公開日 2007.05.08

サッケード抑制にかかわる神経経路の同定

カテゴリ:研究報告
 発達生理学研究系 認知行動発達機構研究部門
 

概要

我々は日常、急速性眼球運動(サッケード)という速い眼球運動によって目を動かしているが、サッケードの最中は視覚信号処理が中断されているため、我々の視覚イメージは眼が動いてもぶれることは無く安定している。また、サッケード遂行中に網膜上に生じる物体の動きの視覚刺激がさらにサッケードを誘発することはない。このようなサッケード遂行中の視覚情報の遮断は「サッケード抑制」と呼ばれている。このようなサッケード抑制のメカニズムについては、当初、網膜の活動の変化や外眼筋の伸張受容器からのフィードバック入力などが作用している可能性が検討されたが、いずれも実験的に否定された。その結果、中枢神経系におけるサッケード制御の運動指令が内部フィードバック(随伴発射=corollary discharge)によって視覚入力を抑制しているのではないか、と考えられているがどのような抑制経路が存在するのかは明確でなかった。この問題に関連して、GoldbergとWurtz (1972)はサルのサッケードの制御中枢である中脳上丘の視覚入力層である浅層において、サッケード遂行中の神経活動を記録・解析した。すると浅層のニューロンはサッケードと同じ速さで動く視覚刺激に応答することはできるが、サッケード遂行中にその視覚応答は抑制されていることが明らかにした。上丘浅層のニューロンは視覚系視床を経て大脳皮質視覚関連領域に投射することから、このような抑制はサッケード中の動く視覚刺激によって新たなサッケードが起きないようにするとともにサッケード遂行中の視覚認知の抑制に関わっていると考えられた。しかし、この上丘浅層の視覚応答の抑制がどのようなメカニズムによるのかは長年明らかでなかった。 本研究において、上丘からのサッケード運動指令の出力層である中間層に存在する抑制性ニューロンが直接、浅層の視覚系視床への投射細胞を抑制することが明らかにされた。まずSooksawate、伊佐らは、柳川らによって作成された、GABA作動性ニューロンがGFP蛍光を発するGAD67 GFP ノックインマウスの上丘のスライス標本を作製し、中間層においてGABA作動性ニューロンからホールセル記録を行い、細胞内にバイオサイチンを注入し、細胞の形態を解析したところ、一部のニューロンは浅層に向けて軸索を投射し、そこで終止していることを明らかにした。そこでLeeとHallは中間層のニューロンの細胞体ないしは樹状突起をケージドグルタミン酸のレーザー光によるアンケージング法によって選択的に刺激、活性化したところ、その背側部の浅層において、動きの情報を検出し、視覚系視床へ投射することが知られているwide field vertical cellにおいてGABAA受容体を介する抑制性シナプス電流が検出された。しかし一方、興奮性シナプス電流はほとんど観察されなかった。このようにして洗練された遺伝子改変及び電気生理学的実験技術と高解像度の神経細胞の染色法の組み合わせによって、これまで明らかでなかった上丘中間層から浅層出力細胞への抑制性経路を初めて明確に示された。この結果はサッケード抑制が、運動出力系が内部フィードバック経路によって視覚入力を比較的初期の段階で抑制することによって実現されていることを強く示唆するものである。これは生理学研究所認知行動発達機構研究部門と群馬大学、タイ国チュラロンコン大学、米国デューク大学との共同研究による成果である。

論文情報

Lee PH*, Sooksawate T*, Yanagawa Y, Isa K, Isa T**, Hall WC** Identity of s pathway for saccadic suppression. Proceedings of National Academy of Sciences USA, 104: 6824-6827 (2007) (online free access)

* = equal contribution, **=co-corresponding authors

【図1】

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