公開日 2013.11.13

けいれん・記憶障害をきたす自己免疫性辺縁系脳炎の病態を解明
―てんかん関連分子LGI1の機能阻害が辺縁系脳炎をも惹起する―

カテゴリ:プレスリリース
 生理学研究所・広報展開推進室
 

内容

自然科学研究機構 生理学研究所の深田正紀教授、深田優子准教授、大川都史香院生の研究グループは、鹿児島大学医学部の髙嶋博教授、渡邊修講師、北海道大学医学部の渡辺雅彦教授らとの共同研究により、国内の自己免疫性神経疾患患者の血清を網羅的に解析し、痙攣や記憶障害をきたす辺縁系脳炎の病因となる自己抗体の種類とその頻度を明らかにしました。そして、てんかん関連分子LGI1に対する自己抗体がシナプス機能異常を引き起こし、辺縁系脳炎を惹起している可能性が極めて高いことを突き止めました。さらに、辺縁系脳炎の診断、治療効果の判定に実用可能な検査法を開発しました。本研究成果は米国の神経科学誌(Journal of Neuroscience)に掲載されます(2013年11月13日号)。

  辺縁系脳炎は亜急性に近時記憶障害や痙攣、見当識障害をきたす重篤な脳疾患であり、原因としてウイルス感染や細菌感染、腫瘍随伴、自己免疫などが知られています。自己免疫性脳炎は、主に成人に発症し、国内患者は年間約700人と推定されています。自己免疫性脳炎は、なんらかの原因で自身の神経細胞が有する蛋白質に対する抗体(自己抗体)が生じるために、自身の神経細胞の機能が障害されて発症します。しかしながら、自己抗体と標的蛋白質(自己抗原)の全容が未だ不明であり、診断が極めて困難な疾患です。本研究では、国内の145名の辺縁系脳炎を含む自己免疫性神経疾患の患者血清を網羅的に解析し、既知の自己抗体に加え、別の6種類の蛋白質に対する新規自己抗体を発見しました(図1)。さらに、各患者血清中のこれら自己抗体価を体系的に測定した結果、てんかん関連蛋白質であるLGI1に対する自己抗体価と辺縁系脳炎発症との間に極めて高い相関があることを見出しました(図2)。
LGI1はその変異がある種の遺伝性側頭葉てんかんを引き起こすことから研究者の注目を集めています。これまでに、深田らの研究グループはLGI1がADAM22受容体を介してシナプス伝達を制御すること、そして、LGI1欠損マウスではシナプス伝達異常により、生後2-3週間で致死性てんかんを必発することを報告してきました。一方ごく最近、海外の研究者らにより辺縁系脳炎患者血清中に抗LGI1自己抗体が存在することが報告されました。しかし、LGI1自己抗体が他のさまざまな自己抗体と比較してどれほど強く自己免疫性辺縁系脳炎の発症と関連するのか、そして、LGI1自己抗体がどのようにして痙攣発作や記憶障害といった臨床症状を引き起こすかは不明でした。

本研究では国内の自己免疫性神経疾患患者の血清を網羅的に解析することにより、LGI1自己抗体を高値かつ単独で有するほぼ全ての患者さんが辺縁系脳炎と診断されていたことを見出しました。さらに、LGI1自己抗体がLGI1とその受容体であるADAM22との結合を阻害することにより、脳内の興奮性シナプス伝達の大部分を担うAMPA受容体機能を低下させることを突き止めました(図3)。AMPA受容体を介したシナプス伝達の制御機構は記憶、学習の根幹を成すと考えられていることから、LGI1自己抗体によるAMPA受容体機能制御の破綻は辺縁系脳炎の記憶障害やてんかん症状を引き起こすと考えられます。

本研究は、最先端・次世代研究開発プログラム(内閣府) (H22-25)(研究代表者・深田正紀)、及び文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「シナプス・ニューロサーキットパソロジー」(領域代表:岡澤均 東京医科歯科大学難治疾患研究所教授)における研究課題「遺伝性側頭葉てんかんのシナプスおよび神経回路病態の解明」(H23-26)(研究代表者・深田優子)の一環として得られました。また、本研究の一部は、文部科学省科学研究費補助金における研究課題「自己免疫性脳炎の病態解析および新規抗原の解明」(H25-27)(研究代表者・渡邊修)、厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究における研究課題「Isaacs症候群の診断、疫学および病態解明に関する研究(H24-25)(研究代表者・渡邊修)、 新学術領域研究「包括型脳科学研究推進支援ネットワーク」(領域代表:木村實 玉川大学脳科学研究所所長)における「リソース・技術支援」(渡辺雅彦拠点)による支援を受けて実施されました。

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 本研究に御協力頂きました患者様と御家族の皆様に深謝いたします。

今回の発見

(1)国内の自己免疫性神経疾患患者が有する自己抗体を体系的に同定、測定した結果、LGI1自己抗体を高値で有する患者さんはほぼ全て辺縁系脳炎と診断されていたことがわかりました(図2)。
(2) LGI1自己抗体はLGI1とその受容体ADAM22との結合を阻害し、シナプス伝達の中核を成すAMPA受容体機能を減弱させることがわかりました(図3)。
(3)先天的にLGI1遺伝子を欠損させたてんかんモデルマウス(ノックアウトマウス)においても、海馬領域においてAMPA受容体量が減弱していることがわかりました。

図1 新規自己抗体の発見

press20131113Fukata-1.jpg自己抗体は文字通り自己の蛋白質に対して反応し、細胞、組織、臓器に障害を引き起こします。今回、研究グループは脳神経細胞の蛋白質に対する既知の自己抗体(黒字の蛋白質に対する抗体)に加えて、さまざまな蛋白質に対する新規の自己抗体(赤字の蛋白質に対する抗体)を発見しました。

図2 複数の自己抗体を同時測定できる検査法の開発

press20131113Fukata-2-1.jpg今回、多数の新規自己抗体の標的抗原を同定したことにより、一人の患者血清中にどのタイプの抗体がどの程度存在しているかを簡便、高感度、かつ特異的に測定することが可能となりました。

 

press20131113Fukata-2-2.jpgLGI1抗体価(縦軸)とCASPR2抗体価(横軸)と疾患との関連性を示しています。LGI1抗体価が0.8以上の患者さんは殆ど例外なく辺縁系脳炎と診断されていたことが明らかになりました(左上の赤色の群)。一方、CASPR2抗体価が0.3以上の患者さんはニューロミオトニア(神経筋緊張病)のケースが有意に多いことが分かりました(右中央の青色の群)。

図3 LGI1自己抗体はLGI1とADAM22/23との結合を阻害する

press20131113Fukata-3.jpg通常、LGI1はシナプス間隙でADAM22、ADAM23と結合し、AMPA型グルタミン酸受容体を精緻にコントロールしています。一方、LGI1の機能が自己抗体により後天的に阻害されると、シナプスにおけるAMPA型グルタミン酸受容体機能が低下し無秩序なシナプス伝達が生じます。その結果、痙攣発作を伴うてんかん病態や記憶障害が生じると考えられます。

この研究の社会的意義

(1)“てんかん病態”の解明
これまでLGI1はその遺伝子変異がある種の側頭葉てんかんを引き起こすことから注目を集めてきましたが、今回の研究により、成人において後天的にLGI1とADAM22の結合が阻害されると、てんかん病態が惹起されることが明らかになりました。つまり、LGI1とADAM22の結合は私たちの脳が安定な興奮状態を維持するのに一生涯を通じて必要不可欠なシステムであると言えます。LGI1とADAM22はこれまでのイオンチャネルを標的とした抗てんかん薬と異なる新たな抗てんかん薬のターゲットとして期待されます。

(2)“自己免疫性辺縁系脳炎”の診断、治療効果判定に期待
今回、私共の開発した Multiplex ELISA検査法(図2)は患者血清中の様々な自己抗体の量を同時に測定することができ、辺縁系脳炎の確定診断、および治療効果の判定に実用可能と考えられます。この検査法により、個々の患者さんはしばしば複数の自己抗体を有することが明らかになりました。このことから、自己抗体の組み合わせによって患者固有の臨床症状が形成されることが強く示唆されます。また、LGI1自己抗体による辺縁系脳炎は免疫療法により自己抗体量を低下させることができれば治療可能なので、迅速な診断により早期の治療と良好な予後が期待できます。

(3)ヒトの記憶、学習の分子メカニズムの解明に期待

90%以上の患者さんで記憶障害を示す辺縁系脳炎の病態がLGI1とADAM22の結合障害に起因するシナプス伝達異常であることが判明したことから、今後は、記憶や学習過程におけるLGI1の役割の解明が期待されます。LGI1とADAM22との結合を修飾する化合物は、シナプス伝達の機能を変化させるような新たな薬剤の候補となることが期待されます。

論文情報

Autoantibodies to Epilepsy-Related LGI1 in Limbic Encephalitis Neutralize LGI1-ADAM22 Interaction and Reduce Synaptic AMPA Receptors.
Toshika Ohkawa, Yuko Fukata, Miwako Yamasaki, Taisuke Miyazaki, Norihiko Yokoi, Hiroshi Takashima, Masahiko Watanabe, Osamu Watanabe, and Masaki Fukata
米国の神経科学誌(Journal of Neuroscience)2013年11月13日発行

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 生体膜研究部門
教授 深田 正紀(フカタ マサキ)
Tel: 0564-59-5873 Fax: 0564-59-5870
Email:mfukata@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室
Tel: 0564-55-7722 Fax: 0564-55-7721
Email: pub-adm@nips.ac.jp

言葉解説

“自己抗体”
本来産生されることのない自己の物質に対してできた抗体で、自己の細胞や組織、臓器に障害を引き起こし、自己免疫疾患の原因となります。LGI1以外にもNMDA受容体やAMPA受容体に対する自己抗体が自己免疫性脳炎で報告されています(図1)。

“辺縁系脳炎”

亜急性の近時記憶障害、見当識障害で発症し、極期には痙攣発作をきたす重篤な疾患。治療法はその原因により大きく異なり、感染が原因の場合には感染症に対する治療が必要となり、自己免疫性の場合は免疫療法が第一選択となります。しかし、自己免疫性の場合は有効な検査法が十分確立されておらず、診断が困難な場合があります。

“てんかん”
脳神経細胞や神経回路の過剰あるいは無秩序な興奮によって反復性の痙攣発作や意識消失等の発作が生じる疾患の総称で、人口の約1%程度に発症する神経疾患。

“てんかん関連分子LGI1”

神経細胞に特異的に発現する分泌蛋白質であり、その変異は遺伝性側頭葉てんかんを引き起こします。LGI1はシナプスで分泌され、ADAM22、およびADAM23受容体と結合し、シナプス伝達(AMPA受容体機能)を精緻に制御します(図3)。LGI1欠損マウス(ノックアウトマウス)では、シナプス伝達の異常により全てのマウスが致死性てんかんを必発します。

“シナプス伝達”

神経細胞同士はシナプスという接続部を介して相互に情報伝達を行います。シナプス伝達はこのシナプス間の情報伝達を指します。シナプス伝達の効率はそのシナプスの使用状況や外界刺激の種類に応じて柔軟に変化することから、記憶や学習の分子基盤と考えられています。

“AMPA受容体”

AMPA型グルタミン酸受容体は興奮性の神経伝達物質グルタミン酸の受容体の一つで、それ自体がNaイオンを透過させるイオンチャネルとして機能します。また、AMPA受容体は外界刺激によりシナプスにおける発現量が大きく変化すること、および興奮性シナプス伝達の大部分を担うことからシナプス可塑性の根幹をなす分子としてその制御機構は注目を集めています。