公開日 2010.06.24

一次視覚野を介した皮質視覚経路は眼球運動を抑制的に調節する機能を持つ

カテゴリ:研究報告
 生理学研究所 認知行動発達研究部門
 

概要

人間は周囲の空間をサッケードと呼ばれる眼球運動を用いて探索しながら知覚している。サッケードは、それまでに外界で起こったことの履歴に強く影響を受け、刺激を受けた直後にはその場所に対する反応が強化されるが、一定時間の後(通常数百ミリ秒以降)には反対に反応が抑制される。こうした強化と抑制には中脳の上丘(Superior Colliculus, SC)が重要な役割を果たしていることが知られている。しかしながら上丘は網膜からの直接的な視覚入力(皮質下視覚経路)と一次視覚野を介する間接的な視覚入力(皮質視覚経路)の両方を受けており、それぞれの視覚入力がどのような機能を果たしているのかは明らかになっていない。このことを明らかにするために我々は、皮質視覚経路を選択的に損傷したサルを用いて研究を行った。この結果、皮質視覚経路損傷下においては抑制的な調節が阻害される一方で、強化的な調節は残存することがわかった。このことは、皮質下視覚経路は強化的な調節に、皮質視覚経路は抑制的な調節に、それぞれ関与していることを示唆している。抑制的な調節は、心理学の分野でよく知られる復帰抑制(Inhibition of Return, IOR)と同質のものであり、これは注意を分散して情報を効率よく収集するための仕組みであると考えられている。皮質視覚経路が高等哺乳類において著しく発達していることと合わせて考えると、進化の過程において皮質の発達と共により効率的な視覚探索を行うためのメカニズムが備わったと推測することができる。
 本研究によって、視覚探索や注意の神経基盤の一端が明らかになり、今後より高次の視覚認知機能の解明へと繋がるものと考えている。同時に、少なからず存在する一次視覚野損傷患者の機能回復と機能補助に貢献できるものと期待している。

論文情報

Takuro Ikeda, Masatoshi Yoshida, and Tadashi Isa
National Institute for Physiological Sciences, Okazaki, Japan
Journal of Cognitive Neuroscience (Early Access)

図 

(A)皮質視覚経路と皮質下視覚経路の模式図。網膜から一次視覚野(Primary visual cortex, V1)に入った情報は直接的に、あるいは外側頭頂間野(LIP)、前頭眼野(FEF)、補足眼野(SEF)といった領野を経由して間接的に上丘(SC)に視覚情報を送っている。本研究では一次視覚野を損傷することにより、この皮質視覚経路(点線)の働きを阻害して、残存する皮質下の視覚経路(実線)との機能の違いを調べた。
(B)行動課題。サルは課題刺激(Target)に対して正しくサッケードすることを求められる。ただし課題刺激に先行して先行刺激(Cue)が提示される。先行刺激と課題刺激は同じ場所(Same Condition)か違う場所(Different Condition)に提示されるが、それぞれ確率は50%であり、先行刺激は課題の遂行に無関係である。
(C)外界からの刺激によるサッケード眼球運動の潜時への影響。先行刺激から課題刺激までの時間差(SOA)に対する先行刺激の影響を示す。先行刺激の影響は[Different Conditionでの潜時 - Same Conditionでの潜時]によって評価している。この値が正の値であれば強化的な調節が、負の値であれば抑制的な調節が働いていることを意味する。通常状態(青線)では抑制的な調節が働いている一方で、皮質視覚経路損傷下(赤線)においては抑制的な調節が消失し、強化的な調節が働いており、皮質視覚野が抑制的な調節を司っていることを示している。

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