公開日 2009.05.27

魚の逃避行動:右に逃げるか?左に逃げるか? 脳が迷っても脊髄で選択
--GFPで光らせた熱帯魚を使った研究で明らかに--

カテゴリ:プレスリリース
 生理学研究所・広報展開推進室
 

概要

 突然に襲われたとき、右に逃げますか?左に逃げますか?実は、脳の中も突然だと、右か左か、どちらに逃げようか迷ってしまいます。魚では、最終的に決断しているのは、実は脳ではなく、脊髄の特殊な神経回路であることを、自然科学研究機構生理学研究所(岡崎統合バイオサイエンスセンター)の東島眞一准教授のグループの佐藤千恵大学院生(総合研究大学院大学)らが、名古屋大学や東京大学との共同研究で明らかにしました。5月27日の米国神経科学学会誌(ジャーナルオブニューロサイエンス)に掲載され、注目論文として紹介されます。

 研究チームは、緑色蛍光タンパク質(GFP)で脊髄の中で逃避行動に関わる神経細胞を光らせた熱帯魚(ゼブラフィッシュ)を利用して、突然襲われたときのその働きを解析しました。突然襲われたとき、脳はしばしば「左に逃げろ!」「右に逃げろ!」という両方の相反する指令を、ほぼ同時に、脊髄に出していました。脊髄の中の神経回路では、脳からの互いに相容れない指令をうけとりますが、その指令が届くごくわずかな時間差(0.002秒以下)を感知して、先に届いた命令だけに従いもう一方の指令を無視するように脊髄の特殊な神経細胞が働いていることがわかりました。

 東島眞一准教授は「魚の脳でも人間の脳でも、“突然”の事態が起きたときには、脳の中では判断しきれず、相反する指令をほぼ同時に出してしまうことがありえます。そうしたときに、少なくとも魚の脊髄では、ミリ秒、あるいはそれ以下、というわずかな時間差を感知して、脳の指令を取捨選択する仕組みが備わっていることが分かりました。これまでは、「脳がすべてを判断する」と思われていましたが、脊髄が選択を下していることも多いのかもしれませんね」と話しています。

 本成果は文部科学省科学研究費補助金の支援を受けて行われました。

今回の発見

1.熱帯魚(ゼブラフィッシュ)の脊髄のコロ神経細胞(CoLo、図1)をGFP(緑色蛍光タンパク質)によって光らせ、魚の逃避行動に関与していることを明らかにしました。
2.しばしば、脳からは、「左に逃げるか」「右に逃げるか」両方の相反する指令が出ているのですが、脊髄で最終的にどちらに逃げるかを取捨選択していました。具体的には、0.002秒以下のごくわずかな指令の時間差を検出し、先に届いた方の指令に従い、相反する指令を無視する仕組みができていました(図2)。 3.脊髄のコロ細胞を破壊した場合には、左にも右にもどちらにも動けなくなりました(図3)。

図1 GFPで可視化された神経細胞

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熱帯魚の脊髄にそって、GFP(緑色蛍光タンパク質)で光るコロ細胞。この神経細胞が、魚の逃避行動に関与していると考えられた。なお、脳で逃避行動を命令するマウスナー細胞(脳にある二対の細胞)もGFPで光っている。

図2 相反する脳からの指令を、脊髄で選択

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脳は、「左に逃げろ!」「右に逃げろ!」という相反する指令を脊髄に送っていた。コロ細胞は、0.002秒以下の時間差を感知して、先に届いた指令のみを筋肉に伝え、逆の指令はブロックしていた。

図3 コロ細胞がないと、どちらにも動けなくなる

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コロ細胞があれば、どちらか一方に逃げだすことができるが、コロ細胞を機能不全にした場合には、左、右、両方の指令がやってくるため、動くことができなくなった。

この研究の社会的意義

1.魚では、脳が迷い、相反する指令を送ってしまっても、脊髄で選択する仕組みがあることがわかりました。

fig4.jpg
(イラスト:鯉田孝和/生理学研究所)

魚の脳でも人間の脳でも、”突然”の事態が起きたときには、脳の中では判断しきれず、相反する指令をほぼ同時に出してしまうことがありえます。そうしたときに、少なくとも魚の脊髄では、ミリ秒、あるいはそれ以下、というわずかな時間差を感知して、脳の指令を取捨選択する仕組みが備わっていることが分かりました。