公開日 2010.10.19

不整脈の原因となるイオンチャネルは構成する二つの分子の数のバランスが重要
-最先端の一分子蛍光イメージング法で分子の数を"数える"ことに成功-

カテゴリ:プレスリリース
 生理学研究所 広報展開推進室
 

内容

心臓の不整脈は、心筋の電気活動のリズムが乱れることによって生じます。心筋の電気活動を生み出すには、様々なイオンチャネルと呼ばれる分子が関与していることが分かっていますが、今回、自然科学研究機構 生理学研究所の中條浩一助教(久保教授研究室)は、カリフォルニア大学バークレー校のチームと共同で、不整脈発症の鍵となる二つの分子が形成する複合体について、その中に含まれる分子の数を最先端のイメージング手法を駆使することによって直接“数える”ことに成功しました。これによって、一分子一分子がどのような比率で結合し働いているのか、その様子を明らかにしました。米国科学アカデミー紀要に発表されます(10月18日の週に電子版掲載)。

研究チームが注目したのは、カリウムイオン(K+)の輸送に関わるKCNQ1とKCNE1という二つの分子。これまでにこの二つの分子がイオンチャネル複合体を作り心筋の電気活動のリズムを調節していることはわかっていましたが、その分子の結合の詳細については諸説が入り乱れていました。本研究では1つの複合体中に含まれるこれら2種類の分子の数を最先端の一分子蛍光イメージング法を用いて直接数えました。これにより、この二つの分子が様々な比率で複合体を作っていて、その比率は細胞膜上に存在する両分子の数のバランスによって決まることがわかりました。2つの分子の結合の比率によって電気的性質が異なるため、この細胞膜上に存在する2つの分子のバランスが乱れると、電気活動の乱れ、すなわち不整脈につながる可能性があります。

中條助教は、「今回の発見によって、KCNQ1とKCNE1がどのようにして複合体をつくり機能しているのかを明らかにできた。これらの分子の遺伝子異常による不整脈発症のメカニズムの理解に向けて、新たな手がかりになる。」と話しています。本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

今回の発見

1.4分子のKCNQ1が作るイオンチャネル複合体に対し、さらに最大4分子のKCNE1が結合し、複合体をつくる。
2.KCNQ1とKCNE1の二つの分子の相対的な密度によって、イオンチャネル複合体中のKCNE1分子の数が変わり得る。
3.結合しているKCNE1分子の数が変わると、イオンチャネル複合体の機能(電気生理学的性質)が変化する。

図1 緑色蛍光タンパク質(GFP)で蛍光を発するKCNQ1分子

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緑の丸で囲ったものが、一つ一つのイオンチャネル複合体。一つ一つのKCNQ1分子が緑色蛍光タンパク質(GFP)でラベルされていて(ここでは白く光っている)、一つの丸の中に最大4分子のGFP分子が存在しています。右下の白いバーは2マイクロメートル(1mmの500分の1)の長さを示します。

図2 複合体中の分子の数を”数える”

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蛍光タンパク質であるGFPは時間がたつとひとりでに消光してしまう性質を持っています(退色)。GFPでラベルした分子(この例ではKCNQ1分子)を用いると、何回GFP分子が退色したかを数えることで、複合体の中にいくつの分子が存在するかを数えることができます。赤い矢印がGFP一分子の退色を示していて、この矢印の数が複合体の中の分子の数に相当します。上下の例ともに4分子のGFPが存在していることを示しています。

図3 二つの分子の結合の割合は様々で電気的性質も異なる

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これまでKCNE1分子はKCNQ1分子に結合して複合体を作ることは知られていましたが、本研究によって、結合するKCNE1の数が様々であることが明確になりました(A)。
また、この複合体の生み出す電気信号を記録したところ、結合したKCNE1の数によってその性質が異なることも分かりました(B)。

この研究の社会的意義

KCNQ1とKCNE1はQT延長症候群と呼ばれる先天性不整脈の原因遺伝子としてよく知られており、臨床的にも極めて重要な遺伝子です。これまで遺伝子レベル、またはそれぞれの分子で、不整脈を生みだすメカニズムを対象とした研究がすすめられてきました。
本研究では、両分子の相対的な密度が複合体中の分子の結合比に影響を与え、電気的性質をも変化させることを明らかにしました。つまり、一つ一つの分子は正常でも、複合体中の両分子の数のバランスが崩れることで、不整脈を生みだす可能性があります。KCNQ1とKCNE1の遺伝子異常の中には、両分子の相対的な密度を変えてしまうものも存在すると考えられます。そのような場合、2つの分子の数のバランスを正常な割合に保つことができれば、不整脈の予防や治療につながるかもしれません。

論文情報

Stoichiometry of the KCNQ1-KCNE1 ion channel complex
Koichi Nakajo, Maximilian H. Ulbrich, Yoshihiro Kubo and Ehud Y. Isacoff
Proceedings of the National Academy of Sciences USA
米国科学アカデミー紀要 (10月18日の週に電子版掲載予定)

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 神経機能素子研究部門 助教
中條 浩一 (ナカジョウ コウイチ)
Tel: 0564-55-7822、FAX: 0564-55-7825
E-mail:knakajo@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
TEL 0564-55-7722、FAX 0564-55-7721
E-mail:pub-adm@nips.ac.jp