公開日 2012.02.03

両生類のTRPV1チャネルの機能解析によって明らかになった高温・酸・カプサイシンセンサーの機能進化

カテゴリ:研究報告
 細胞器官研究系 細胞生理研究部門
 

概要

熱湯が掛かるなど、高い温度に曝されると我々は痛みを感じて逃避行動を取ります。このように痛みは体に障害が及ぶような刺激を避けるために動物にとって必須の感覚です。哺乳類や鳥類ではTRPV1チャネルが高温センサーとして働いていることが知られています。TRPV1チャネルは高温の他に酸やトウガラシの辛み成分であるカプサイシンも受容する多機能な痛みセンサーとしての機能を持っています。しかし、TRPV1チャネルのこのような機能が進化の過程でいつ頃生じたのかは分っていませんでした。また、カプサイシン感受性は脊椎動物種間で違いがあることが知られていました。そこで、生理学研究所(岡崎統合バイオサイエンスセンター)の富永真琴教授と齋藤 茂特任助教は鳥取大学の太田利男教授との共同研究により、両生類であるニシツメガエルのTRPV1チャネルの働きを調べました。
ニシツメガエルTRPV1チャネルは人工的に細胞に発現させた場合に、約38℃以上の高温、酸およびカプサイシンで刺激すると活性化されることが分りました(図1A)。また、ニシツメガエルの感覚神経細胞にはTRPV1チャネルと類似した特性を持つチャネルが存在することが確認されました。更に、ニシツメガエルを様々な温度に曝したところ、38℃以上の温度で逃避行動を示したことからTRPV1チャネルが痛みとして感じる高温のセンサーとして働いていることが示されました(図1B)。一方、ニシツメガエルTRPV1チャネルはカプサイシンで活性化されたものの、その感受性は哺乳類のTRPV1チャネルに比べ1000倍ほど低いものでした。このカプサイシンに対する感受性の違いはカプサイシン結合部位に起こった2つのアミノ酸の変化が原因であることが分かり、進化の過程でカプサイシン感受性が容易に変化し得ることが示されました。哺乳類や鳥類とは約3億5千年から4億年ほど前に分かれた両生類のTRPV1チャネルも高温と酸を受容する機能を備えていたことは、この様な機能が陸上脊椎動物の祖先種で既に獲得されていたこと、また、その後の進化過程で保存されてきたことを示しています(図3)。高温や酸性の環境条件は動物にとって有害であることから痛みセンサーであるTRPV1チャネルのこれらの刺激に対する感受性が進化の過程で維持されてきたと考えられます。

論文情報

Masashi Ohkita, Shigeru Saito, Toshiaki Imagawa, Kenji Takahashi, Makoto Tominaga, Toshio Ohta
Molecular cloning and functional characterization of Xenopus tropicalis frog transient receptor potential vanilloid 1 revealed its functional evolution for heat, acid and capsaicin sensitivities in terrestrial vertebrates.
Journal of Biological Chemistry 287 (2012) 2388-2397

図1富永.jpg

図1 ニシツメガエルのTRPV1チャネルの特性と温度刺激に対する逃避行動
(A)ニシツメガエルTRPV1のチャネルの特性。アフリカツメガエル卵母細胞にニシツメガエルTRPV1チャネルを人工的に発現させて、高温の刺激を与えるとイオン電流が観察されました。温度刺激による活性化の閾値は約38℃でした。(B)ニシツメガエルの温度刺激に対する逃避行動。22℃~42℃の水にニシツメガエルを曝し、1分間の跳躍行動を数えたところ、38℃から跳躍行動が増加しました。

図2 TRPV1チャネルの機能の進化過程
TRPV1とTRPV2の祖先遺伝子(TRPV1/2)の遺伝子重複によりTRPV1遺伝子とTRPV2遺伝子が脊椎動物の祖先種で生成されました(正確な時期が決定できないために可能性のある2つの時期を点線の矢印で示している)。陸上脊椎動物のうちで最初に分かれた両生類のTRPV1チャネルが高温と酸の感受性を備えていたことから、これらの機能は陸上脊椎動物の祖先種には既に備わっており保存されてきたことが分りました。また、カプサイシンの感受性には種間で違いがあります。H:高感受性、L:低感受性、N:反応しない、ND:未決定