公開日 2011.07.28

食道上皮細胞に発現するTRPV4チャネル活性化によるATP放出

カテゴリ:研究報告
 生理学研究所・広報展開推進室
 

概要

辛いもの、甘いものを食べ過ぎると胃酸が食道内に逆流して、酸っぱい感じがすることを誰でも経験したことがあると思いますが、生活に支障が出る胃食道逆流症という病気が、現代日本人で増加し続けています。胃酸過多が第一の原因で、それは胃酸抑制薬によって改善しますが、1-2割の患者では効果が見られず、食道における熱や伸展刺激に対する過敏が原因だと考えられて来ました。その分子的メカニズムについては、これまでほとんど明らかになっていませんでした。そこで、生理学研究所(岡崎統合バイオサイエンスセンター)の富永真琴教授と三原弘研究員は食道上皮に存在している温度・伸展刺激センサーであるTRPV4チャネルに着目しました。今回の実験に使ったのは、野生型マウスとTRPV4チャネルを全身で欠損させたマウスです。マウス食道において、TRPV4チャネルと、ATPを細胞内の分泌小胞に取り込んで蓄積させる輸送体(VNUT)は上皮に存在していました(図1)。培養した食道上皮では、VNUTはATPの蓄積している小胞の存在を示すが如く点状に存在している像を捉えることができました。TRPV4チャネルはCa2+を通すために細胞内のCa2+濃度を測定することでチャネル活性を測定できます。野生型食道上皮に40度の熱刺激もしくは140%の伸展刺激を加えると細胞内Ca2+濃度が上昇しました(図2)。しかし、TRPV4欠損食道上皮では、同じ熱や伸展刺激では細胞内Ca2+濃度の上昇が少ないことが分かりました。この結果は、食道上皮がTRPV4によって熱や伸展刺激を感じていることを意味しています。私たちは、膀胱上皮に存在しているTRPV4チャネルが伸展刺激を感じてATPを放出させることを2009年に明らかにしました。消化管においても、伸展刺激を脳に伝える時にATP放出が重要な役割を果たしていることが知られているため、TRPV4チャネルを活性化させる化合物で食道上皮からのATP放出を検討したところ、TRPV4チャネルの活性化によりATP放出が著しく増加することが分かりました(図3)。しかし、TRPV4欠損食道上皮では、同じ化合物によるATP放出が少ないことが分かりました。食道上皮にはATPを小胞内に蓄積する際に働くVNUTが存在していますが、小胞の開口分泌を阻害する薬剤を処理すると化合物刺激によるATP放出が抑制されたため、TRPV4刺激によって小胞内に溜め込まれたATPが開口分泌によって放出されるのであろうと考えられました。現代人に多くみられる胃食道逆流症の原因解明及び治療薬開発に結びつく成果です。

本研究は、文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。
本研究は、生理学研究所(岡崎統合バイオサイエンスセンター)と富山大学、岡山大学との共同研究です。

論文情報

Transient receptor potential vanilloid 4 (TRPV4)-dependent calcium influx and ATP release in mouse esophageal keratinocytes. Hiroshi Mihara, Ammar Boudaka, Toshiro Sugiyama, Yoshinori Moriyama, and Makoto Tominaga. Journal of Physiology 589: 3471-3482, 2011.

図1

図1mihara.jpg

食道上皮細胞には、TRPV4チャネルとVNUTが存在している。

上段:野生型マウスとTRPV4欠損マウスの食道上皮におけるTRPV4蛋白質の発現。野生型マウスでは食道上皮マーカーで示される上皮層に、TRPV4蛋白質が局在していることが分かりますが、TRPV4欠損マウスでは消失していました。
下段:野生型マウスの食道上皮におけるATP輸送体(VNUT)蛋白の発現。TRPV4チャネルと同様に、VNUTは上皮層に局在していました。また、培養食道上皮細胞(右)では、VNUTが細胞質内に点状に局在していました。

図2

野生型とTRPV4欠損マウスから得られた培養食道上皮の温度、機械刺激に対する感受性

図2mihara.jpg

野生型マウスとTRPV4欠損マウスから得られた培養食道上皮細胞は、温刺激や伸展刺激に対する感受性が異なっていました。左は温刺激に対する細胞内Ca2+濃度変化を見たものですが、TRPV4欠損細胞で温刺激に対する応答が減弱していました。右は伸展刺激に対する応答です。色が赤色(暖色)に近い方が細胞内Ca2+濃度が高いことを示しますが、温度刺激に対する応答と同様に、TRPV4欠損細胞で伸展刺激に対する応答が減弱していました。*イオノフォアは強制的にCa2+を流入させることができる試薬です。

図3

食道上皮細胞は、TRPV4チャネルの活性化によりATP小胞による開口分泌を介してATPを放出する

図3mihara.jpg

野生型の食道上皮をTRPV4だけを刺激する化合物で刺激すると、ATPの放出が著しく増加しました。しかし、TRPV4欠損細胞ではこの増加は見られませんでした(右)。また、ATPを含む小胞の開口分泌を薬剤により阻害することによって、野生型細胞でもATPの放出が抑制されました。このことから、食道上皮ではTRPV4の活性化によりATPを含んだ小胞の開口分泌を介してATPが放出されていることが分かりました(*は他の群より統計学的に有意に増加したことを示しています)。

図4

図4mihara.jpg

マウス食道上皮での、TRPV4活性化からATPにより刺激が伝達される概念

今回の研究成果により、マウス食道上皮では、温度、伸展刺激はTRPV4チャネルにより感知され、VNUTによって小胞内に取り込まれたATPが開口分泌によって放出されることが分かりました。放出されたATPは神経終末に存在するATP受容体を活性化することで、刺激を脳に伝えている可能性があります。