include(MODULE_FOLDER_PATH."side_release_list_for_entry.php") ?>
中脳上丘は外界の視覚情報に対する眼球や身体の素早い応答を制御する中枢である。中でも外界の視覚対象の動きは浅層に主に存在するwide field vertical (WFV) cellと呼ばれる特徴的な細胞によって検出されることが知られている。WFV cellは上丘表層に向けて大変広範囲に樹上突起を張り巡らせており、その樹状突起に視神経からの入力を受けている(図1)。そして出力は上丘の出力層である中間・深層や視床に向けて投射されている。これまでの研究からWFV cellには上丘ニューロン群の中でも特にH電流(注)が顕著に観察されることが明らかになっていたが、今回、ラットの上丘スライス標本におけるパッチクランプ法による電気生理学的解析とThy-1トランスジェニックラットでの免疫組織化学実験を組み合わせた研究によって、H電流は特に視覚信号入力部である樹状突起に高密度に分布していること、そしてその活性化の時間経過や免疫電子顕微鏡の観察結果からH電流を生成されるHCN1-4サブユニットの中でもHCN1が主に発現していることが示された。
WFV cellは視神経入力を電気刺激すると非常に短い一定の潜時で応答するが、今回の研究で、WFV cellの樹状突起にはNaチャンネルが存在しており、樹状突起においてNaスパイクが生成すること、そしてH電流は内向き電流を生成させて樹状突起の膜電位を常時このNaスパイクの生成閾値付近に維持していて、入力に対して即座にスパイク応答できるようにしていることが明らかになった(図2)。これによってWFV cellの樹状突起が視覚入力に対して大変鋭敏に反応する機構が明らかにされた。この作用は上丘ニューロンが動きを検出するための鍵となるメカニズムであると考えられる。
従来より、海馬や大脳皮質の錐体細胞でもH電流は主として樹状突起に分布することが知られていたが、そこでのH電流の機能はむしろ抑制的であるとされてきた。特に最近の研究においてH電流は錐体細胞の樹状突起をシャントする、ないしは持続的に脱分極してT型Ca channelを不活性化するなどして抑制的に働くと報告されている(Tsay et al. Neuron, 2007年12月号)。しかし、今回明らかになったように上丘のWFV cellでは、H電流はNa channelとカップルして、持続的に樹状突起を脱分極させ、弱い感覚入力に対しても即座に活動電位を生成させる、すなわち興奮的に働いていることが明らかになった。このことは樹状突起におけるH電流の機能は共役して働く相手の電位依存性チャンネルとの組み合わせによって全く異なることを示しており、細胞機能に対する電位依存性チャンネルの役割を考える上で大変興味深い知見である。
(注)H電流(Ih):hyperpolarization-activated currentと呼ばれ、当初心筋で見いだされ、If, Iqなどとも呼ばれてきた。膜電位が過分極になると比較的遅い時間経過で活性化し、かつ不活性化しない内向き電流であり、HCN1-4いずれかのサブユニット分子ないしはその共役体で機能するとされている。
Endo T, Tarusawa E, Notomi T, Kaneda K, Hirabayashi M, Shigemoto R, Isa T (2008) Dendritic Ih Ensures High-fidelity Dendritic Spike Responses of Motion Sensitive Neurons in Rat Superior Colliculus. Journal of Neurophysiology, Jan 23; [Epub ahead of print]
上丘のWFV cellの形態的特徴(A1)とH電流(A2, A3)
WFV cellは視神経刺激に対して大変短い潜時で常に応答する。この特徴は細胞体の膜電位に非依存的に起きることから、スパイクの生成部位は細胞体とは電気緊張的に遠い場所、すなわち遠位樹状突起であると考えられる。そしてH電流をZD7288の投与によって抑制するとこの短潜時でロックしていたスパイク応答が消失し、スパイク応答は潜時が長くなり、かつ、ばらけてくる。このようにH電流は短潜時でのhigh fidelityなスパイク応答の生成に寄与していることがわかる。