公開日 2014.09.11

生後の視覚機能を支える神経回路の発達には生後の正常な視覚体験が必要である

カテゴリ:プレスリリース
 生理学研究所・研究力強化戦略室
 

内容

私たち哺乳類の脳の機能は、生まれ育った環境に適応できるように生後の体験や学習に依存して発達します。今回、生理学研究所の石川理子研究員と吉村由美子教授らは、生後の視覚体験を操作したラットを用いて、一次視覚野における神経細胞回路網の発達過程を詳細に調べました。その結果、生後発達期に正常な視覚体験をすると視覚野に微小神経回路網が構築されますが、視覚体験を全く経ない、あるいは形ある物を見ることなく生育したラットの視覚野では、微小神経回路網が形成されないことがわかりました。本研究成果は、正常な脳機能の発達に生後どのような体験が必要となるのかを知る上で重要と考えられます。

<研究背景>
脳の機能は、生後の体験や学習に依存して発達することが知られています。例えば、生後発達期に様々な視覚体験を経て成熟すると、物を認知・識別する能力が向上しますが、物を見ずに成長すると、その能力が弱まります。つまり正常な脳機能の発達には、積極的な脳の活動によってもたらされる神経回路の形成が重要であると考えられます。しかし、その詳細なメカニズムは、未だに明らにされていないのが現状です。

<研究内容>
生後の視覚体験は、脳の視覚野において神経回路の発達にどのような影響を与えるのでしょうか。私達は、① 正常な視覚体験を経たラット、② 生後開眼したばかりの未熟なラット、③ 暗室で飼育し全く視覚体験のないラット、④ 明るさの変化は体験しているが、物の形など意味のある視覚体験を遮断されたラット、といった4種類の成育過程を経たラットを用い、各々の視覚野の神経回路を詳細に調べました(図1)。その結果、正常な視覚体験を経たラットの視覚野には、多くの神経結合により構築された微小神経回路網が形成されていました。この微小神経回路網は、様々な視覚情報を混同することなく、各々を認知・処理する上で重要な役割を担うと考えられています。②の、生後開眼したばかりの未熟なラットの視覚野では、微小神経回路網は未だ形成されていませんでした。③の視覚体験のないラットでは、開眼直後のラットと同様、微小神経回路の形成は認められませんでした。さらに、④の意味のある視覚体験を遮断されたラットでは、微小神経回路網の発達は阻害されました(図2)。これらの結果は、視覚野の情報処理に必要な微小神経回路網の形成が、生後発達期の視覚体験の度合いによって、その形成が左右されることを示しています。


 本研究はJST戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)の「脳情報の解読と制御」研究領域(研究総括:川人光男(株)国際電気通信基礎技術研究所 脳情報通信総合研究所 所長)における研究課題「視覚系をモデルとした、情報処理の基盤をなす神経回路の解析」(代表研究者:吉村由美子)および文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

<用語の説明>
1. 一次視覚野
 網膜で受容された視覚情報を受け取る脳領域。後頭部にあり、ここで処理された視覚情報は高次視覚野へと送られる。
2. 微小神経回路網
 結合(シナプス結合)を介して相互に情報をやり取りする神経細胞のペアと、そのペアに情報を伝達する周囲の神経細胞群により形成される微細な神経回路網。それぞれの微小神経回路網は独立した視覚情報処理を担うと考えられている。

今回の発見

一次視覚野において、視覚情報処理に重要と考えられる微小神経回路網の形成には、生後発達期の正常な視覚体験が重要であることを見出しました。

図1 電気生理学的手法と光スキャン刺激法による神経回路網の解析

press20140911yoshimura-1.jpg

 

 

 

一次視覚野の2/3層にある錐体細胞から記録を行いました。局所的に神経細胞を活動させることで、効率的に神経回路網の解析を行うことができます。

 

 

図2 生後の視覚体験に依存して微小神経回路網は成熟する

press20140911yoshimura-2.jpg生後の視覚体験に依存した一次視覚野の微小神経回路網の形成を示しています。生後正常な視覚経験を経た場合、入力される多様な視覚情報を混同することなく処理を行うための、独立した微小回路網が形成されています。対して暗室で飼育することで全ての視覚情報を遮断した場合では、開眼直後の未成熟な一次視覚野と同様、微小神経回路網は存在せず、また物の形などの視覚入力を遮断した場合では、独立した微小神経回路網の形成が阻害されました。この微小神経回路網が正常に形成されないことが、認知能力低下の一要因となっていると考えられます。

この研究の社会的意義

本研究は世界で初めて、選択的な神経結合による神経回路網が多様な視覚入力を受けることにより出来上がることを示しました。この研究成果は、脳が担う情報処理機能メカニズムへの理解を深めるとともに、脳が健やかに育まれる仕組みを解明にする一助となると考えられます。

論文情報

Experience-dependent emergence of fine-scale networks in visual cortex
Ishikawa A, Komatsu Y, Yoshimura Y
Journal of Neuroscience オンライン版 2014年9月10日

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 視覚情報部門
研究員    石川 理子    (イシカワ アヤコ)
教授 吉村 由美子 (ヨシムラ ユミコ)
Tel: 0564-55-7731
email:ayakoi@nips.ac.jp 
    yumikoy@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
TEL: 0564-55-7722、FAX: 0564-55-7721 
email: pub-adm@nips.ac.jp