公開日 2011.04.06

光スイッチで神経の"つながり"をオン・オフ可能に、新技術開発

カテゴリ:プレスリリース
 生理学研究所・広報展開推進室
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内容

脳の中では無数の神経細胞が、シナプスと呼ばれる“つながり”をもって、複雑な神経回路をつくり、その中で情報のやりとりをすることで高次脳機能を生みだしています。これまでは、こうした神経回路の働きを調べるにはその一部を傷つけたり薬で抑制したりする手法がとられていましたが、実際に神経回路を作っているある特定のシナプスがどのように脳機能と関係するのか、その因果関係を明確にすることは難しい課題でした。今回、自然科学研究機構・生理学研究所の伊佐正教授ならびに金田勝幸助教(現・北海道大学大学院薬学研究院)の研究チームは、京都大学・渡辺大教授および自治医科大学・小澤敬也教授・水上浩明講師と共同で、特定のシナプスのつなぎ目を狙い、非侵襲的に光をつかってオン・オフする新技術を開発しました。これまで同様の光操作法により神経の活動そのものを光によってオン・オフする手法は開発されていましたが、神経の“つながり”であるシナプスを狙った光操作法はこれが初めてです。米科学誌プロス・ワン(PLoS One電子版、2011年4月5日号)に発表されました。
文部科学省・脳科学研究戦略推進プログラムの研究成果です。

研究チームが用いたのは、ハロロドプシン(NpHR)と呼ばれる光感受性タンパク質。このハロロドプシンは、黄色い光を当てると、神経細胞の中に塩素イオンを流し込み神経細胞の働きを抑えることが知られています。このタンパク質を、マウスの目の網膜から脳の中脳・上丘にいたる神経回路に、特殊なウイルス(AAV2ウイルスベクター)を用いて遺伝子導入しました。その上で、この神経回路のつなぎ目にあたる中脳・上丘を黄色い光で刺激したところ、網膜からの神経のシナプスだけを狙って、自在にその働きをオン・オフすることに成功しました。

研究チームの金田助教は「これまでの手法では、神経回路の一部を傷つけたり、薬を使って活動を抑えたりするしかなかったが、それではオン・オフの切り換えが難しく、細かく複雑な神経回路のある特定のつながりの働きを調べるには困難があった。今回の方法では、様々な動物の脳で、狙ったシナプスの活動を非侵襲的に光でオン・オフすることができるので、霊長類などの脳に用いれば、シナプス活動と高次脳機能の因果関係の解明に威力を発揮すると期待できる」と話しています。

今回の発見

1.光操作法に用いられる光感受性タンパク質の一種ハロロドプシン(NpHR)をAAV2ウイルスベクターによって、マウスの目の網膜から中脳・上丘にいたる神経回路に遺伝子発現させることに成功しました。
2.中脳・上丘を光で刺激したところ、ハロロドプシンを発現した網膜からの神経回路とそのシナプスの働きだけを選択的に抑制することに成功しました。

図1

網膜から上丘にいたる神経回路の模式図

 

kaneda-1.jpg

網膜で感じた視覚情報は、脳の視床を通り、大脳皮質の視覚野に至る経路と、中脳・上丘に至る経路がある。中脳・上丘には、網膜からの神経のつながりだけでなく、大脳皮質・視覚野からの神経のつながりもある。

図2

神経線維・シナプスに遺伝子発現したハロロドプシン

 

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AAV2ウイルスベクターを用いてハロロドプシン(緑色)を遺伝子発現した網膜(左)と中脳・上丘(右)。網膜からの神経線維の末端が、中脳・上丘に届き、そのつなぎ目であるシナプスが緑色に光っている(右写真のsSCと書かれている領域一帯に分布)。

図3

光スイッチでシナプスの働きを自在にオン・オフすることに成功

 

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中脳・上丘に黄色の光をあて、ハロロドプシンの光スイッチをオン・オフしたときの電流応答の記録。網膜からの神経線維を電気刺激しても、抑制性の働きをもつハロロドプシンの光スイッチを黄色レーザーでオンにしたときには、シナプスの活動が見られず、電流応答が抑えられる。

この研究の社会的意義

1.複雑な神経回路のシナプスの働きと高次脳機能の“因果関係”を明らかにする新技術
 これまで、神経回路の働きと高次脳機能との関わりを調べるためには、神経回路の一部を傷つけたり、薬物によって阻害する、などの方法が行われてきました。しかし、そうした方法では神経活動を可逆的にオン・オフさせることができず、複雑で細かい神経回路のある特定のつながりと脳機能の関係を明確にすることができませんでした。今回の手法を用いれば、特定の神経回路の特定のシナプスを狙って、光によって非侵襲的に自在にシナプスの活動をオン・オフすることができることを初めて示すことができました。
 また、ウイルスベクターを用いた方法では、遺伝子改変モデル動物を作成する必要がなく、マウスのような小型動物から霊長類のような大型動物まで、様々なモデル動物を用いた非侵襲的な実験を行うことができると期待できます。

補足説明

光操作法(光スイッチ)とは?
光感受性タンパク質を神経細胞に遺伝子導入し、光によって非侵襲的にその活動を操作する方法。たとえば、チャネルロドプシンと呼ばれるタンパク質の遺伝子導入では神経細胞を青色の光で興奮させることができます。また、今回用いられたハロロドプシンでは黄色の光で神経活動を抑制することができます。
詳細については、「せいりけんニュース」20号に解説がありますので、ご参照ください(生理学研究所ホームページ:
http://www.nips.ac.jp/nipsquare/sknews/backnumber/docs/sn20.pdf より)。

論文情報

Selective optical control of synaptic transmission in the subcortical visual pathway by activation of viral vector-expressed halorhodopsin
Katsuyuki Kaneda, Hironori Kasahara, Ryosuke Matsui, Tomoko Katoh, Hiroaki Mizukami, Keiya Ozawa, Dai Watanabe, and Tadashi Isa
プロス・ワン PLoS One, 2011年4月5日号(電子版)

お問い合わせ先

 
<研究について>
自然然科学研究機構 生理学研究所
教授 伊佐 正(イサ タダシ)
助教 金田 勝幸(カネダ カツユキ)(現・北海道大学大学院薬学研究院 准教授)
Tel:0564-55-7761  Fax:0564-55-7766 
E-mail:tisa@nips.ac.jp

金田勝幸 現所属 連絡先: 北海道大学大学院薬学研究院 薬理学研究室
〒060-0812 札幌市北区北12条西6丁目
TEL: 011-706-3247  FAX: 011-706-4987
emali: kkaneda@pharm.hokudai.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
TEL 0564-55-7722、FAX 0564-55-7721 
pub-adm@nips.ac.jp