公開日 2013.01.11

様々な分野や階層を超えた医学生理学・脳神経科学の一層の推進を
自然科学研究機構 生理学研究所 

カテゴリ:お知らせ
 
 

1.    生理学研究所所長から新年のご挨拶 岡田泰伸okada.jpg

 新年あけましておめでとうございます。本年が、わが国のサイエンスとそれに携わる全国のすべての方々に、幸せな果実をもたらす年であることを祈念いたします。
 生理学研究所は「生体を対象に分子、細胞、器官、個体レベルの研究を推進し、究極において人体の機能を総合的に解明することを目標とする」ことを掲げ、開設来35年を迎えています。私は、2007年4月に6代目所長として着任し、本年3月末をもって退任することになっています。この間、生理学研究所のミッションを、①世界トップレベル研究推進、②共同利用研究推進、③若手研究者育成・発掘と情報発信の3点として明確化させ、そのためのインフラ整備、組織体制改編・構築、人員・財源確保に務めてまいりました。①については、生理学・脳科学分野における最先端研究において多くの優れた研究成果を生み出すことに尽きますが、そのためには人材と最先端研究装置・技術を備える必要があります。また、その結果生み出される“知と技の蓄積とトップクラスマンパワー”こそが②と③の実現の最大基盤であると考えます。②については、全国の研究者に、生理学研究所での共同利用実験や共同研究を大いにしていただき、そのことによって質の高い研究成果がもたらされることになれば、何より幸せに感じます。③については、未来のサイエンスを担うのは若者や子供達であり、特に学部をもたずに大学院教育を行う総合研究大学院大学の基盤機関として、“分野や学閾を超えて”未来に挑戦するような若者を対象にして大学院教育を行うと共に、広報・情報発信によって未来の若手研究者をめざす子供達の刺激と発掘にも力を注いでいきたいと思います。そして、②と③こそが、逆に①の実現を支えて押し上げる原動力を与えるものであると考えます。
 本年4月以降の井本 敬二 次期所長による新しい生理学研究所の運営にも、皆様方のご支援・ご鞭撻をお願い申し上げます。

2.人の機能の総合的な理解を目指して ―
― 生理学研究所における医学生理学・脳神経科学研究および共同利用研究の推進とその展望

 生理学研究所では、ヒトの機能を総合的に理解することを究極的な目的とし、長期的な展望を3段階にまとめています。すなわち、人体の仕組みを脳機能中心に解明する段階、人体の脳と各機関・組織との相互作用を解明する段階、諸学を取り込んだ総合人間科学へ進む段階の3つです。現在は第一段階にあり、今後第二段階に進んで行かなくてはなりません。
  過去およそ20年間の分子生物学的手法の発展により、からだの仕組みを担う様々な分子の機能が明らかにされ、多くの成果があげられてきました。しかし分子の知識の単なる集積だけでは、生体あるいはヒトの理解には不十分であり、多数の要素から成り立つ複雑な系をどのように総合的に理解して行くかが大きな課題となっています。ヒトの機能の総合的な理解を目的として、現在、生理学研究所では次の様な研究に取り組んでいます。
  まず、脳の機能の理解には、分子(部品)の理解だけではなく、それらがどのように組み合わせられているか(配線図)が解明されなくてはなりません。1990年に開始されたヒト遺伝子をすべて解読するゲノムプロジェクトに倣い、脳の配線図をすべて明らかにしおうという“コネクトーム”研究が世界的にはじめられています。その潮流を先取りするため、生理学研究所では自動連続電子顕微鏡画像装置導入し、全国の研究者とともに脳の回路の網羅的研究に取りかかっています。

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3次元走査型電子顕微鏡で撮影された脳神経組織の立体像

  また脳の働きを解析するには、分子・細胞のレベルから個体のレベルまで、様々な測定技術を駆使する必要があります。なかでも点の情報ではなく領域の情報を得るイメージング技術は生体の機能を統合的に捉えることに適しており、多光子励起レーザー顕微鏡を用いたシナプスの長期的変化といった微視的な観察から、2台の磁気共鳴画像装置(dual fMRI)で同時計測した対人関係の関する脳活動の測定といった高次脳機能の観察にまで利用されています。これらのイメージング技術の時間的・空間的高解像度化は今後も重要な課題です。さらに画像として得られた多量のデータから脳で交わされている情報を読み出すためのデータ処理技術の開発も大きな課題となっています。

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Dual fMRI装置による見つめ合う二人の脳活動の同時記録のイメージ図


 生理学研究所は、世界最先端の研究を推進するとともに、大学共同利用機関として全国の研究者と共同研究を行い、わが国全体の科学水準のさらなるレベルアップに貢献していくことを目指しています。

3.霊長類を対象とする脳研究の新展開
 脳科学の目標のひとつはヒトの高次脳機能を理解し、精神・神経疾患の病態解明と治療戦略開発へとつなげることです。現在、ヒトの研究では、非侵襲的脳機能画像法の進展に目覚ましいものがあります。一方で、分子レベルの研究は、遺伝子操作が可能なマウスなどのモデル動物を用いて爆発的に発展しています。これらモデル動物の成果をヒトにつなげるには、人と同じ霊長類であるサルでの研究が重要となっています。これまでサルを用いた高次脳機能研究で日本は多くの世界的な研究成果を挙げてきましたが、それらは主に電気生理学によるもので、マウスの分子レベルの研究をヒトにつなげるには十分ではありませんでした。しかし、近年、生理学研究所では、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムの支援を得て、世界に先駆けてサルにおいてウィルスベクターを用いた経路選択的・可逆的な機能遮断に成功し、行動の神経回路基盤を明らかしました。このように、サルが遺伝子操作の可能な動物になりつつあります。一方、私達は、2002年 ナショナルバイオリソースプロジェクトで「ニホンザル」を担当し、京都大学と連携して350頭もの研究用ニホンザルを飼育・繁殖し国内の30を超える大学等研究機関に提供し、脳研究を下支えしてきました。私達は、上記の実績を踏まえ、今後研究所近郊にサル施設を確保し、動物実験センターも改修して、脳研究に限らず、再生医学、臨床医学研究等でサルを必要としている多くの研究者に利用してもらえる共同利用を強化していきたいと考えています。