公開日 2008.10.08

中脳上丘局所神経回路での信号伝搬機構を多チャンネル記録により解明

カテゴリ:研究報告
 発達生理学研究系 認知行動発達機構研究部門
 

概要

中脳背側にある上丘は、様々な感覚刺激に対して眼球や頭部を向ける指向運動の中枢として、また最近では空間的注意を制御する中枢として多くの研究の対象とされてきた。上丘には層構造があり、浅層は視覚入力を受けるのに対して、中間・深層は視覚以外の感覚入力や大脳皮質からの信号を受けるとともに、脳幹・脊髄に運動指令を出力する。上丘の浅層・深層が脳の他の部位とどのように接続しているかについては多くの研究がなされてきたが、上丘内部の局所神経回路に関する研究はこれまであまり進められてこなかった。本研究において我々は、マウス上丘スライス標本をデッシュの上に等間隔で配置された64チャンネルの電極の上に置き、フィールド電位記録および刺激法とホールセルクランプ法を組み合わせて、上丘内の広い範囲の多くの神経細胞集団においてどのように信号が伝搬するか、また上丘の異なる部位同士がどのように相互作用するかを解析した(図1)

冠状断切片において、上丘浅層を電気刺激すると通常のリンゲル液中では浅層の最表層部に限局して陰性電位が記録されるのみであったが、細胞外液中に10μMのビククリンを投与してGABAA受容体をブロックすると、同じ強度の刺激によって短い潜時で浅層には大きな陰性電位、同時に中間層では大きな陽性電位が生じ、その後浅層で生じた陰性電位は次第に中間層から深層に向けて移動していった(図2)。このときに短潜時で中間層に誘発される陽性波は浅層で起きている電流シンクに対する電流源であり、平均21ms後から次第に減衰し、その後陰性波に転じて数百ms間持続した。これらの浅層・深層の大きな陰性波はNMDA受容体の拮抗薬であるAPVの投与によって消失したので、NMDA型グルタミン酸受容体依存性であると考えられる。さらに浅層や中間層のフィールド電極記録部位近くのニューロンからホールセル記録を行い、細胞内電位とフィールド電位を記録したところ、浅層の陰性電位はほぼ細胞内電位の興奮性シナプス後電位(EPSP)と時間経過が一致していた。一方で、中間層における陽性電位の期間中にはすでにEPSPが開始していること、細胞ごとでEPSPの持続期間は大きく異なり、必ずしもフィールド電位で記録される陰性波の時間経過とは一致しないことが明らかになった。つまり陰性波は様々な時間経過のEPSPを受けている細胞の集合であることが明らかになった。また、空間的に陰性波は浅層の深部から水平方向に拡大し、中間層で横幅が500μmを超えるように広範囲のニューロン群が同時に脱分極するようになることが見出された。以上の結果から浅層から深層への信号の伝搬機構、特に非常に広範囲のニューロン群が同時に興奮すること、また短潜時で浅層でEPSPが誘発されると中間・深層が電流源になるというフィールド電位の特徴的な生成機構が明らかになった。

本研究によって中脳上丘の局所神経回路の構造と機能の基本的に重要な知見を与え、上丘の機能についてのいくつかの重要な仮説を検証するための足掛かりを構築したといえる。それにより、動物の行動や注意の生成機構を解明するシステム神経科学の今後の発展に貢献する研究である。

論文情報

Phongphanphanee P, Kaneda K, Isa T (2008) Spatio-temporal profiles of field potentials in mouse superior colliculus analyzed by multichannel recording. Journal of Neuroscience, 28: 9309-9318.

参考図

【図1】 

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64チャンネルフィールド電位記録システム

【図2】 

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64チャンネルフィールド電位記録システムによって記録された上丘内の興奮電位の伝搬。浅層(白四角の位置)の電気刺激効果。A:コントロール外液中。B:ビククリン10μM存在下。