公開日 2014.08.20

生まれつき目が見えなくても、 相手の手の動作を認識するための脳のネットワークは形成される

カテゴリ:プレスリリース
 生理学研究所・研究力強化戦略室
 

内容

日常において私たちは目を使って、相手が行う動作を素早く理解したり学んだりしています。これは、脳の中に他者の動作を認識するためのネットワークが存在するからです。生まれつき目が見えない場合でも、世界的に活躍しているアーティストやアスリートが示すように、相手の動作を理解したり学んだりすることは可能です。では目が見えない場合には、このネットワークはどのように振る舞うのでしょうか?今回、生理学研究所の北田亮助教らの研究グループは、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて、他者の手に触れてその動作を識別している時の脳の活動を測定しました。その結果、このネットワークの一部は、生まれつき目が見えない人でも、目が見える人と同じように、活動をすることが分かりました。本研究成果は、「なぜ目が見えなくても、相手の手の動作を知ることができたり、学んだりできるのか」という謎を明らかにする一助になります。
 


<研究の背景>

 私たちは目を使うことで、他者が行う動作を理解したり、学んだりします。その一方、パラリンピックで活躍するアスリートや世界的なアーティストが実証するように、生まれつき目が見えないとしても、視覚以外の感覚を活用することで動作の理解や学習は可能です。では生まれつき目の見えない人(先天盲)の脳は、目の見える人(晴眼者)に比べてどのように働いているのでしょうか?
脳の中には、相手の動作を認識するために働くネットワークが存在します(Action Observation Network, AON)。目で見た情報を専ら処理する脳部位を視覚野と呼びますが、AONには視覚野の一部(Extrastriate Body Area, EBA)が含まれます。では目が見えない場合にAONはどのような機能を果たしているのでしょうか?本研究では機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて、手の動作を認識した時の脳の働きを晴眼者と視覚障害者で比較しました。

<研究の内容>
 視覚障害者群28名(18名の先天盲と10名の中途失明者)と、年齢や性別が一致した晴眼者群28名が、本研究に参加しました。4種類の手の動作をかたどった模型・4種類の急須の模型・4種類の車の模型を制作しました (図1)。どちらの群の参加者も目を閉じた状態で模型を触り、手に触れた場合はその動作を4択で当て、急須や車に触れた場合はそれぞれの種類を4択で当てました(触覚識別課題)。さらに触覚課題の後に、晴眼者群は同じ模型を見て当てる課題(視覚識別課題)を行いました。
急須や車の認識時に比べて手の動作の識別時に強く活動する脳部位を、Action Observation Network (AON)として特定しました。その結果、晴眼者群では触覚課題でも視覚課題でも、EBA・縁上回の活動が観察されました(図2)。さらにこれらの領域の一部は、視覚障害者のうち先天盲群でも確認することができました(図3)。この結果は、AONが感覚に関係なく駆動するだけでなく、視覚を使った経験の有無にかかわらず発達することを示しています。

本研究は、文部科学省「脳科学研究戦略推進プログラム」の一環として実施し、また、文部科学省科学研究費補助金の助成によって行いました。

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<用語>
・機能的磁気共鳴法(fMRI)
ある脳部位の神経細胞の活動に伴い、近傍の血管において酸素を持つヘモグロビン(赤血球のタンパク質)と酸素を持たないヘモグロビンの相対量が変化します。fMRIは核磁気共鳴現象を用いてこの変化を信号 (BOLD信号)値として測定する手法です。

・Action Observation Network (AON)
  AONとは他者の動作の認識に関わる脳内ネットワークのことを指し、手や足の動作に限らず顔の表情を認識した時にも活動します。有名なミラーシステム(他者の動作を認識する時だけでなく、自分が同じ動作を行った時にも強く反応する脳部位)はこのAONの中に含まれます。

・Extrastriate Body Area(EBA)
目で見た情報を専ら処理する脳部位を視覚野と呼びます。EBAとは視覚野に含まれる領域の一つで、他の物体に比べて身体を観察した時に強く反応します。近年の研究からEBAは自分が動作を行うときにも活動することが分かっており、この領域がヒトのミラーシステムの一部に該当するかどうかについて活発な研究が行われています。

今回の発見

1.    手の動作の認識に関わる脳内ネットワークの一部は、生まれつき目が見えなくても発達することを明らかにしました。
2.    この成果は「なぜ生まれつき目が見えなくても他者の手の動作を理解したり、学習したりすることができるのか」を説明する手がかりになります。

図1 実験に用いた模型

kitadaPress20140820-1.jpg 実験参加者はMRIスキャナー内で模型に触れて、手を触った場合はその動作を、急須や車を触った場合はその種類を識別しました(触覚課題)。さらに晴眼者は目のみを使う識別も行いました(視覚課題)。急須や車に比べて手の識別で強く活動する脳部位を、Action Observation Network (AON)として特定しました。

図2 晴眼者が手の動作を認識しているときに強く活動した部位

kitadaPress20140820-2.jpg 藍色の領域は、晴眼者が急須や車に比べて手の動作を識別した時に強く活動した脳部位を示しています。この脳部位は触って識別する課題(触覚課題)でも見て識別する課題(視覚課題)でも、手の動作に対して強く活動しました。水色の部分は、視覚から得られる身体の情報を専ら処理する脳部位(EBA)を示しています。活動をわかりやすく図示するために大脳皮質を膨らませて示しています。濃い灰色は脳溝を示し、薄い灰色は脳回を示しています。

図3 先天盲でも晴眼者でも手の動作を認識しているときに強く活動した脳部位

kitadaPress20140820-3.jpg 黄色の領域は、先天盲と晴眼者で手の動作の認識時に共通して活動した脳部位を示しています。視覚経験に関係なく縁上回とEBAの一部が活動していることが分かります。水色の部分は図2と同じように、視覚から得られる身体の情報を専ら処理する脳部位(EBA)を示しています。濃い灰色は脳溝を示し、薄い灰色は脳回を示しています。

この研究の社会的意義

視覚障害者の教育基盤を形成するための一助になる可能性
 生まれて幼いころに失明しても、多くの方が社会の多方面の分野で活躍しています。これまでの発達心理学では目が見えることを前提とした理論が提唱されてきましたが、目が見えない場合、「どのように他者のことを理解し、学ぶ能力が発達するのか」に関してはよく分かっていません。本研究の成果は「なぜ目が見えなくても他者の手の動作を認識・学習することが可能なのか」を説明し、目が見えない場合の社会能力の発達を考える上で重要な知見となります。

論文情報

'The brain network underlying the recognition of hand gestures in the blind: the supramodal role of the extrastriate body area'
Ryo Kitada, Kazufumi Yoshihara, Akihiro Sasaki, Maho Hashiguchi, Takanori Kochiyama, Norihiro Sadato
The Journal of Neuroscience, 23 July 2014, 34(30): 10096-10108

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 心理生理学研究部門
助教 北田 亮 (きただ りょう)
Tel: 0564-55-7844   FAX: 0564-55-7786
email: kitada@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
TEL: 0564-55-7722、FAX: 0564-55-7721 
email: pub-adm@nips.ac.jp