公開日 2010.09.10

ウイルスの自然な姿を"くっきり"観察に成功
高速度・高解像度の電子顕微鏡法を開発

カテゴリ:プレスリリース
 生理学研究所・広報展開推進室
 

概要

昨今、さまざまな種類のウイルス感染症が新たに出現し、人類の脅威となろうとしています。ウイルスと戦うためには、その構造を、電子顕微鏡を用いてナノメートル(1メートルの10億分の1)単位で明らかとすることがまず必要となります。しかし、電子顕微鏡は特殊な装置であり、観察対象となる実験試料を真空中に置かないといけないため、これまでは、試料を化学的な処理をしたあと、特殊な樹脂に埋め込んだり、重金属で染色したりしなければならず、ウイルスなど生体分子の自然な姿を観察することは難しいとされていました。

今回、永山 國昭教授と村田 和義准教授らの研究グル―プは、米国ベイラー医科大学と共同で、新しい電子顕微鏡技術を用いて、化学処理しない自然な姿を保ったままのウイルスの観察に成功しました。この成果は、米国Cell(セル)・プレスの姉妹誌Structure(ストラクチャー)電子版に掲載されました。従来の方法に比べて、解像度も解析速度も高めることができました。具体的には、(1)クライオ電子顕微鏡法、および、(2)位相差電子顕微鏡という二つの新しい技術を組み合わせて、細菌に感染するウイルスの一種「ファージ」の観察を行いました。クライオ電子顕微鏡法は、ウイルスを化学処理するかわりに、急速凍結して「氷」の中に閉じ込め、これをそのままの状態で観察する方法です。このことによって、自然により近い状態でウイルスの姿を観察でき、また、生体反応の決定的な瞬間をも捉えることができます。また、位相差電子顕微鏡は、ゼルニケ(Zernike)位相板というものを用いて像のコントラストを上げ、ウイルスの微細な構造までくっきり見ることができる方法で、これにより、これまでよりも3倍少ないデータでより詳細なナノ、サブナノメートルの構造解析ができました。

永山教授と村田准教授は、「たとえば、これまでの方法では、一種類のウイルスの構造を決定するのに数千から数万の数のウイルス粒子を観察しなければならなかったが、この方法を使えば、1/3の数のウイルス粒子で同じ精度かそれ以上の解像度で立体構造を明らかにすることができる。これによって、電子顕微鏡の生体分子解析の応用は飛躍的に進むだろう」と話しています。

今回の発見

1) 今回新たに開発した「位相差クライオ電子顕微鏡法」によって、氷に閉じ込めただけの自然な姿のウイルス(ファージ)の立体構造を、細部までくっきりと、従来電子顕微鏡法の3倍以上の高精度で明らかにすることができました。

図1 位相差クライオ電子顕微鏡とこれまでの電子顕微鏡の比較

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今回開発した位相差クライオ電子顕微鏡によって、これまでの電子顕微鏡像にくらべて高いコントラストの画像により細部まで鮮明に捉えることができる。これによって、従来の1/3の数のウイルス(ファージ)粒子画像の重ね合わせで同じ精度かそれ以上の解像度で立体構造を明らかにすることができた。

図2 位相差クライオ電子顕微鏡で撮影したウイルスとその再構成イメージ像

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(左)位相差クライオ電子顕微鏡で撮影したウイルス(ファージ)の写真。氷に閉じ込めたウイルス(ファージ)の自然な姿を捉えることができる。従来の電子顕微鏡写真に比べて解像度がよく鮮明にくっきりと画像を見ることができる。(右)電子顕微鏡写真をもとにしてデジタル再構築したウイルス(ファージ)の構造。高解像度で画像の再構築ができる。70 ナノメートルほどの大きさ。

この研究の社会的意義

1) より自然な姿のウイルスを、高速度でかつ高解像度の画像で解明:ウイルスとの戦いに新たな武器

様々なウイルス感染症が人類の脅威となっている昨今、ウイルスの姿をより素早く詳細に明らかにすることが、対策を練る上で最も重要な最初のステップとなります。今回の位相差クライオ電子顕微鏡法を用いれば、氷づけとなった自然な姿のウイルスの立体構造をこれまでの3倍以上の高速度で明らかにすることができます。これによって、電子顕微鏡を用いた生体分子解析は飛躍的に進むことが期待されます。

論文情報

Murata K, Liu X, Danev R, Jakana J, Schmid MF, King J, Nagayama K, & Chiu W. (2010) Zernike Phase Contrast Cryo-Electron Microscopy and Tomography for Structure Determination at Nanometer and Sub-Nanometer Resolutions. Structure 18(8): 903-12

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所
ナノ形態生理部門 (岡崎統合バイオサイエンスセンター)
永山 國昭 教授 (ながやま くにあき)
TEL 0564-59-5560、FAX 0564-59-5564
E-mail: nagayama@nips.ac.jp

形態情報解析室
村田 和義 准教授 (むらた かずよし)
TEL 0564-55-7872、FAX 0564-52-7913
E-mail: kazum@nips.ac.jp

<広報について>
生理学研究所・広報展開推進室
小泉 周 准教授 (こいずみ あまね)
TEL 0564-55-7722、FAX 0564-55-7721
email: pub-adm@nips.ac.jp