公開日 2010.08.20

「脳内乳酸はバソプレッシンの分泌量を増やすようだ!」
体内の水分量を調節するホルモン・バソプレッシンを分泌する神経の新たな興奮メカニズムを解明

カテゴリ:研究報告
 細胞器官研究系 機能協関研究部門
 

概要

運動などをして汗をたくさんかくと、のどが渇いたり、トイレに行く回数が減ったりします。これは、体内が脱水(高浸透圧)状態になると多く分泌される抗利尿ホルモン・バソプレッシンが水分量を維持するために起こしている生理的な現象です。産業医科大学と生理学研究所との共同研究によって、バソプレッシンを分泌する神経(バソプレッシン神経)の高浸透圧時における興奮メカニズムを解明しました。バソプレッシンは、体内の浸透圧を調節する重要なホルモンであり、バソプレッシン分泌異常疾患の新たな治療法開発にもつながる成果です。
今回の研究では、酸を感知する分子センサー(タンパク質)として知られる酸感受性イオンチャネル(ASIC)に着目しました。
ASICはバソプレッシン神経に発現し、酸性物質である乳酸に反応して活性化する事がわかりました。
乳酸は、体内が高浸透圧状態になり、バソプレッシン神経の存在する脳内領域(視索上核:SON)が局所的に虚血・低酸素状態になると、濃度が上昇することがわかりました。
バソプレッシン神経に乳酸をかけると、興奮状態になることがわかりました。
以上より、体内が高浸透圧状態になると、SON領野の乳酸濃度が上昇する事でバソプレッシン神経が興奮することが明らかになりました。この現象により、体内に分泌されるバソプレッシンの濃度が増え、体内の水分の維持・確保が正常時に比べてより迅速に行われる可能性が示唆されました。
本研究は、産業医科大学 第一生理学教室の上田陽一教授と大淵豊明先生、ならびに自然科学研究機構生理学研究所の岡田泰伸所長と佐藤かお理大学院生らとの「生理学研究所一般共同研究」で行われました。 本研究成果は、2010年6月15日付けの英国科学雑誌『The Journal of Physiology』に掲載されています。

今回の発見

1) 酸を感知する分子センサーASICは、バソプレッシン神経に発現しており、体内酸性物質の乳酸に反応する。
2) 高浸透圧状態、または低酸素状態に陥ると、脳内SON組織中の乳酸濃度が上昇する。
3) ASICは、バソプレッシン神経の酸(乳酸)感知センサーとして働くことで、高浸透圧条件下でバソプレッシン神経を興奮させる。

体が脱水状態(体液が高浸透圧状態)になると、バソプレッシン神経の周りの血管が収縮するために、バソプレッシン神経の存在する脳内領域(視索上核:SON)が虚血・低酸素状態に陥ります。すると、SONの乳酸濃度が局所的に上昇します。この乳酸を、酸感受性のASICが感知して、ナトリウムを選択的に透過させ、この神経を興奮させます。その結果、この神経の軸索末端からのバソプレッシン分泌が亢進されることになるものと思われます。

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この研究の社会的意義

1)バソプレッシン分泌異常疾患の新規治療法開発へ
バソプレッシンの分泌メカニズムは不明な点が多いので、バソプレッシン分泌異常疾患の治療法開発が遅れています。
今回解明された高浸透圧時におけるバソプレッシン神経の興奮性調節機構は、新規治療法の開発の進展に役立つものと期待されます。

論文情報

Ohbuchi T, Sato K, Suzuki H, Okada Y, Dayanithi G, Murphy D, Ueta Y (2010) Acid-sensing ion channels in rat hypothalamic vasopressin neurons of the supraoptic nucleus. The Journal of Physiology 588(12), 2147-2162.