公開日 2009.04.07

世界最短波長の蛍光を発する
群青色蛍光タンパク質(シリウス)の開発に成功!

カテゴリ:プレスリリース
 北海道大学・総務部広報課
生理学研究所・広報展開推進室
 

概要

北海道大学電子科学研究所ナノシステム生理学研究分野の永井健治教授らは既存の蛍光タンパク質の中で最も波長の短い蛍光を発する群青色蛍光タンパク質を開発しました。1990年代に緑色蛍光タンパク質(GFP)の遺伝子がクローニングされて以来、遺伝子改変により数多くの蛍光色変異体が開発されてきました。とりわけ緑よりも長波長の黄、橙、赤色の蛍光を発する蛍光タンパク質は数多く開発され、生命科学研究の様々な解析に貢献してきました。一方、短波長の青や紫色の蛍光を発する蛍光タンパク質は未だに種類が少なく、多くの研究者から長年その開発が求められていました。

本研究グループは蛍光タンパク質の発色団※1とそれを取り巻くアミノ酸に変異を導入することで、紫と青色の中間色である群青色の蛍光を発するタンパク質Sirius(シリウス)の開発に成功しました。これにより、15年ぶりに蛍光タンパク質の最短波長発光記録が更新されました。Sirius は従来の蛍光タンパク質とは異なり、如何なるpH 条件下でも安定した蛍光を発する特徴を有し、これまで困難であった酸性環境下にある細胞内小器官内でのタンパク質動態の観察を可能にしました。また、Sirius を用いたDual FRET※2により、同一細胞内での複数の生理現象を可視化することも実現しました。

本研究は、北海道大学大学院理学院生命理学専攻修士課程の友杉亘君、ならびに自然科学研究機構生理学研究所の計画共同研究プログラムに基づく根本知己准教授らとの共同研究で行われました。 本研究成果は、米国科学誌『Nature Methods』の電子版で2009年4月6日(米国東部時間)に公開されます。

背景

2008年のノーベル化学賞の受賞対象となった緑色蛍光タンパク質(GFP, Green Fluorescent Protein)は、1960年代に下村脩博士によってオワンクラゲから発見されました。さらに30年が経過して1990年代にGFP の遺伝子が単離され、生きた細胞にその遺伝子を導入するだけで蛍光を作り出すことができることが明らかになって以来、生物学研究における重要なツールとして、多くの研究者に利用されてきました。

現在までに、GFP を構成するアミノ酸の一部を他のアミノ酸に置換したGFP の蛍光色変異体が数多く開発され、また、サンゴやイソギンチャクなど、オワンクラゲ以外のたくさんの生物種から新しい蛍光タンパク質が発見されてきました。その結果、今では様々な蛍光色を発する蛍光タンパク質が存在しています。その中でも、とりわけ長波長の蛍光を発する蛍光タンパク質は2008年のノーベル化学賞を受賞したロジャー・ツェン博士によって数多く開発され、生命科学研究に大きく貢献してきました。一方、短波長の青色の蛍光を発する蛍光タンパク質は未だに種類が少なく、多くの研究者から長年その開発が求められていました。

研究手法と成果

研究グループはシアン色の蛍光を発するGFP の変異体に着目し、発色団※1を形成するアミノ酸の一つである、66番目のトリプトファンをフェニルアラニンに置換しました。この変異体では全く蛍光が観察されませんでしたが、蛍光の明るさが改善されることが期待される場所にアミノ酸の置換を導入したところ、紫外光を吸収し、群青色の光を発する蛍光タンパク質を得ることができました(図1)。さらに、このタンパク質全体にランダムにアミノ酸変異を導入することによって、蛍光の明るさを元の80倍まで改善させることに成功しました。この明るさを改善した群青色蛍光タンパク質を、恒星の中で最も明るい青色の星にちなんで“Sirius(シリウス)”と命名しました。

Sirius の吸収極大は355nm、蛍光極大は424nm であり、青色蛍光タンパク質BFP の380nm および450nm よりも、さらに短波長側に移行しています。これは、1994年にBFP が報告されてから、実に15年振りに蛍光の最短波長記録を更新したことになります。蛍光色のバリエーションが増えることにより、従来では不可能だった細胞内の複数の部位やタンパク質を同時にかつ鮮明に可視化することができるようになりました(図2)。

このような波長特性に加え、Sirius は、光で励起した際に、非常に褪色しにくい(BFP比で約60倍安定)という特性を持っています。さらにSirius の驚くべき特徴は、pH感受性が皆無ということです。一般的に使われている蛍光タンパク質EGFP は、生理的条件であるpH7を下回る環境下では、急激に蛍光の明るさが減衰してしまいます。一方でSiriusは、強酸性下(pH3以下)においても、蛍光の明るさが全く変わらない蛍光タンパク質であることが分かりました。これらのSirius の特徴を活かしたバイオイメージングの試みとして、Sirius を発現させたバクテリアをアメーバ細胞に餌として与え、酸性条件下で起こる食作用を2光子励起顕微鏡で捉えることを行いました(図3)。その結果、EGFP のようなpHに感受性をもつ従来の蛍光タンパク質では可視化が不可能であったバクテリアがアメーバに捉えられる瞬間から、食胞の中で完全に消化される一連の過程を観察することに世界で初めて成功しました。

また、Sirius の蛍光スペクトルは、シアン色の蛍光を発するCFP の吸収スペクトルと大きく重なることから、Sirius からCFP にFRET(蛍光エネルギー共鳴移動)※2が効果的に起こるということが分かりました。このSirius とCFP のFRET ペアと、Sirius と同じ紫外光で励起されて緑色の蛍光を発するuvGFP と赤色の蛍光を発するDsRed のFRET ペアを併用することで、1 つの励起波長で、4色の蛍光を観察する(1波長励起4波長測光)Dual FRETを試みました。その結果、HeLa 細胞※3のプログラム細胞死の過程で起こるカルシウムイオン濃度の動態と、カスパーゼ3の活性化を同時に可視化することに成功しました(図4)。

従来のFRET による生理機能観察では1つの現象しか捉えられなかったのに対し、研究グループが開発したDual FRET 法では2 つの生理現象を同時に捉えることが可能になり、複数の生理現象間の連関を生きた細胞を用いて解析する道を開きました。

今後の期待

現在まで、エンドソームやファゴソーム、リソソーム等のような、酸性に保たれている細胞内小器官の中で起こっている一連の現象を、生きた細胞の中で、リアルタイムに観察することは非常に困難でした。pHに感受性の無いSirius は、このような酸性条件下での定量的な観察に非常に有効なツールであり、今までブラックボックスであったイベントの解明に大きく役立つことが期待されます。

また、細胞内での複数のシグナル伝達が、どのようなタイミングで伝わっているのかということをリアルタイムで調べることも、本研究で確立されたDual FRET 法を用いることによって可能になり、シグナル間クロストークの包括的理解に貢献するでしょう。

この他にも研究グループが現在進めているSirius のX 線結晶構造解析によって、耐褪色性やpH 非感受性、蛍光量子収率の増加に寄与する構造要因が解き明かされ、それらの知見をこれまで開発されている蛍光タンパク質の改変に応用することで、バイオイメージングに最も相応しい安定した光を放ち続ける蛍光タンパク質の各色ラインナップが開発できる可能性があります。

さらに、Sirius は太陽光の紫外線の約90%を占めると言われるUV-A の波長の光を最も多く吸収し、これを生体組織に無害な可視光の蛍光に変換することから、紫外線による肌へのダメージを防ぐ、全く新しい日焼け止めとして用いることができるかもしれません。この他、群青色に発光する絹糸や園芸植物などの開発など様々な産業応用が期待されます。

本研究成果の社会的意義について追記

(1)これまでのGFPのような蛍光タンパク質とは異なり、目に見えない紫外線(UV-A)を吸収する蛍光タンパク質が出来たので、このシリウスを使用すれば屋外の紫外線の強さを蛍光発色で分かりやすく示す繊維や(遺伝子改変)園芸植物などが開発できるでしょう

(2)今回発明したシリウスは、酸性環境下でも安定なので、胃の中のように酸性環境下にある組織中の分子レベルのイベントを観察できる可能性があります。ピロリ菌が胃がんを発症するメカニズムを生きた試料を用いて解析する道が拓けるかも知れません。

(3)癌細胞など細胞の中が酸性化していても、このシリウスは安定なので、二光子レーザー顕微鏡を使い、生体内の癌細胞のモニタリングにも応用可能でしょう

補足説明

※1 発色団

 分子内に存在し、ある特定の光を吸収して励起されると、蛍光を発することのできる構造単位。一般に有機化合物中で二重結合と単結合の繰り返しからなる、π電子共役系をもつ原子団からなる。オワンクラゲ由来のGFP においては、セリン、チロシン、グリシンの3 つのアミノ酸が、自己触媒的に環化、脱水、酸化を行い、蛍光発色団を形成することが知られている。

※2 蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)

エネルギー供与体(ドナー)となる蛍光タンパク質の励起エネルギーが、エネルギー受容体(アクセプター)となる別の蛍光タンパク質へ移動する現象のことを指す。FRETが生じるためにはドナーとアクセプターが10nm 以内に接近しなければならない。また、ドナーの蛍光スペクトルとアクセプターの吸収スペクトルの重なりが大きいほどFRET効率が大きくなる。FRET をうまく利用することによって、カルシウムイオン等の生体分子の濃度変化や生体内に存在するタンパク質の構造変化・相互作用などを生きた細胞内でリアルタイムに観察することができる。

※3  HeLa 細胞

子宮頸ガン由来の上皮様細胞株。

 


図1 GFPの変異体である群青色蛍光タンパク質Sirius

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既存の蛍光タンパク質と群青色蛍光タンパク質Siriusの蛍光スペクトル(上図)。さらに、これらの蛍光タンパク質を精製し、励起した(下図)。左から、Sirius、EBFP、ECFP、EGFP、Venus、DsRed。Siriusが最も波長の短い蛍光を発する蛍光タンパク質であることが分かる。

図2 Siriusを含む4つの蛍光タンパク質で4重染色したHeLa細胞

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細胞の中の核にSirius、小胞体にmseCFP、ミトコンドリアにVenus、微小管にmCherryを発現させ、それぞれ可視化した。右図はこれらの画像を重ね合わせたものである。4重染色しても、それぞれの細胞小器官およびタンパク質を、明確に可視化することができた。

図3 Siriusを発現させたバクテリアをアメーバに餌として与えたときの一連の挙動の可視化

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比較対象としてEGFPを発現させたバクテリアを餌としてアメーバに与えたところ、バクテリアが消化されるのとほぼ同時に、EGFPの蛍光が見られなくなった(上図)。一方、Siriusを発現させたバクテリアは、消化された後も蛍光を発し続けた(下図)。

図4 Dual FRETを用いることによる、自己細胞死する細胞内のカルシウムイオン濃度の動態と、カスパーゼ3の活性化の同時観察

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SiriusとCFPの間で起こるFRETの効率の変化により、カスパーゼ3の活性化を可視化した(上段)。細胞が赤色から青色になるほど、カスパーゼ3の活性化が起こっている。さらに、uvGFPとDsRedのFRETペアを用いたカルシウムイオン濃度センサー(SapRC2: Mizuno et al., Biochemistry , 2001)も同時に発現させることにより、カルシウムイオン濃度を同時に可視化した(下段)。細胞が青色から赤色になるほど、カルシウムイオンの濃度が高くなっている。