公開日 2011.04.08

動物の温度センサーの進化:環境変化に機能も適応
―進化によるTRPチャネルの機能変化"モーダルシフト"を証明―

カテゴリ:プレスリリース
 生理学研究所・広報展開推進室
 

内容

地球上の生物は、環境の変化、たとえば砂漠のような高温や氷河期のような冷温といった気温の変化に適応し、進化してきました。しかし、そうした進化の過程の中で、温度感覚がどのように環境に適応してきたのか、その分子的なメカニズムについて、これまでほとんど明らかになっていませんでした。今回、自然科学研究機構・生理学研究所(岡崎統合バイオサイエンスセンター)の富永真琴 教授ならびに齋藤 茂 助教は、生物の温度センサーであるTRPチャネルと呼ばれる分子が、同じ種類の分子であっても哺乳類とニシツメガエル(両生類)では感じる温度が異なることを明らかにしました。進化の過程で同種の分子でも生物の環境適応に応じて異なる温度感受性を獲得したことを示す研究成果です。米国科学誌プロス・ジェネティクス(PLoS Genetics、電子版)に掲載されます。

今回研究の対象につかったのは、ニシツメガエルと呼ばれるカエル。ニシツメガエルは熱帯に生息し適温は約26℃の環境で生活しています。一方、20-18℃以下の涼しい温度では生存を危うくする危険があります。研究チームは、このニシツメガエルの温度感受性センサーであるTRPV3(トリップ・ブイ・スリー)チャネルの遺伝子を特定し、その働きを調べたところ、哺乳類のTRPV3チャネルと比較して、温度感受性が異なることを明らかにしました。通常、哺乳類のTRPV3チャネルは暖かい温度(33-39℃以上)を感じて活性化されるのですが、ニシツメガエルのTRPV3チャネルは低温(16℃以下)で活性化されることが分かりました。つまり、ニシツメガエルでは、この温度センサーを使って、生存を危うくする低温を感じていることが明らかになりました。実際、TRPV3チャネルの構造を詳しくみてみると、そのタンパク質の端のアミノ酸配列が、哺乳類のものとニシツメガエルでは大きく異なることが分かりました。この構造の違いにより温度感受性が異なっている可能性があります。更に、哺乳類のTRPV3チャネルは複数の化学物質によっても活性化されることが知られていましたが、これらの複数の化学物質は、1種類を除き、ニシツメガエルのTRPV3チャネルを活性化させず、化学物質の感受性も異なることが分かりました。
本研究成果は、岩手大学の新貝鉚蔵教授との共同研究によって得られたものです。

富永教授は「今回の研究で、脊椎動物の温度センサーであるTRPVチャネルの遺伝子の進化過程を明らかにし、遺伝子レパートリーが異なる種間で変化していることが分かった。生息する温度環境や生理的な特性の変化に伴ってTRPチャネルが進化過程でどのように温度感受性を変化させてきたのかはあまり分かっていなかったが、本研究により受容温度を柔軟に変化させ、時には、全く異なる温度感受性を獲得する、そうした機能変化“モーダルシフト”の分子メカニズムの一端を明らかにすることができた」とその意義を語っています。

本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

今回の発見

1.ニシツメガエルの温度センサーであるTRPV3チャネルの遺伝子を特定しその働きを調べたところ、哺乳類TRPV3チャネルは、暖かい温度(33-39℃以上)で活性化されるのに対して、ニシツメガエルTRPV3チャネルは低温(16℃以下)で活性化されることが分かりました。
2.哺乳類TRPV3チャネルを活性化させる複数の化学物質は、1種類を除き、ニシツメガエルTRPV3チャネルを活性化させず、化学物質の感受性が異なることが分かりました。
3.ニシツメガエルのTRPV3チャネルのタンパク質構造の端(NおよびC末端のアミノ酸配列)は他の脊椎動物のものと比較して異なることから、これらの領域が温度感受性の差異に関わる可能性があることがわかりました。

図1

ニシツメガエルのTRPV3チャネルは低い温度に反応する

 

tominaga-zu1.jpg

 ニシツメガエルのTRPV3チャネルの温度変化に対する電流応答。ニシツメガエルのTRPV3チャネルは、温度を高温側に変化させても反応しないが、低温側に変化させたときに反応することがわかりました。

図2

ニシツメガエルのTRPV3チャネルの化学物質に対する感受性

 

tominaga-zu2.jpg

哺乳類とニシツメガエルのTRPV3チャネルでは、化学物質に対する感受性も異なっていました。哺乳類であるマウスのTRPV3チャネルは、化学物質であるカンフルにも2-APBにも反応しますが、ニシツメガエルのTRPV3チャネルは、カンフルには反応しませんでした。

 

図3

温度センサーTRPV3チャネルの進化と機能の変化(“モーダルシフト”)

 

tominaga-zu3.jpg

温度センサーTRPV3チャネルは脊椎動物の祖先には備わっていました。しかし、その後に魚類では失われ、一方、陸上脊椎動物では維持されてきました。進化の過程で生物の生息する環境温度に応じてTRPV3チャネルの機能も変化してきたと考えられます。

図4

哺乳類とニシツメガエルのTRPV3チャネルの異なる温度感受性

 

tominaga-zu4.jpg

今回の研究成果により、哺乳類のTRPV3チャネルは温かい温度を感じるのに対して、ニシツメガエルのTRPV3チャネルは冷たい温度を感じる正反対の性質を獲得していることが分かりました。

この研究の社会的意義

1.生物の進化における温度適応の分子メカニズムの一端を解明
生物が進化過程で生息する温度環境の変化にどう適応するか、また、自らの生理的特性を変化させる際に温度感覚がどのように進化してきたのか、その分子メカニズムはこれまでほとんど分かっていませんでした。本研究によりTRPV3チャネルを例にして、生息する温度環境や生理的な特性の変化に伴って、温度感受性が柔軟に変化(“モーダルシフト”)してきたことがわかりました。
また、今後の研究により、そもそもこの分子がどのように温度を感じることができるのか、哺乳類とニシツメガエルTRPV3チャネルの温度感受性の差異を利用して、それに関わるタンパク質構造(アミノ酸配列)を特定できるものと期待されます。

論文情報

Evolution of Vertebrate Transient Receptor Potential Vanilloid 3 Channels: Opposite Temperature Sensitivity between Mammals and Western Clawed Frogs
Shigeru Saito, Naomi Fukuta, Ryuzo Shingai, and Makoto Tominaga
PLoS Genetics(電子版)2011年4月7日

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 細胞生理研究部門
教授 富永真琴 (とみなが まこと)
助教 齋藤 茂 (さいとう しげる)
Tel: 0564-59-5286   FAX: 0564-59-5285 
email: tominaga@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
Tel: 0564-55-7722   FAX: 0564-55-7721
小泉 周 (コイズミ アマネ)
pub-adm@nips.ac.jp