公開日 2007.12.14

脊髄損傷からの機能回復 -“脳の働き”をサルで解明-

カテゴリ:プレスリリース
 生理学研究所 広報展開推進室
 

概要

自然科学研究機構生理学研究所の伊佐正(教授)は、理脊髄損傷によって指先が動かなくなったニホンザルに指先でつまむリハビリテーション訓練を繰り返すことにより1~3ヵ月後には指先が元通りに動き出すが、回復にともなって回復にかかわる脳の部位が変化していくことを突き止めました。この発見は、PET(陽電子断層撮影装置)による脳機能イメージング法などを用いて、指先を動かすために本来働いている脳の部位とは別の部位の活動が高まり失われた機能が補われるメカニズムを世界ではじめて明らかにしたものです。脊髄損傷や脳梗塞などで麻痺となった患者のリハビリテーションへの応用が期待されます。

頸髄の一部(手の運動を制御する皮質脊髄路)に損傷を負ったサルは、受傷直後には損傷を受けた側の指先を自由に使えず、人差し指と親指で食物をつまむことができなくなります。このサルに、損傷直後から、指先でつまむリハビリテーション訓練を多数繰り返すと、1~3カ月後には、元通り指先を上手に使って食物をつまみとることができるようにまで回復することを、伊佐らはこれまでに明らかとしてきました(図1)。

本研究では、この機能回復過程の回復初期(1ヵ月)と回復安定期(3ヵ月)の脳の働きを調べるため、放射性酸素(O15)を組み込んだ放射性薬剤(注2)を投与して、神経活動の様子をPET(陽電子断層撮影装置)で観察しました。すると、回復初期(1ヵ月)には、本来使われている脳の部位だけでなく、普段は活動が抑えられて使われていない反対の脳(大脳皮質運動野)が活動していることが明らかとなりました。この新たな脳の活動部位からの指令が、脊髄の損傷をうけていない部分をバイパスして指にまでいくように機能が補われていることが推測できました(図2)。

その後、回復安定期(3ヵ月)になると、本来の脳の部位の活動が更に高まり、指先を器用に動かすことができるまでに回復するとともに、活性化される脳の部位が広くなりました(図3)。この脳の可塑性により、より多くの運動野の細胞が指の運動にかかわるようになり、また、大脳皮質の運動野以外の部位(運動前野)からの指令も、指先に向かうようになるものと考えられます。

今回、脊髄損傷後のリハビリテーションにより脳の機能が補われながら指の運動が回復することを、世界ではじめて明らかにしました。今後、脊髄損傷や脳梗塞などの患者のリハビリテーションへの応用が期待されます。

本成果は、伊佐正(生理学研究所・教授)と西村幸男(現ワシントン州立大学研究員)が、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「脳の機能発達と学習メカニズムの解明」研究領域(研究総括:津本忠治)における研究課題「神経回路網における損傷後の機能代償機構」のもと、独立行政法人理化学研究所分子イメージング研究プログラム分子プローブ機能評価研究チームの尾上浩隆チームリーダーらと共同で、浜松ホトニクス株式会社中央研究所(塚田秀夫博士)の協力を得て行った研究であり、2007年11月16日(米国東部時間)発行の米国科学雑誌「Science」に掲載されました。

論文情報

Yukio Nishimura, Hirotaka Onoe, Yosuke Morichika, Sergei Perfiliev, Hideo Tsukada, Tadashi Isa. Time-Dependent Central Compensatory Mechanisms of Finger Dexterity After Spinal Cord Injury. Science (published on Nov 16, 2007)

【図1】 脊髄損傷をうけたサルの回復経過

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脊髄損傷をうけたサルは、損傷直後は、親指と人差し指をうまく使うことができないが、リハビリテーションによって3ヵ月後には指先が自由に動くようになり、食物を取ることが可能となる。

【図2】 回復初期(1ヵ月)に活動が増加する脳の部位(PET画像)

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回復初期には本来活性化される脳の部位の活動も増加していますが、反対側の脳の活動も補うように高まっています。


 

【図3】 回復安定期(3カ月)に活動が増加する脳の部位(PET画像)

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回復安定期には、本来活性化される脳の部位の活動が更に高まります。活性化される領域が損傷前よりも広がります。