公開日 2011.11.08

幼若時における脳損傷後、2か所の大脳皮質運動野で再構成様式が異なる

カテゴリ:研究報告
 生理学研究所 発達生理学研究系 認知行動発達機構研究部門
 

概要

脳梗塞などによる大脳皮質への損傷が大人で生じると、損傷と反対側の手足に麻痺が生じ重い後遺症として残ります。一方で、子供では同様な脳損傷が生じても麻痺が軽微である傾向が見受けられます。動物実験モデルにおいても、大脳半球切徐を成熟ラットで行うと損傷対側(障害側)の麻痺症状は重篤であるのに対し、幼若時に片側皮質を切除したラットでは成熟時において対側上下肢の運動機能の異常は軽いということが観察されてきました。このような場合の運動機能回復の神経メカニズムとして、損傷と反対側の(健常な)大脳皮質から同側である障害側の脊髄に向けて神経軸索が新たに投射され、脊髄運動ニューロンへと運動制御シグナルが伝わるようになることが明らかとなっています。しかしながら、大脳皮質のどのような神経細胞が障害側の脊髄に軸索投射しているか明らかとなっていませんでした。
今回、我々は、幼若時に片側皮質切除したラットにおいて蛍光トレーサーを脊髄に注入して逆行性に細胞体を標識することによって、障害側脊髄に投射する大脳皮質の神経細胞を同定し、健常側に投射する神経細胞と比較しました。その結果、個々の大脳皮質の神経細胞は片側の脊髄にのみ投射し、障害側に投射する細胞は健常側へ投射する細胞とは別であることが明らかとなりました。更に、脊髄に投射する大脳皮質細胞は、2か所の大脳皮質運動野に局在していますが、尾側にあるいわゆる一次運動野では障害側に新たに投射することになった神経細胞は健常側に投射する細胞より内側に偏って分布しているのに対し、より高次と考えられている吻側の運動野では両者は混在していました。このことは、幼若時における脳損傷後、二つの領域での可塑的な変化の起こり方に違いがあることを示しています。
本研究の成果をもとにして、今後このような2つの領域の可塑的な変化の起こり方の違いの原因を究明していくことにより、幼若時では比較的可能な脳損傷からの機能回復が大人では難しいことの原因解明に、ひいては、脳損傷からの運動機能回復手法の開発につながることを期待しています。

論文情報

Tatsuya Umeda, Tadashi Isa
Differential contributions of rostral and caudal frontal forelimb areas to compensatory process after neonatal hemidecortication in rats.
Eur. J. Neurosci. 34 (2011) 1453-1460

(A)研究の概要図。はじめに、幼若時にラットの右側大脳皮質を切除する。成長したのちに、健常側・障害側に投射する神経細胞をそれぞれ異なった色の蛍光トレーサー(緑・ピンク)で逆行性に染色した。
(B)蛍光染色された健常側投射神経(緑)と障害側投射神経(ピンク)。両者で染色された細胞は検出されない。
(C)投射神経の大脳皮質における分布図。左:個々の投射神経(緑:健常側投射神経、ピンク:障害側投射神経)の局在。右:神経細胞の密度勾配図(緑:健常側投射神経、赤:障害側投射神経)。尾側運動野では、障害側投射神経は健常側投射神経と比較して内側に分布が偏っているが、吻側運動野では、分布に差が見られない。

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