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痛みは動物が損傷を受ける可能性のある刺激を感じるために必要な感覚であり、生存に欠かせないものです。ヒトなどの哺乳類ではワサビやシナモンなどの香辛料や排気ガスや煙草の煙に含まれる様々な刺激性の化学物質のセンサーとしてTRPA1チャネルが働いています。TRPA1チャネルの機能が脊椎動物種間でどの程度多様であるのか、また、どういった進化過程を経てきたのかを調べるために、生理学研究所(岡崎統合バイオサイエンスセンター)の齋藤茂特任助教と富永真琴教授は、鳥取大学の太田利男教授との共同研究により、両生類のニシツメガエルと爬虫類のグリーンアノールトカゲのTRPA1チャネル遺伝子をクローニングしてその機能を調べました。
その結果、ニシツメガエルとグリーンアノールトカゲのTRPA1チャネルは哺乳類TRPA1チャネルを活性化する刺激性の化学物質により活性化され、化学物質に対する感受性は保存されていることが分かりました。哺乳類ではTRPA1チャネルは低温で活性化されるという報告があることから(温度刺激により活性化されないという報告もある)、温度感受性についても検討したところ、ニシツメガエルとグリーンアノールトカゲのTRPA1チャネルは低温ではなく、高温の刺激により活性化されることが分かりました(図1A)。また、ニシツメガエルにおいてTRPA1チャネルは別の高温のセンサーであるTRPV1チャネルと同じ感覚神経細胞に発現していることが分かり(図1B)、両者が協調的に高温を感じるために働いていることが分かりました。
昆虫においてもTRPA1チャネルは刺激性の化学物質および高温のセンサーとして働いていることからTRPA1チャネルは動物の進化過程の初期にこのような機能を獲得し、その後、脊椎動物の祖先種においても維持されていたと考えられます(図2)。ところが、ゼブラフィッシュで温度感受性を喪失する、また、ヘビのピット器官(赤外線センサー)で新たな生理機能を獲得する、などTRPA1チャネルの機能は脊椎動物種間で多様化しています。これは、TRPV1チャネルが脊椎動物の祖先種で新たな高温センサーとして獲得されTRPA1チャネルと同じ感覚神経細胞に発現するようになったことから、TRPA1チャネルが必ずしも高温センサーとしての機能を維持しなくても良くなりそれぞれの種で機能を変えることができるようになったためと考えられます。
また、哺乳類のTRPA1チャネル阻害剤がニシツメガエルとグリーンアノールのTRPA1チャネルには作用しないことが分かりました。このようなTRPA1チャネルの種間多様性は阻害剤が作用する際の分子メカニズムの解明に役立つと期待されます。
Analysis of Transient Receptor Potential Ankyrin 1 (TRPA1) in Frogs and Lizards Illuminates Both Nociceptive Heat and Chemical Sensitivities and Coexpression with TRP vanilloid 1 (TRPV1) in Ancestral Vertebrates.
Shigeru Saito, Kazumasa Nakatsuka, Kenji Takahashi, Naomi Fukuta, Toshiaki Imagawa, Toshio Ohta, and Makoto Tominaga
The Journal of Biological Chemistry 287 (2012) 30743-30754
(A)アフリカツメガエル卵母細胞にニシツメガエルTRPA1チャネルを人工的に発現させて、各種の刺激に対するイオン電流を測定しました。ニシツメガエルTRPA1は低温では活性化されませんでしたが、高温とシナモンに含まれるシンナムアルデヒド(CA)により活性化されました。(B)ニシツメガエルの感覚神経である後根神経節(DRG)神経細胞の応答。高温、シンナムアルデヒドおよびTRPV1チャネルを活性化するカプサイシン(Cap)により活性化されました。これはTRPA1とTRPV1チャネルが同じDRG神経細胞で働いていることを示しています。