脳科学研究戦略プロジェクト「行動選択・環境適応を支える種を超えた脳機能原理の抽出と解明(意思決定)」
私たちは日本医療研究開発機構の 脳科学研究戦略プロジェクト「行動選択・環境適応を支える種を超えた脳機能原理の抽出と解明(意思決定)」に参画しています。

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近年、ギャンブル依存、大人の発達障害や一部の精神疾患でみられる社会性障害、DV(ドメスディックバイオレンス)や育児放棄、児童虐待などが社会問題化しています。これらは神経科学的観点からは、いずれも様々な外部環境や自己内部環境に関する情報が相反し合う状況下で適切な行動を選択していく「意思決定」の神経機構の障害と捉え直すことができます。

近年、「意思決定」の神経機構については、主にげっ歯類をモデル動物とし、「報酬の予測」に関わるとされるドーパミン細胞が関連する回路などを対象として、光遺伝学等の最先端の回路操作技術を用いた研究が大きく展開し、意思決定の神経回路基盤を因果論的に証明する多くの画期的な成果が得られるようになりました。一方で、例えばマウスの育児放棄とヒトの育児放棄のどこまでが共通で、どこからが違うのか?といったことは多くの人が知りたいと思うことでもあり、私たちも慎重に研究を進める必要があります。

そこで本プロジェクトでは、霊長類とげっ歯類の意思決定機構の違いは何か?霊長類で特に発達した機能は何か?を明らかにすることを目的として研究に取り組むことにしました。私たちは、霊長類の意思決定の特徴は「主観的・相対的な価値判断」に基づき柔軟に意思決定できることと考えています。そして、ヒト・霊長類におけるこのような意思決定・行動選択のメカニズムについて、その脳内での情報表現と神経回路機構を解明し、それによって依存症、社会性障害、DV/育児放棄/児童虐待などを意思決定の障害として説明しなおし、さらにこれらに対する新しい認知行動療法の提言を可能にする基礎研究によって社会に貢献したいと考えて研究を行ってきました。

この意思決定研究チームでは、図のように社会的な意思決定を磯田(生理研)チームと定藤(生理研)・高橋宗良(玉川大)チームが、報酬による意思決定については伊佐(京大)・神谷(京大)・高橋英彦(東京医科歯科大)チームが、本能的な意思決定には黒田(理研)チームが取り組み、それを南本(量子研)、松崎(東大)、田中(理研)チームが技術開発パートとして支えるという体制で研究を行ってきました。

これまでに代表的な事例として、以下のような成果が挙がってきています。

磯田チーム

  • 自己と他者の報酬情報が脳内で処理・統合され、主観的価値情報が生成されるメカニズムの一端を解明。Noritake et al, Nature Neuroscience (2018), PNAS(2020)

南本チーム

  • 化学遺伝学による神経活動操作をサル脳に適用し、相対的な報酬価値に基づく意思決定の神経回路を特定。Nagai et al. Nature Communications (2016)
  • 化学遺伝学DREADDの新規リガンドを開発・サル脳回路のイメージングと操作を実現。Nagai et al. Nature Communications (2020)

松崎チーム

  • 2光子レーザー顕微鏡を用いて、マウスとマーモセットでの1)種間同一の新規意思決定課題を構築、2)課題実行中での視床軸索活動の可視化を実現、3)視床軸索活動が持つ意思決定情報の解析法を開発するための技術開発。Kondo et al., eLife, (2017), Ebina et al., Nature Comms, (2018), Yoshida et al., Scientific Reports, (2018), Tanaka et al., Neuron, (2018)

定藤チーム

  • 個体同時計測fMRI装置を用いて他者との行為協調を司る神経基盤を同定。Abe et al. Neuroimage (2019)

伊佐チーム

  • 意識されない視覚的手がかりによる強化学習とそれに関わる皮質下回路の同定。Takakuwa et al. eLife (2017)

高橋英彦チーム

  • 認知・行動の柔軟性には、多様なドメインを超えて、共通して背外側前頭前野とtemporoparietal junction (TPJ)が関与していることを証明。Tei et al, Scientific Reports (2017)

プロジェクトは間もなく開始後4年を迎え、この他にも続々と成果が挙がって来ています。私どもの今後様々な機会に成果をお届けしたいと考えています。ご理解・ご支援のほど、宜しくお願い致します。