一の領野で表現されている神経情報であっても、視覚探索が実行されるような短期間(~ 300 ms)のうちにボトムアップ性からトップダウン性の情報表現へ変化することを示している。

論文情報

Ogawa T and Komatsu H
Neuronal dynamics of bottom-up and top-down processes in area V4 of macaque monkeys performing a visual search.
Exp Brain Res, 173:1-13, 2006.

【図1】 

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多次元視覚探索課題。課題では2種類の色と形から成る刺激配列が呈示され、その中には色及び形次元で異なる刺激が1つずつ含まれる。サルは、色または形次元で目立つどちらかの刺激を目標としてサッカード眼球運動(矢印)を行うと報酬がもらえる。トップダウン性の注意条件は目標刺激を探す特徴次元を交代させることによって、ボトムアップ性の注意条件は受容野(灰色領域)にどちらの特徴次元で目立つ刺激を呈示するかによって統制した。

 

【図2】 

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V4ニューロンの活動ダイナミクス。(A)視覚刺激呈示後80 msから240 msの期間における解析結果。(B)サッカード開始前80msの期間における解析結果。解析は50 ms間の時間窓を20 msずつ移動させながら行った。各時刻においてニューロン活動に対するボトムアップ性信号とトップダウン性信号による影響の相対的な強度を調べるため、受容野刺激が形次元で異なる場合のニューロン活動(Rshape)と色次元で異なる場合のニューロン活動(Rcolor)の差(Rshape - Rcolor)を求め、形次元探索条件で得られたものを横軸に、色次元探索条件で得られたものを縦軸にとってプロットした。もしボトムアップ性信号の影響が主として働いて受容野刺激がどの特徴次元で異なるかを表現するならば、プロット点は右上と左下の象限に分布して正の相関を示すと予想される。これに対してトップダウン性信号が主として働いて受容野刺激が目標となるときにニューロン活動の増強が生じるならば、プロット点の分布は右下の象限方向に偏移して負の相関を示すと予想される。解析の結果、ニューロン活動に対するボトムアップ性の影響は視覚刺激呈示後の比較的早い期間において、トップダウン性の影響はサッカード開始直前の遅い期間において優位に生じていた。