3.異なる2つのシナプスの間で見られる相互作用


ニューロン(神経細胞)とニューロンの間で情報の伝達を仲介する部位は、シナプス(synapse)と呼ばれ、伝達される情報の性質により興奮性シナプスと抑制性シナプスに大別されます。シナプスでは、情報を送る側のニューロンであるシナプス前細胞(presynaptic cell)と情報を受け取る側のシナプス後細胞(postsynaptic cell)の間で、興奮や抑制が通常一方向に伝達されます。中枢神経では主にグルタミン酸とGABA(γ-アミノ酪酸:g-aminobutyric acid)が伝達物質として働き、シナプス後細胞をそれぞれ興奮もしくは抑制します。しかし最近、シナプス伝達は一方通行に進むだけではなく、逆送したり(retrograde transmission)、脇道にそれたり(heterosynaptic transmission)することも分かってきました。

脇道にそれる例として、私たちは、脳幹の下オリーブ核から小脳プルキンエ細胞(Purkinje cell)へ投射する登上線維(climbing fiber)の興奮性伝達物質(恐らくグルタミン酸)が、籠細胞(basket cell)から同じプルキンエ細胞に入力するGABA作動性のシナプス伝達を抑制すること(抑制性シナプスの抑制。脱抑制disinhibitionとも呼びます)を見出しました(図1)。

図1:登上線維の反復刺激にともなうGABAシナプス抑制。(A)小脳皮質の模式図。プルキンエ細胞からホールセル記録を行う。ガラス電極(S1)で登上線維に条件刺激(conditioning stimulation)を与えた後、別のガラス電極(S2)で籠細胞にテスト刺激(test stimulation)を与えた。(B)登上線維の反復刺激(5ヘルツで1秒間:S1)に伴い、籠細胞-プルキンエ細胞間のGABA作動性伝達(S2)が阻害された(抑制性シナプス後電流の振幅が小さくなった:矢印)。

これまで登上線維と籠細胞の間にシナプス結合は報告されていません。頻回刺激に伴い登上線維から大量に放出された伝達物質は、放出されたシナプスから拡散して(脇道にそれて)近傍の籠細胞-プルキンエ細胞シナプスに作用したと考えています(スピルオーバーspillover仮説)。プルキンエ細胞は小脳皮質で唯一の出力細胞です。また、登上線維-プルキンエ細胞間の興奮性シナプスは極めて強固で、古くから世界中で研究されてきた重要なシナプスです。この重要なシナプスが、プルキンエ細胞を興奮させると同時に脱抑制を起こすことにより、小脳皮質のアウトプットを強化するという巧妙な仕掛けを併せ持つ意義を考えると、(伝達物質が)脇道にそれることを研究することも、(脳の仕組みを知る上で)あながち脇道にそれた研究ではないと思えてきます。

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