公開日 2013.09.06

炎症時の痛みに「ワサビ受容体」が関わる仕組みを明らかに ― 
炎症性疼痛や神経障害性疼痛の発生にワサビ受容体のスプライスバリアントが関与する

カテゴリ:プレスリリース
 生理学研究所・広報展開推進室
 

内容

 痛み刺激を感知するセンサーの1つにワサビの辛みを感知するワサビ受容体があります。ワサビ受容体は全身の皮膚の神経にもあり痛みセンサーとして働いていることが知られていますが、炎症時の痛みや神経障害後に起こる痛みにワサビ受容体がどのように関わるかは明らかではありませんでした。今回、自然科学研究機構 生理学研究所(岡崎統合バイオサイエンスセンター)の周一鳴研究員と富永真琴教授は、マウスのワサビ受容体であるTRPA1(トリップ・エーワン)にスプライスバリアント(一つの遺伝子から複数種類のタンパク質が作られる仕組みによって生成される構造の異なるタンパク質)が存在し、その構造の異なるTRPA1スプライスバリアントが炎症時や神経障害後に増えることによって痛み増強につながることを明らかにしました。本研究結果は、Nature誌の姉妹誌であるネーチャー・コミュニケーションズ(9月6日電子版)に掲載されます。
 

研究グループは、マウス感覚神経のTRPA1というイオンチャネルに注目して、普通のTRPA1タンパク質より30アミノ酸だけ小さいスプライスバリアントが存在することを見つけました。普通のTRPA1をTRPA1a、スプライスバリアントをTRPA1bと名づけました。TRPA1 DNAからの転写過程においてTRPA1a mRNA(エムアールエヌエー)とTRPA1b mRNAができて、それぞれが翻訳されて2つのTRPA1タンパク質が生成されるのです。細胞の中でTRPA1aとTRPA1bが結合することによって、細胞膜にTRPA1a/TRPA1b複合体量が増えることがわかりました。

さらに、今回発見したTRPA1a/TRPA1b複合体の働きを調べるために、活性化メカニズムの異なる2つのTRPA1活性化剤(AITC: ワサビの辛み成分アリルイソチオシアネートと2-APB: ツーエーピービー)によって活性化したTRPA1を介して流れるイオン電流を測定したところ、TRPA1aとTRPA1bの両方があるとより大きな電流が観察されました(図1)。TRPA1bだけでは電流は見えませんでした。さらに、炎症性疼痛モデルマウスの感覚神経で、炎症発生後にTRPA1b遺伝子(mRNA)量がどんどん増えていくことがわかりました(図2)。神経障害性疼痛(神経に障害が起こった後に、神経損傷自体は治癒しても痛みが続く状態で、慢性疼痛の一種)モデルマウスでも同様にTRPA1b遺伝子(mRNA)量が増えました。こうした炎症性疼痛モデルマウスや神経障害性疼痛モデルマウスの感覚神経ではTRPA1の応答性は増大していることから、TRPA1bの増加によってTRPA1活性が増大して痛み増強につながっていると考えられました(図3)。

富永教授は「今回の研究で、ワサビ受容体TRPA1が炎症性疼痛や神経傷害性疼痛の発生に関わる分子メカニズムが明らかになりました。スプライスバリアントが増えないようにすることが痛みの発生をおさえることから、新たな鎮痛薬開発につながるかもしれません。」と話しています。

本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

今回の発見


1.痛みセンサーとして働くワサビ受容体TRPA1に新しいスプライスバリアントが存在することが分かり、スプライスバリアントがあるとTRPA1電流が大きくなりました。
2.そのスプライスバリアントがマウスの炎症性疼痛モデルや神経傷害性疼痛モデルで増えることがわかりました。
3.スプライスバリアントはTRPA1の機能増強をもたらすことから、炎症性疼痛や神経傷害性疼痛における痛み発生にスプライスバリアントが関わっていることが示唆されました。

図1 TRPA1a とTRPA1bの複合体のTRPA1機能(電流)への効果

press20130906tominaga-1.jpg普通のワサビ受容体(TRPA1a)とTRPA1のスプライスバリアント(TRPA1b)をもった培養細胞の2種類のTRPA1活性化剤に対する反応。TRPA1bだけをもった細胞ではTRPA1の応答は見られませんでした。TRPA1aとTRPA1bの両方をもった細胞では、TRPA1aだけをもった細胞より大きな電流応答が観察されました。TRPA1aとTRPA1bの両方があることによってTRPA1機能が増強することがわかりました。これは、痛みが強くなることにつながると考えられます。

図2 炎症性疼痛モデルにおけるTRPA1b遺伝子の発現変化

press20130906tominaga-2.jpg正常マウスではTRPA1b遺伝子(mRNA)は14日まで変化しませんが、CFA(シーエフエー)という起炎物質を足底に注射した炎症性疼痛モデルマウスでは、TRPA1b mRNA量がどんどん増えていくのがわかります。神経障害性モデルでも同様の現象が認められました。

図3 TRPA1bの量と疼痛増強のモデル図

press20130906tominaga-3.jpg炎症時や神経障害時にはTRPA1bが増えて、感覚神経細胞膜上のTRPA1a/TRPA1b複合体量が増加します。そして、TRPA1の応答性が増強して大きな電流が流れることによって痛み増強につながると考えられます。

この研究の社会的意義

TRPA1のスプライスバリアントをターゲットとした新しい創薬戦略の提唱

今回の発見で、ワサビ受容体TRPA1が炎症性疼痛や神経障害性疼痛の発生にかわる仕組みが分かりました。TRPA1bと同一のものはヒトでは見つかっていませんが、同様のことがヒトでも起こっていると想定されるため、TRPA1のスプライスバリアントやその調節因子が炎症性疼痛や神経障害性疼痛の治療のための新しい創薬ターゲットになることが期待されます。
 また、病態時における選択的スプライシングの役割の解明につながることが期待されます。

論文情報

Identification of a splice variant of mouse TRPA1 that regulates TRPA1 activity. 
Yiming Zhou, Yoshiro Suzuki, Kunitoshi Uchida & Makoto Tominaga.
Nature Communications.   2013年 9月6日

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 細胞生理研究部門
教授 富永真琴 (とみなが まこと)
Tel: 0564-59-5286   FAX: 0564-59-5285 
email: tominaga@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 
TEL 0564-55-7722、FAX 0564-55-7721 
pub-adm@nips.ac.jp