公開日 2009.01.28

脊髄損傷からの機能回復:筋肉の活動が回復を手助け
— 効率のよいリハビリ方法の開発へ期待 —

カテゴリ:プレスリリース
 生理学研究所 広報展開推進室
 

概要

自然科学研究機構・生理学研究所の伊佐正教授と西村幸男研究員(現ワシントン大学)の研究チームは、これまで、脊髄損傷で傷つき指を動かせなくなったサルでもリハビリテーションによって指が動かせるようになることを明らかにしてきました。今回、研究チームは、そのリハビリの回復過程で、障害によって弱くなった指の筋肉の活動が互いに協調して活動するようになり、指の器用さを取り戻すことに貢献していることを明らかにしました。今後、この成果をもとに、効率の良いリハビリの開発が期待されます。英国の脳神経専門誌「ブレイン」の電子版(1月21日付)に掲載されました。

この筋肉の協調活動は、運動の中枢指令塔である大脳(大脳皮質)の運動野からの信号によるものではなく、筋肉のより近くにある脊髄などの神経の活動によって生みだされていました。こうした筋肉の独自な協調活動は、正常では見られないものです。今回の結果は、機能回復程度の診断や、効率の良いリハビリの開発に貢献できるでしょう。

 西村研究員および伊佐教授は、「今回、機能回復の際に重要な神経の活動様式を明らかにしました。次は、いかにしてこの回復に重要な神経活動を外部から刺激し、効率の良いリハビリに結びつけるかが課題です」と話しています。 本成果は、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)の研究領域「脳の機能発達と学習メカニズムの解明」(研究総括:津本忠治)における研究課題「神経回路網における損傷後の機能代償機構」のもと得られたものです。

今回の発見

脊髄損傷(脊髄の部分損傷)で指を動かすことができなくなったサルでも、リハビリテーションを続けることにより指の運動を回復することができます(図1)。今回研究グループは、その回復過程において、指の筋肉が、脳(大脳皮質の運動野)の働きとは関係なく、互いに協調してリズミカルに活動するようになり、機能回復に貢献していることを明らかにしました(図2)。機能回復程度の診断や、効率の良いリハビリの開発に貢献できると考えられます(図3)。

【図1】 脊髄損傷によって指が機能しなくなってしまう

20090128_1.jpg

脊髄損傷(脊髄の部分損傷)によって指の筋肉を動かす運動の指令が届かなくなると、指を動かすことができなくなってしまいます。しかし、これまでの伊佐教授および西村研究員の研究により、リハビリテーションを続けることで、神経の回路の働き方が組み換わり、1か月後には元通り指を動かせるまでに回復することが分かっていました(2007年11月米国サイエンス誌掲載)。

【図2】 リハビリによって指の筋肉が協調して活動するようになる

20090128_2.jpg

リハビリテーションを続けると、脳からの指令とは別に、指の筋肉が協調してリズミカルに活動するようになることがわかりました。この筋肉の活動は1秒間に30から46 回という小刻みなもので、正常ではみられません。大脳皮質とは異なる別の神経がこの活動を作りだす元になっていると考えられました。また、この筋肉の活動が、指の機能回復に貢献していると考えられました。

この研究の社会的意義

(1) 脊髄損傷患者に対するリハビリテーションの意義

事故などで脊髄損傷となった患者は、日本でも10万人以上いるといわれています。
現在、脊髄損傷の根本的な治療法はなく、iPS細胞などの再生医療によって幹細胞を移植し治す方法に期待があつまっています。しかし、克服しなければならない技術的な問題も多く、その患者への応用にはまだまだ多くの年月がかかると言われています。
伊佐教授グループによる本研究は、リハビリテーションによって、残存した脳神経の機能を最大限活用し機能回復を促進させるものです。現在脊髄損傷で苦しんでいる患者でも、失われた機能を相当回復させることができることを示しており、より効果的なリハビリテーションに応用できる成果です。

(2) より効果的なリハビリテーション方法の開発へ

今回、研究グループは、筋肉が互いに協調して活動するようになり、機能回復が進むことを明らかにしました。
将来的には、外部からこの活動を刺激することで、脊髄損傷からの機能回復が促進できるものと期待できます。

【図3】 より効果的なリハビリテーション方法の開発へ

20090128_3.jpg

論文情報

A subcortical oscillatory network contributes to recovery of hand dexterity after spinal cord injury
Yukio Nishimura, Yosuke Morichika & Tadashi Isa
Brain, 2009年1月21日電子版掲載