公開日 2012.06.29

「見えてないのに無意識に見えている」盲視を日常生活シーンで証明
―脳血管障害による視覚障害で"見えている"と意識しなくても「動き」「明るさ」「色」で目立つ部分には目を向ける―

カテゴリ:プレスリリース
 生理学研究所・広報展開推進室
 

内容

「見えている」という意識をしなくても、脳の中には目(網膜)からの視覚情報が脳に無意識に送り込まれています。これは、脳の視覚野という部位が損傷して、見えてないはずなのに無意識に見えているという現象(盲視)があることから分かってきました。これまで、視覚野の脳血管障害患者でも“見えている”と意識していないのに障害物をよけて歩いたりすることができるなどの不思議な現象が知られていましたが、これが本当に盲視なのかは証明されていませんでした。今回、自然科学研究機構・生理学研究所の吉田正俊 助教・伊佐正 教授らの国際共同研究チームは、脳の視覚野に障害をもったサルの盲視現象は、実験室での特定の条件のもとで起こるだけではなく、日常生活シーンの中でも、起きていることを証明しました。米国科学誌カレント・バイオロジー(Current Biology, 6月28日電子版)に掲載されます。
 

研究チームはこれまで、視覚野に障害のあるサルでも、「見えている」と意識せずに視覚刺激のある場所を言い当てることができる“盲視”を証明してきました。今回、研究チームは、実験室の特殊な視覚刺激条件ではなく、日常生活のシーンの中でも、そうした盲視現象が生じるかどうかを、日常生活シーンの映像を利用して検証。とくに、見えないはずの視野の中でも、「動き」「明るさ」「色」で目立つ部分には目を向けることが出来ることを明らかにしました。つまり、目の動きをみるだけで、見えないながらも、無意識にどこに注意をむけているのか分かることがわかりました。

吉田助教は、「脳血管障害による視覚障害患者(脳梗塞後の同名半盲など)において、盲視の能力が日常生活でも使える可能性を明らかにしたことで、視覚障害患者でもリハビリなどによって視覚機能回復を行う意義と可能性を示したといえます。また、“ムービークリップ視聴中の眼球運動の測定”という検査方法によって、どの程度(無意識に)見えているのか検査することが可能ということもわかりました」と話しています。

ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム (2005-2008)による三ヶ国での国際共同研究(日本・生理研、アメリカ・南カリフォルニア大学、カナダ・クイーンズ大学)および、文部科学省科学研究費補助金、そして日本学術振興会による補助をうけて行われました。

今回の発見

1.脳血管障害(視覚野障害)による視覚障害サルの“見えてないのに無意識に見えている”という盲視現象は、実験室の特殊な視覚刺激条件だけでなく日常生活シーンの中でも生じることがわかりました。
2.見えないはずの視野の中でも、「動き」「明るさ」「色」で目立つ部分には目を向けることが出来ることを明らかにしました。
3.目の動きを測定することによって、“無意識に見えている”ことを検証することができることが分かりました。

図1 (これまでの研究成果より)盲視とは?

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盲視とは「見えていると意識できないのに見えている」という現象と定義されます。1973年、視覚野に障害を持った患者であるD.B.が、その見えないはずの視野にあるモノの位置を当てることができることに医師は気付きました。例えば、スクリーンに光点を点灯させて当てずっぽうでいいから位置を当てるように指示すると、D.B.はそれが見えないにもかかわらず、光点を正しく指差すことができました。また、棒が縦か横かを当てるテストでもほとんど間違いがなく答えることができました。
このように本人は見えていると意識できていないにもかかわらず、眼球運動など一部の視覚機能は損傷から回復させることができます。この現象を「盲視」と呼びます(詳細は、日本神経回路学会 オータムスクール ASCONE2007 吉田 正俊 講義概要「盲視(blindsight)の神経機構」(http://www.nips.ac.jp/~myoshi/blindsight.html http://www.nips.ac.jp/~myoshi/blindsight.html)を参照)。

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通常、眼の「網膜」で見た情報は、「視床」を経由して、「視覚野」に送られ、ここで初めて「見ている」として意識されます。しかし、伊佐教授ら研究チームのこれまでの研究成果から、脳梗塞などで「視覚野」が障害を受けた場合には、中脳の「上丘」を介して脳の中に無意識に情報が伝わっていくことが分かってきました。

図2 実験:日常生活シーンの映像から「動き」「明るさ」「色」「傾き」のどこに目をむけるかを検証

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視覚野の障害による視覚障害のサルに、日常生活シーンの映像を見せ、そのときの目の動きを測定。日常生活シーンの映像から、「動き」「明るさ」「色(赤―緑)」「色(青―黄)」「傾き」に関わる視覚情報の特徴を分析し、その映像を見ているときの視覚障害サルの目の動きと比較しました。

図3 盲視でも「動き」「明るさ」「色」をとらえ正常と変わらず目をむける

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正常のサルと、視覚障害の盲視のサルの目の動きを比較したところ、盲視のサルでも、「動き」「明るさ」「色(赤―緑)」の画像特徴を認識して、そこに目を向けることがわかりました。一方で、「傾き」については、盲視のサルでは、注視できないこともわかりました。

図4 盲視のサルの“見え方”(イメージ画像)

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視覚障害の盲視のサルでも、視覚情報の中から「動き」「明るさ」「色」といった画像情報の特徴をとらえ、目を向けることができることがわかりました。つまり、“見えていないのに無意識に見えている”ことがわかりました。

この研究の社会的意義

脳血管障害による視覚障害患者の視覚回復とそのリハビリテーション法開発へ道
脳梗塞などの脳血管障害による視覚野の損傷で視野障害となった患者が多くいらっしゃいます。これまでにも研究チームが明らかにしてきたように、実際には、意識していなくても眼で見た情報は損傷を受けた視覚野をバイパスされ、脳に伝わることが今回の実験でも改めて証明されました。とくに、「動き」「色」「明るさ」といった情報は、脳に無意識に伝わり、目の動きを促すことがわかりました。こうした無意識の視覚を代償的なものとして利用して、眼を動かすリハビリテーションの訓練を行うこともできると考えられます。たとえば、意識にはのぼらない視覚機能を、「動き」「色」「明るさ」に対する目の動きをつかって評価することで、リハビリテーションの効果判定を行うことができるかもしれません。

論文情報

Residual attention guidance in blindsight monkeys watching complex natural scenes
Masatoshi Yoshida, Laurent Itti, David J. Berg, Takuro Ikeda, Rikako Kato, Kana Takaura, Brian J. White, Douglas P. Munoz & Tadashi Isa
Current Biology, 6月28日号電子版

お問い合わせ先

<研究について>
自然然科学研究機構 生理学研究所
助教 吉田 正俊 (ヨシダ マサトシ)
Tel:0564-55-7764 FAX:0564-55-7766 
E-mail:myoshi@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 
TEL:0564-55-7723 FAX:0564-55-7721 
E-mail:pub-adm@nips.ac.jp