公開日 2009.04.01

脳の中のお医者さん「ミクログリア細胞」の働きを解明
-- 特殊な顕微鏡で脳の修復過程のライブ撮影に初めて成功 --

カテゴリ:プレスリリース
 生理学研究所 広報展開推進室
 

脳の中には"ミクログリア細胞"と呼ばれる免疫細胞があり、脳卒中や脳血管障害で傷ついた脳を治したり不要な物を取り除いたりする「脳の中のお医者さん」の役割を果たしていると考えられています。しかし、実際に、ヒトや動物の脳の中でどのように神経を"検査・検診"し、「お医者さん」として働いているのかこれまで知られていませんでした。今回、自然科学研究機構 生理学研究所の鍋倉 淳一 教授の研究グループは、新たに改良した特殊な顕微鏡(二光子レーザー顕微鏡)を用いることで脳内のライブ撮影に始めて成功し、この脳の中のお医者さん「ミクログリア細胞」の働きを世界ではじめて明らかにしました。4月1日発行の米国神経科学学会誌(ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス、電子版)に掲載され、注目論文として紹介されます。  キーワードは、日頃の"検査・検診"と"触診"。ミクログリア細胞は、正常な脳でも、脳の神経細胞のつなぎ目である"シナプス"の検査・検診を怠らないことが初めて明らかになりました。1時間に1回、正確に5分間、まるでシナプスに聴診器をあてるように先端をふくらませて異常がないか"さわって検査"。神経の活動が増すとその回数も増加。しかし、脳梗塞などで障害をうけた場合には、じっくり1時間以上"シナプス全体を包み込むように触って"精密検診"を行う様に検査していることもわかりました。また、しばしばミクログリア細胞による"精密検診"のあと、あたかも修復が困難であると判断したかのようにシナプスが消えてなくなることも分かりました。このように、脳神経が障害をうけ回復していく過程や、発達段階で不必要な神経回路がなくなったりする際に、ミクログリア細胞のこうしたダイナミックな"検査・検診"の働きが重要であると予想されます。  鍋倉淳一教授は「脳梗塞などで障害を受けた神経回路に対するミクログリア細胞の検査・検診の方法はダイナミックに変化することがわかりました。このメカニズムを利用し、障害をうけた脳の中のミクログリア細胞を、薬物や生物活性因子で刺激することができれば、脳の修復を早めたり、脳の機能回復のリハビリテーションに効果的だったりするかもしれません。」と話しています。 本成果は、JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の研究領域「脳の機能発達と学習メカニズムの解明」(研究総括:津本 忠治)における研究課題「発達期および障害回復期における神経回路の再編成機構」のもと得られたものです。 なお、鍋倉教授の研究室では、今回の研究をさらに発展させるため、生理研・大学院生(総研大所属)を求めています。

今回の発見

改良に改良を重ねた世界最先端の二光子レーザー顕微鏡(図1)を用いて「脳の中のお医者さん」であるミクログリア細胞の生きたままの働きをライブ撮影することに成功しました。障害をうけたときに、脳がいかに修復していくか、細胞レベルで明らかにしました。ミクログリア細胞は、神経細胞のつなぎ目であるシナプスに、正常でも1時間に5分間は"タッチ"して触診していることがわかりました(図2、図3)。とくに脳が障害をうけた場合には、長くタッチして精密検査を行っていました(図2、図3)。

 図 1   脳の中を生きたまま観察できる「二光子レーザー顕微鏡」

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 生理研の二光子レーザー顕微鏡は改良に改良を重ね、世界で最も脳の深くを生きたまま観察することができるものとなりました。生きたマウスの脳の表面から1mm深くまで見ることができます。人間の脳にたとえると、脳の表面から3cmくらいまでの範囲を生きたまま観察することができるもので、脳の表面にある神経細胞の構造や働きを細かく観察することができます。

 図 2   ミクログリア細胞は"タッチ"して脳の中を"触診"

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ミクログリア細胞(赤矢印)が手を伸ばし、神経のつなぎ目であるシナプス(青矢印)にタッチし"触診"している連続画像。この画像は、マウスの脳の中の損傷を受けた部位で、二光子レーザー顕微鏡で生きたままライブ画像として観察したものです。

 図 3   ミクログリアは"触診"が上手な、脳の中のお医者さん

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正常なときでも、60分にきっちり5分間、ミクログリア細胞はシナプスに手を伸ばし、触診していることがわかりました。脳卒中や脳虚血など障害時には、じっくり時間をかけて精密検査を行っていることがわかりました。

この研究の社会的意義

(1) 脳が傷害をうけたときの修復過程と、その時のミクログリア細胞の働きを、はじめてライブ画像化することができました。

障害をうけた神経細胞が、ミクログリア細胞によってどのように「治療」されるのか、「脳のお医者さん」のはらたきは、これまで謎とされてきました。今回、改良を重ねた二光子レーザー顕微鏡で、脳の中のミクログリア細胞の働きのライブ撮影にはじめて成功しました。

20090401_4.jpgのサムネール画像

(2) ミクログリア細胞を刺激することで新たな治療法の可能性がでてきました。

障害をうけた脳の中のミクログリア細胞はダイナミックにその形や働きをかえながら、修復活動を行っていることがわかりました。このミクログリア細胞を、薬物や生物活性因子で刺激することができれば、脳の修復を早めたり、脳の機能回復のリハビリテーションに効果的だったりするかもしれません。

論文情報

Resting Microglia Directly Monitor The Functional State of Synapses in vivo and Determine Hiroaki Wake, Andrew Moorhouse, Shozo Junno, Shin-ichi Kohsaka, Junichi Nabekura Journal of Neuroscience

How does microglia examine damaged synapses?

Microglia, immune cells in the brain, is suggested to be involved in the repair of damaged brain, like a medical doctor. However, it is completely unknown how microglia diagnoses damaged circuits in an in vivo brain. Japanese group led by Professor Junichi Nabekura and Dr Hiroaki Wake of National Institute for Physiological Sciences, NIPS, Japan, successfully took a live image how microglia surveys the synapses in the intact and ischemic brains of mice by using two-photon microscopic technology. They report their finding in Journal of Neuroscience on April 1, 2009. They took an intense tune-up of their two-photon microscopy and achieved to visualize the fine structures of neurons and glias of mice in the range of 0 to 1 mm from the brain surface (world-leading deep imaging technology). Surprisingly even in the normal (intact brain), microglias actively reached out their processes selectively for neuronal synapses at an interval of one hour with a contact duration of 5 minutes. More frequently microglias contacted on more active synapses. Once the brain received the damage such as ischemic infarction, microglial surveillance of synapses was much prolonged in duration, up to 2 hours. Frequently after the prolonged survey by microglia, damaged synapses were eliminated. This is the first report to show how microglia actively surveys the synapses in vivo and determines the fate of synapses, remained or eliminated "Dynamic change of microglial surveillance of neuronal circuits in damaged brain, observed here, could contribute to establish the therapeutic approach targeted to damaged circuits", said Professor Nabekura.