公開日 2010.10.01

幼若時における脳損傷後、大脳皮質から障害側運動ニューロンへと活動が伝播される新規神経回路が形成される

カテゴリ:研究報告
 発達生理学研究系 認知行動発達機構
 

概要

脳梗塞などによる大脳皮質への損傷が大人で生じると、損傷と反対側の手足に麻痺が生じ重い後遺症として残る一方、子供で同様の脳損傷が生じても麻痺が回復する傾向が見受けられます。動物実験モデルにおいても、大脳半球切徐を成熟ラットで行うと損傷対側の麻痺症状は重篤であるのに対し、幼若時に片側皮質を切除したラットでは成熟時において対側上下肢の運動機能に異常が少ないです。運動機能回復の神経メカニズムとして、損傷と反対側の大脳皮質から障害側の脊髄に軸索が新たに投射されていることが報告されています。しかしながら、大脳皮質から脊髄運動ニューロンまでどのような神経回路を介して運動制御シグナルが伝わって機能回復に役立っているのかはわかっていませんでした。
  今回、我々は、幼若時に片側皮質切除したラットにおいて、損傷と反対側の大脳皮質錐体細胞の軸索を電気刺激した結果、障害側の運動ニューロン(健常皮質と同側の運動ニューロン)から多シナプス性の活動が惹起されることを示しました。更に、この同側運動ニューロンへの興奮伝達は脊髄介在ニューロンを介する経路と網様体ニューロンを介する経路の2つの経路によって行われていることを明らかにしました。以上の結果は、これまでの解剖学的な知見と合わせると、幼若脳損傷ラットでは障害側運動ニューロンへの信号伝達の強化が起こり、一つのメカニズムとして脊髄介在ニューロンへの新たな回路形成が起こっていることを示唆しています。
  本研究によって、幼若時では比較的可能な脳損傷からの機能回復が、大人では難しいことの原因解明に、ひいては、脳損傷からの運動機能回復手法の開発につながると期待しています。

論文情報

Tatsuya Umeda, Masahito Takahashi, Kaoru Isa, Tadashi Isa Formation of descending pathways mediating cortical command to ipsilateral forelimb motoneurons in neonatally hemidecorticated rats. J. Neurophysiol 104 (2010) 1707-1716

(A)研究の概要図。はじめに、幼若時にラットの右側大脳皮質を切除する。成長したのちに、左側脊髄の運動ニューロンの細胞内記録を行い、左側大脳皮質錐体細胞の軸索への電気刺激に対する応答を検出した。
(B)損傷対側大脳皮質由来の軸索刺激に対する同側運動ニューロンの応答(細胞内記録)。正常ラットではほとんど興奮性応答が見られないが、損傷ラットでは刺激から2-3ms後に興奮性膜電位変化が検出された(矢印)。更に、脊髄介在ニューロンを介する経路を切断すると大きさは小さくなるものの応答が見られた(矢頭)。
(C)実験結果に基づく正常ラットと損傷ラットにおける大脳皮質から脊髄運動ニューロンへ至る神経回路。損傷ラットでは、同側運動ニューロンに対し、脊髄介在ニューロンを介する経路(赤線)と網様態ニューロンを介する経路(青線)が新たに形成されていると示唆される。

20101001_R.jpg