公開日 2014.02.13

脳脊髄液分泌に関わる新しいメカニズムの発見
~ TRPV4-アノクタミン1相互作用を介した水分泌の促進~

カテゴリ:プレスリリース
 生理学研究所・広報展開推進室
 

内容

あらゆる脊椎動物の脳室内において脳脊髄液は脈絡叢(みゃくらくそう)上皮細胞から分泌されます。この脈絡叢上皮細胞にTRPV4(トリップヴィフォー)が強く発現することは遺伝子クローニングが成功した2000年のころからよく知られていました。しかし、その生理的意義は謎とされてきました。今回、自然科学研究機構 生理学研究所(岡崎統合バイオサイエンスセンター)の高山靖規研究員と富永真琴教授はこれまで報告の無かったカルシウム活性化クロライドチャネルの発現を脈絡叢上皮細胞において発見し、かつその分子実体がアノクタミン1であることを明らかにしました。さらに、TRPV4の活性化によって細胞内へ流入したカルシウムによってアノクタミン1が活性化することでクロライドイオンの流出が生じ、それに伴う著しい水流出が証明されました。TRPV4は脈絡叢上皮細胞の脳室側に局在しているため、今回同定されたTRPV4-アノクタミン1相互作用は脳脊髄液分泌を促進するメカニズムであると考えられます。本研究結果は、FASEB Journal(2月7日電子版)に掲載されました。

 研究グループは、脈絡叢上皮細胞に強く発現するカルシウム透過性の高い非選択性カチオンチャネルTRPV4に着目して研究を行いました。脳室の中に漂うように存在する脈絡叢は脳脊髄液を分泌する組織であり、上皮細胞・軟膜・毛細血管の層で構成されています。上皮細胞では、基底外側(血管側)から先端側(脳室側)へとイオンが移動するため水も移動し、結果的に脳脊髄液が分泌されます(図1)。この脈絡叢上皮細胞においてTRPV4は先端側に局在しています。これは脈絡叢の生理的意義を考える上で非常に不可解なことです。なぜならTRPV4の活性化は細胞外(すなわち脳室側)からのナトリウムとカルシウムの流入を引き起すため、わざわざ脳室へ輸送した水を再び細胞内へと引き戻してしまうからです。本研究では、この謎めいた事象を明快に説明することができました。それは、いままで脈絡叢上皮細胞では機能的発現が無いとされてきたカルシウム活性化クロライドチャネル(アノクタミン1)を発見したためです。
アノクタミン1は細胞内カルシウムによって活性化します。本研究において、TRPV4の活性化によって細胞に流入したカルシウムがアノクタミン1を極めて強力に活性化させることが示されました(図2)。
アノクタミン1が活性化するとクロライドは細胞外へ流出します。細胞膜を隔ててイオンが移動するとイオンと同じ方向に水も移動します。薄い細胞膜は細胞を包むやわらかい袋のようなものなので、細胞から水が流出すると細胞はしぼみ、反対に水が流入すると細胞は膨らみます。そこで、TRPV4とアノクタミン1を発現した細胞の大きさを計測して、TRPV4を活性化したときに起こる細胞収縮を観察することに成功しました(図3)。

このような結果から、脈絡叢上皮細胞の先端側に局在するTRPV4が活性化すると近接するアノクタミン1が活性化してクロライド流出が起こり、TRPV4と結合することが知られている水チャネルを介して水が脳室へと移動するものと考えられます。これが本研究で提唱する脳脊髄液の新しい分泌メカニズムです(図3)。

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本研究は文部科学省科学研究費補助金とソルトサイエンス研究財団の補助を受けて行われました。

  

今回の発見

1.絡叢上皮細胞においてカルシウム活性化クロライドチャネルの発現を証明し、その分子実体がアノクタミン1であることを明らかにしました。
2.TRPV4とアノクタミン1が相互作用することを発見しました。
3.TRPV4-アノクタミン1相互作用により生じる水輸送を証明しました。

図1 脈絡叢の構造とTRPV4の局在部位

press20140212Tominaga-1.jpg3つある脳室(側脳室、第3脳室、第4脳室)のすべての領域において脈絡叢(濃い紫の部分)は存在しています。脈絡叢は上皮細胞、軟膜、毛細血管から成る一層構造でTRPV4は上皮細胞の先端側に多く存在しています。上皮細胞ではトランスポーターやイオンチャネルにより絶えずイオンが血管側から脳室側へと輸送されているため、それに伴う水の移動が起こり、結果として脳脊髄液が脈絡叢から分泌されています。

図2 TRPV4活性に伴うアノクタミン1の活性化

press20140212Tominaga-2.jpgTRPV4とアノクタミン1を共発現している細胞においてホールセルパッチクランプ法により観察されたクロライド電流。共発現細胞では、TRPV4アゴニストによって大きな電流が観察されます(左)。また、この電流は細胞外カルシウムを除去した状態では観察されないことから、TRPV4活性によるカルシウムの細胞内への流入がアノクタミン1を活性化させることが示されました(右)。

図3 TRPV4-アノクタミン1相互作用による水輸送と脳脊髄液分泌の新しいモデル

press20140212Tominaga-3.jpgTRPV4とアノクタミン1を発現した細胞においてTRPV4活性化に伴い観察される細胞収縮のモデル図(左)。脈絡叢上皮細胞においてTRPV4が活性化するとTRPV4-アノクタミン1相互作用によりクロライドが流出し、TRPV4と結合する水チャネルを介して水流出も促進されると考えられます(右)。

この研究の社会的意義

水頭症などに対する薬理学的アプローチ

脈絡叢の関わる主な疾患は水頭症です。水頭症は脳脊髄液の異常な産生亢進などにより脳が圧迫される疾患であり、有効な治療としては余分な脳脊髄液を脳室から外科的に取り除く方法しかありません。今回、水輸送に重要な新規経路が解明されたことで、水頭症のような脳脊髄液異常をきたす疾患の治療のためにTRPV4-アノクタミン1相互作用を標的とした薬剤の開発が期待されます。

論文情報

Modulation of water efflux through functional interaction between TRPV4 and TMEM16A/anoctamin 1
Yasunori Takayama, Koji Shibasaki, Yoshiro Suzuki, Akihiro Yamanaka, and Makoto Tominaga
The Journal of Federation of American Societies for Experimental Biology. (オンライン版)  2014年 2月7日

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 細胞生理研究部門
教授 富永 真琴 (とみなが まこと)
TEL: 0564-59-5286 FAX: 0564-59-5285 
EMAIL: tominaga@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 
特任助教 坂本 貴和子 (さかもと きわこ)
TEL: 0564-55-7722 FAX: 0564-55-7721
EMAIL: pub-adm@nips.ac.jp