成果詳細
①発達過程で出現する社会能力の要素過程の神経基盤
(1) 自己顔認知
ヒトは1歳半-2歳頃から鏡に映る自分の顔を自分であると気付き(視覚的自己認知)、3-4歳で自分の姿や行動を評価し、恥ずかしさなどの自己意識情動を経験するようになる(自己評価)。自己顔処理に伴い生起される自己意識情動反応の神経機構についてfMRIを用いて調べた。スキャン中に、被験者は呈示される自分自身および見知らぬ他者の顔写真について、写真写りの良し悪しを評価するよう求められた。その結果「自己への関心」と「自己評価」は右側前頭領域において独立な神経基盤をもつことが明らかになった。他方、ASDでは、自己意識情動が欠如しているとされる。健常な成人と高機能ASDの成人を対象に、上記同様の実験を行ったところ健常群では、自己顔に対する写真写りスコアと恥ずかしさ強度が強い負の相関関係を示したのに対して、ASD群ではその相関関係が小さく、ASD者は自己顔に対する認知的な評価と情動反応との結合が弱いことが示された。健常群に比べるとASD群では後部帯状回での自己関連活動が低下しており、その低下の程度は、個人の自閉症傾向と関係していた。さらに、右側島皮質の課題関連活動がASD群で全般的に低下しており、特に自己顔に対する活動低下は、評価スコアと恥ずかしさスコアとの結合の弱さと関係していた。これらの結果から、自己の内的情報の処理に関わる後部帯状回、および多様な情動経験に関わる右側島皮質の機能障害が、ASD者の自己像への自己意識情動の欠如の一因となっていると考えられた(Morita et al. 2012)。この解釈は、青年期ASDにおいて島の脳灰白質体積の減少していることにより裏付けられた(Kosaka et al. 2010)。さらに、自己意識情動は他者の存在により増強することを利用して、自己顔によって惹起される恥ずかしさ情動を操作し、その情動変化に応じた脳活動を調べたところ、右島皮質の活動が「他人の目」による自己意識情動増強と相関すること(Morita et al. 2013)、この反応はASD群ではみられない(Morita et al.2016)ことから、自己顔認知に伴う自己意識情動の神経基盤として右島が重要であることが判明した。この結果は右島の神経活動がSBMになりうることを示している。
(2) 同種偏好
生後3ヶ月頃から明らかになる生物学的動きの認知は、比較的に初期視覚処理を担う領域で表象されることを、成人を対象としたfMRI実験により明らかにした(Morito et al. 2009)。
(3)相互模倣
相互模倣はヒト乳児にとって中心的なコミュニケーション手段で、発達心理学的には、随伴性(先行事象と後続事象との時間的関係性)知覚の発達と関連している。生後3ヶ月までに、自己行為とその物理的結果の随伴性(agency)を知覚出来るようになり、その後、社会的結果の随伴性(social contingency)を知覚できるようになる。「後者は前者の機能的成熟でありこの移行障碍がASDの一因である」との仮説に基づき、EBAは自己行為とその物理的結果の随伴性検出に関連することが報告されていることを踏まえて、EBAに相互模倣時の「自己の動作と他者の動作の同一性の認識」による活動がみられること、この活動の程度は自閉症傾向と相関することを予想した。実験の結果、自己と他者の動作が同じときに、両側のEBAが活動した。さらに、自閉症傾向の高い被験者では、模倣される際に左EBAの活動が低下した。さらに、ASD群の左EBAは正常群にくらべ同一性効果が小さいことがわかった。これらの結果から、EBAが自己と他者の動作の同一性を表象し、ASDのEBAに機能障碍がある可能性を示唆された(Okamoto 2014)。EBAの機能をより詳細に検討するため agency検出とsocial contingency検出に際してのEBAの活動性を比較した。実験参加者はfMRI撮像中音声指示に従って手指を動かす課題を行ない、その間手指運動の最中に事前に撮影した自己動作または他者動作が視覚フィードバックとして呈示された。視覚フィードバックは動作の内容(一致、不一致)と呈示のタイミング(遅延なし、遅延あり)を制御した。その結果、EBAはいずれの場合でも同一性効果を示したが、左下前頭葉の活動は社会的文脈を反映していた。このことから、mirror neuron systemを形成するこれらの領域は、自他区別において機能的階層を形成しているものと考えられた(Sasaki et al. in preparation)。この結果はEBAの神経活動がSBMになりうることを示している。
(4,6) 嘘と道徳
嘘判断は道徳判断(規範性)の神経基盤と、意図性の神経基盤により表象されており、左側頭頭頂結合はその両者に関係していることが示された(Harada et al. 2009)。
(5) 皮肉
ASD群で障害のある皮肉理解の神経基盤は、心の理論の神経基盤の一部が関与すること、比喩の神経基盤とは異なることが明らかとなった(Uchiyama et al. 2012)。一方皮肉はプロソディ(韻律:口調のこと)により容易に感知する事ができるが、その神経基盤が心の理論のそれとは独立であることを明らかにした(Matsui et al. 2016)。
(7)共感
共感には情動的要素と認知的要素が想定されており、他者視点取得が後者の重要な要素として挙げられる。その神経基盤が後部帯状回と側頭頭頂接合部にあること(Mano et al. 2009)を明らかにした。さらに他者の感情推測における様々な情報統合には、後部帯状回と内側前頭前野の関与することが判明した(Takahashi et al. 2015)。
(8) 向社会行動
向社会行動を含む個人の行動は、物質的報酬だけでなく他者からの評判・称賛といった社会的報酬にも動機づけられる。社会的状況における意思決定では金銭報酬と社会的報酬などの異なる報酬を同じスケールに変換し比較する必要があり、その際の線条体の役割を検討した。被験者にはfMRI装置内において寄付するかしないかの意思決定課題を行わせ、その際にその選択が他者から見られているか否かも操作した。そうすると他者から見られている場合に寄付する場合(高い社会的報酬を期待)と、他者が見ていない場合に寄付せずお金を自分のものにする場合(社会的コストなしで金銭報酬の獲得を期待)に特に高い活動が、両側の腹側線条体で見られた。この結果は線条体において様々な報酬が「脳内の共通の通貨」として処理されていることを示しており、社会的意思決定において線条体が重要な役割を果たしていることが示された(Izuma et al. 2010a)。他方、社会的報酬に特有な活動として、内側前頭前野の活動がみられたことから、他者から見た自分の評価は、内側前頭前野により表象され、さらに線条体により社会報酬として「価値」付けられることが想定された。すなわち、社会的報酬には、線条体を含む報酬系と、心の理論の神経基盤の相互作用が関与していることが明らかとなった(Izuma et al. 2010b)。
社会的報酬の他に、共感が向社会行動の動機付けとして重要である。従来、共感により他者の痛みを自分の痛みとして感じる(情動的共感)ことから、援助によって共感性痛みを除去することが援助行動の動機である、と説明されてきた。一方、他者を助ける行動をとること自体から発生する、或いは予期される満足感(温情効果)も、援助行動の動因として働きうることが指摘されている。共感と温情効果の間の関係を調べるため、男女の被験者2人が他の男女の2人とボールを仮想的にトスし合う課題を課し、異性の一人がトスから排斥される状況を実験的操作により作り出した。共感が親密度によることに着目し、fMRI実験参加者として交際者を選定した。交際相手でも見知らぬ人でも、排斥されている相手へのトスが増える(気遣い行動)とともに、線条体の有意な活動が見られることを確認した。気遣い行動中の線条体の活動は、親密者では感情的共感尺度と、非親密者では認知的共感尺度と相関した。このことから、向社会行動がその行為に伴う肯定的感情(温情効果)により生起すること、温情効果が報酬系の一部である線条体の活動で表象され、その程度は共感と正相関することが明らかとなった(Kawamichi et al. 2012)。一方、トスから排斥される状況により惹起する情動的な"痛み"は前部帯状回の神経活動と相関することが知られているが、この活動は自身の援助行動により減少する(Kawamichi et al. 2016, Soc Neurosci)。つまり、肯定感情をもたらす援助行動による共感性痛みの除去が向社会行動を動機付ける、と結論された。一方トスを受ける側の報酬系は、トスの頻度が増加するにつれて増加することがあきらかとなった(Kawamichi et al. 2016 Sci Rep)。このことから、ボールをやり取りするという行為自体が双方の報酬となる("楽しい")ことにより、社会的相互作用を内発的に動機づけると考えられた。
②複数個体での視線・行動計測法と2個体間fMRI同時計測の開発
向かい合う二者の体動を同時計測するシステムを開発し、多変数自己回帰モデルに依拠した時系列解析手法を適用することにより、アイコンタクトによる他者との"絆"を定量計測する手法を開発した(Okazaki et al. 2015)。さらに、2台のMRIを用いて、2個人間の相互作用中の神経活動を同時に計測するシステムを開発して、共同注意とアイコンタクト時の神経活動を計測した。共同注意とは、2個人がある物体への注意を共有することであり、アイコンタクトから始まる。アイコンタクト(相互注視)は人と人とを繋ぐコミュニケーションにとって非常に重要な役割を示し、また共同注意の発達を促すものと考えられている。通常視線を介した共有で6~12ヶ月ころに出現し、他人の意図を忖度する能力(心の理論)の萌芽であり、言語発達の前駆と目され、さらにその欠如は自閉症の早期兆候とされている。しかしその神経基盤は明らかでなく、特に個体間の相互作用である「共有」の神経基盤を明らかにするためには、2個体の神経活動を同時に記録解析することが必須である。そこで、2台のMRIを用いて、2個人間の相互作用中の神経活動を同時に計測するシステムを開発して、共同注意とアイコンタクト時の神経活動を計測した。課題はベースラインとして相互注視を行い、共同注意課題時に視線の交換等を行うものであった。全ての共同注意課題関連脳活動を、モデルにより取り除いた残差時系列を用いて二者の脳時系列データのボクセル毎の相関を取ったところ、右下前頭回においてペア(同時計測した二者)の方が非ペア(同時計測していない二者)よりも相関の高いことが分かった。このことはこの領域が相互注視している際の意図の共有に関与していることを示すものである(Saito and Tanabe et al. 2010)。自閉症者と健常者のペアでは、右前頭前野の神経活動に同期が消失すること、自閉症者のみならず健常者でも共同注意課題の成績が低下することから、右前頭前野の神経活動同期は、共同注意課題に重要な役割をはたすと考えられた (Tanabe and Kosaka et al. 2012)。さらに共同注意課題の前後にアイコンタクトのみの状態で2個体同時計測を行った所、共同注意課題の遂行により、アイコンタクト中の"脳活動共鳴"はmirror neuron systemとして知られる領域の前方、特に右下前頭葉へ進展し、この右下前頭葉における共鳴は被験者ペア特異的で課題特異的であり、なおかつ共同注意課題により賦活する領域であった。このことから右下前頭葉は自他の注意共有とその記憶形成に関与すると考えられた(Koike et al. 2016)。2台のMRIをもちいた同時脳機能計測によってアイコンタクト中の"脳活動共鳴"を世界で初めて発見したものであり、複数個体間の社会的相互作用の神経基盤を明らかにするための、重要なステップである。これらの所見から、行動計測ならびに神経活動レベルにおける2者間の相互作用の定量が、重要なSBMになりうるものと考えられた。