公開日 2008.09.30

目の見えない網膜疾患マウスの視覚回復に成功
— 光感受性色素メラノプシンの遺伝子導入でヒトへの応用に期待 —

カテゴリ:プレスリリース
 生理学研究所
広報展開推進室
 

概要

目の中の網膜は、カメラでいえばフィルムにあたる部分であり、視細胞(注2)と呼ばれる神経細胞で光を感じることができます。しかし、網膜の病気の中には、この視細胞に異常が起こるため、徐々に目が見えなくなるものもあります。たとえば、網膜色素変性症は、視細胞の変性が原因の難病で、進行や視覚障害の程度に個人差が大きいものの日本における失明原因の第3位(2005年)になっています。今回、自然科学研究機構・生理学研究所・准教授の小泉周(コイズミ・アマネ)は、米国のハーバード大学医学部とソーク研究所での研究により、日本の杏林大学医学部・田中伸茂 医学博士と共同で、光感受性色素メラノプシンの遺伝子導入によって網膜色素変性症マウスの視覚回復に成功したと発表しました。研究グループの小泉周(自然科学研究機構・生理学研究所)によれば、目の見えなかったマウスが、遺伝子導入後には、水泳プールの中で光を求めて泳いでいくこともできるようになったということです。
本研究成果は、米国科学アカデミー紀要(PNAS、9月29日の週に発行)に掲載されます。

これまでにも網膜色素変性症マウスの網膜に他の物質の遺伝子導入を行ったという例はありましたが、メラノプシンの遺伝子導入は世界初であり、これによって実際に、目の網膜で光を感じて、その情報が脳につたわって、行動を起こすレベルにまで視覚回復したのは画期的です。

今回網膜に遺伝子導入した物質はメラノプシン(注3)と呼ばれる光感受性のタンパク質。この物質は光を感じて神経細胞を興奮させることができます。網膜色素変性症では、病状が進行すると光を感じる視細胞(注2)はなくなってしまいますが、光を普段は感じない別の細胞(視神経細胞、注2)は残っており、今回は、その残っている視神経細胞へメラノプシンを遺伝子導入しました。メラノプシンを視神経細胞に遺伝子導入したところ、細胞が光を感じ興奮して電気活動を起こすように変化しました(図1)。そこで、このマウスが光を感じているかどうか瞳孔反射を調べたところ、目の見えなかったマウスでも、光を感じて瞳孔がすぐさま閉じるようになりました。さらに、水泳プールの中で、光をもとめて泳がせたところ、80%以上の確率で、光を感じて泳ぎつくことができるまで視覚が回復しました(図2)

研究グループの小泉は「メラノプシンは極少量ながら、普段から人間の体内(眼の中)にもある物質で、安全性に問題はない。ただ遺伝子導入をいかにして行うかが問題となろうが、その点がクリアできれば、ヒト患者への応用も期待される」と話しています。  目の見えない網膜色素変性症(注1)マウスの網膜に、メラノプシン(注3)という光感受性タンパク質を遺伝子導入したところ、光を感じて泳ぐことができるまで視覚回復した。

この研究の社会的意義

網膜色素変性症(もうまくしきそへんせいしょう)患者の遺伝子治療へ応用の可能性

 メラノプシンはもともとヒトの体内にもある物質で安全性に問題はないだろう。遺伝子導入の手法の安全性さえ確立させられれば、目の中の網膜への遺伝子導入によって網膜色素変性症患者の遺伝子治療へ応用も期待される。

ことばの意味

(注1)  網膜色素変性症(もうまくしきそへんせいしょう) 

進行や視覚障害の程度に個人差は大きいものの日本における失明原因の第3位(2005年)になっている難病。網膜の視細胞の変性が原因だが、進行はゆっくりで個人差が大きく、患者がすべて視力を失うわけではない。効果的な治療法の開発が期待されている。

(注2) 視細胞(しさいぼう)と視神経細胞(ししんけいさいぼう) 

視細胞:光を感じて細胞が興奮する細胞。網膜色素変性症ではこの細胞がなくなってしまう。 視神経細胞:網膜の中の神経細胞で、普段は光を感じることができない。今回のメラノプシン遺伝子はこの細胞に導入した。

(注3) メラノプシン 

もともとヒトの目の中に極少量あるタンパク質。光を感じて細胞を興奮させることができる。

参考図

< 図1 >  メラノプシンの遺伝子導入によって光を感じるようになった

20080930_1.jpg

メラノプシンを遺伝子導入した網膜の視神経細胞(緑色)。視神経細胞は普段は光を感じることができない網膜の細胞だが、遺伝子導入によって光を感じて興奮し電気活動を起こすことができるようになった。

< 図2 >  水泳プールを使った行動テスト

20080930_2.jpg

プールの反対側から、光がある側と無い側に向かって泳がせると、目が見えないマウスは成功率50%(明側と暗側の2択なので、2つに一つの無作為な割合)だが、メラノプシンを遺伝子導入すると80%以上の成功率で光にむかって泳いでいけるようにまで回復する。

論文情報

Restoration of visual function in retinal degeneration mice by ectopic expression of melanopsin.
Bin Lin, Amane Koizumi, Nobushige Tanaka, Satchidananda Panda, Richard H. Masland
PNAS 米国科学アカデミー紀要 (9月29日の週に発行)