公開日 2014.12.09

タンパク質の異常構造を修復することによりてんかんを軽減

カテゴリ:プレスリリース
 生理学研究所・研究力強化戦略室
北海道大学医学部
Erasmus大学
東京大学先端科学技術研究センター
 

内容

てんかんは、人口の1%程度に発症する頻度の高い神経疾患であり、反復性のけいれんや時には意識消失を伴います。これまで知られているヒトのてんかん原因遺伝子の多くは神経細胞間の情報伝達(シナプス伝達)を直接担うイオンチャネルタンパク質でした。そのため、現在使用されている抗てんかん薬の多くはイオンチャネルを標的として開発されてきました。しかし、一部のてんかん症例ではこれら薬剤だけではコントロールが難しい場合もあり、新たな治療戦略が求められています。今回、自然科学研究機構 生理学研究所の深田正紀教授、深田優子准教授および横井紀彦特任助教の研究グループは、北海道大学医学部の渡辺雅彦教授、オランダErasmus大学のDies Meijer教授、東京大学先端科学技術研究センターの浜窪隆雄教授のグループとの共同研究により、遺伝性てんかんのひとつである常染色体優性外側側頭葉てんかん(Autosomal Dominant Lateral Temporal Lobe Epilepsy:ADLTE)の原因がタンパク質の構造異常に基づくことを見出しました。そして、化学シャペロンという薬剤で異常タンパク質を修復することにより、てんかんが軽減することをマウスモデルで明らかにしました。
Nature Medicine誌(2014年12月9日電子版)に掲載されます。
 

 研究グループは遺伝性側頭葉てんかんの原因遺伝子LGI1の遺伝子変異に注目。現在LGI1は1)その変異が遺伝性側頭葉てんかんADLTEを引き起こすこと、2)LGI1に対する自己抗体が生じると記憶障害やけいれん、見当識障害を主訴とする辺縁系脳炎を引き起こすことから多くの研究者、臨床医の注目を集めています。これまでに、深田らの研究グループは分泌タンパク質LGI1がその受容体であるADAM22を介してシナプス伝達を制御すること、そして、LGI1を欠損させたノックアウトマウスではシナプス伝達異常により、生後2-3週間で致死性てんかんを必発することを報告してきました。
 今回、研究グループはヒトの側頭葉てんかん患者で見られる22種類のLGI1ミスセンス変異を体系的に解析し、それらを分泌型、および分泌不全型の2種類の型に分類しました(図1)。そしてLGI1の変異がどのようにしててんかんを引き起こすのかを明らかにするため、分泌型変異(S473L)あるいは分泌不全型変異(E383A)を有する変異マウス(ヒトてんかんモデルマウス)を作成しました。結果、分泌型変異マウスでは、LGI1は細胞外に分泌されるものの、受容体であるADAM22との結合が特異的に阻害されていることを見出しました。一方、分泌不全型変異マウスでは、LGI1はタンパク質の構造異常のために細胞内で分解されてしまい、脳の中で正常に機能するLGI1が減少することを見出しました(タンパク質構造病)(図2、3)。いずれの場合もLGI1は本来の作用点であるADAM22と結合することができず、このことが本てんかんの分子病態であると考えられます。
 さらに研究グループは、タンパク質の構造を修復しうる低分子化合物(化学シャペロン)が分泌不全型LGI1(E383A変異)の構造異常を改善させ、分泌を促進することを突き止め、LGI1変異マウスのてんかん感受性が改善することを見出しました(図4)。本研究により、タンパク質の構造異常を修復する一連の薬剤がてんかんの治療に有効である可能性が示唆され、全く新しいてんかん病態と治療戦略が提唱できたと言えます。

 深田正紀教授は「今回の研究で、遺伝性てんかんのひとつがタンパク質の構造異常に起因するものであることが明らかになり、ある種の化学シャペロンがてんかん症状の軽減に有効であることが分かりました。タンパク質の構造異常を改善することに着目した化学シャペロン療法は、これまで嚢胞性線維症(Cystic fibrosis)やライソゾーム病といった遺伝性疾患に対し試みられてきましたが、てんかん治療への応用は、今回が世界で初めての試みです。同様の治療戦略は、LGI1以外の遺伝子異常によるてんかんにも有効である可能性があります。さらに、LGI1とその受容体ADAM22を標的とする新規の抗てんかん薬の開発につながる成果だと言えます。」と話しています。

本研究は、最先端・次世代研究開発プログラム(内閣府) (H22-25)(研究代表者・深田正紀)、及び文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「シナプス・ニューロサーキットパソロジー」(領域代表:岡澤均 東京医科歯科大学難治疾患研究所教授)における研究課題「遺伝性側頭葉てんかんのシナプスおよび神経回路病態の解明」(H23-26)(研究代表者・深田優子)、国立精神・神経医療研究センター精神・神経疾患研究開発費(H24-26)(研究代表者・深田優子)、文部科学省科学研究費補助金研究活動スタート支援 (H25-26)(研究代表者・横井紀彦)の一環として行われました。また、本研究の一部は、新学術領域研究「包括型脳科学研究推進支援ネットワーク」(領域代表:木村實 玉川大学脳科学研究所所長)における「リソース・技術支援」(渡辺雅彦拠点)を受けて実施されました。

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今回の発見

1.LGI1変異によって生じるヒトの遺伝性てんかんが“タンパク質構造病 (コンフォメーション病)”であることを明らかにしました(図1、2、3)。
2.ある種の化学シャペロン薬がLGI1の構造異常を修復することにより、てんかんマウスモデルにおいて治療効果があることを突き止めました(図4)。
3. LGI1リガンドとその受容体ADAM22の結合は安定な脳の興奮状態や脳高次機能を維持するための普遍的、根源的なシステムであることを明らかにしました。

図1 ヒト家族性てんかんに見られるLGI1変異の分類

20141209fukataPress-1.jpgてんかん家系でみられるLGI1変異の多くは分泌不全型(赤色)でしたが、分泌型の変異(青色)も3つ見出しました。

図2 分泌不全型LGI1(右)はシナプスへ輸送されず、細胞体に貯留する

20141209fukataPress-2.jpg野生型(正常な)LGI1タンパク質は脳内でシナプスが存在する分子層に局在しますが(左)、てんかん家系で見られる分泌不全型LGI1は、タンパク質の構造異常が原因で、細胞体に貯留しシナプスに輸送されずに分解されてしまいます。その結果、LGI1¬–ADAM22によるシナプス伝達の制御が破綻し、てんかん病態が惹起されます。

図3 LGI1変異はLGI1のシナプスへの輸送を障害したり、受容体ADAM22との結合活性を低下させる

20141209fukataPress-3.jpg分泌不全型LGI1 (赤色)は小胞体内で異常タンパク質として認識され、速やかに分解されます。一方、分泌型変異LGI1(濃青色)はシナプスで分泌されますが、受容体であるADAM22との結合能が欠損していました。

図4 LGI1-ADAM22結合量があるレベルを下回ると“てんかん病態”が生じる

20141209fukataPress-4.jpgLGI1ノックアウト(KO;–/–)マウスは生後3週間以内に致死性てんかんを必発します。また、LGI1ヘテロマウス(+/–)や今回樹立したLGI1変異マウスでは、正常なLGI1の量が半減し、てんかん感受性が亢進しています。一方、ヒトでは先天性の遺伝子変異だけでなく、後天性(主に中高年者)にLGI1自己抗体が生じ、結果としてLGI1–ADAM22結合量が減少した場合でも“てんかん病態”が惹起されます。すなわち、LGI1–ADAM22結合量がある閾値を下回ると“てんかん病態”が生じることが分かりました。したがって、化学シャペロンを代表とする“LGI1構造・分泌改善薬”や“LGI1–ADAM22結合模倣薬”はLGI1の抗てんかん作用を賦活(活性化)することで、新規の抗てんかん薬となることが期待されます。

この研究の社会的意義

(1) 新たなてんかん治療戦略の提案
化学シャペロンによるてんかんの治療戦略はタンパク質の構造異常に基づくてんかん治療に広く応用可能であることが期待されます。また、今後、LGI1とADAM22の結合を賦活する化合物が開発できれば、従来のイオンチャンネルとは異なる作用点を有する抗てんかん薬となる可能性が高く、大きな波及効果が期待できます。

(2) 新たなてんかんモデルマウスの樹立
本研究で作成したヒトてんかんモデルマウスは、他のてんかん治療薬や治療法の評価等においても高い有用性が期待できます。

論文情報

Chemical corrector treatment ameliorates increased seizure susceptibility in a mouse model of familial epilepsy

Norihiko Yokoi, Yuko Fukata, Daisuke Kase, Taisuke Miyazaki, Martine Jaegle, Toshika Ohkawa, Naoki Takahashi, Hiroko Iwanari, Yasuhiro Mochizuki, Takao Hamakubo, Keiji Imoto, Dies Meijer, Masahiko Watanabe & Masaki Fukata

お問い合わせ先


<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 生体膜研究部門
教授   深田 正紀(フカタ マサキ)E-mail: mfukata@nips.ac.jp
准教授 深田 優子(フカタ ユウコ)E-mail: yfukata@nips.ac.jp
Tel:0564-59-5873 Fax:0564-59-5870

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
TEL: 0564-55-7722、FAX: 0564-55-7721 
email: pub-adm@nips.ac.jp

言葉解説

“てんかん”
脳神経細胞や神経回路の過剰あるいは無秩序な興奮によって反復性のけいれん発作や意識消失等の発作が生じる疾患の総称で、人口の約1%程度に発症する脳疾患。

“てんかん関連分子LGI1”
神経細胞に特異的に発現する分泌タンパク質であり、その変異は遺伝性側頭葉てんかんを引き起こします。LGI1はシナプスで分泌され、受容体であるADAM22と結合し、シナプス伝達(AMPA受容体機能)を精緻に制御します。LGI1を完全に欠失したノックアウトマウスでは、シナプス伝達の異常により全てのマウスが致死性てんかんを必発します。

“シナプス伝達”
神経細胞同士はシナプスという接続部を介して互いに情報伝達を行います。シナプス伝達はこのシナプス間の情報伝達を指します。

“化学シャペロン”
化学シャペロン(ケミカルシャペロン)とはタンパク質高次構造の形成や安定化を促す低分子化合物の総称で4-phenyl butyric acid(4PBA)などがあります。