5.神経活動におけるCa2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼIIの役割


  ホルモンや神経伝達物質をはじめとする種々のシグナル分子は、細胞表面の受容体に結合し、細胞内のセカンドメッセンジャーを活性化することによって、細胞に様々な反応を引き起こします。中でも細胞内のカルシウムイオン(Ca2+)は、神経細胞における主要なセカンドメッセンジャーとして、いくつもの重要な機能を担っています。

  そのうち特に重要な経路のひとつが、Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII(CaMKII)の活性化です。CaMKIIは神経細胞に豊富に存在し、神経伝達物質合成酵素やシナプス小胞結合蛋白、イオンチャネル、神経伝達物質受容体などをリン酸化することによって、それら蛋白機能を調節し、記憶・学習をはじめとする神経機能の変化を担うと考えられています。

図1:CaMKIIの通常の活性化の経路とけいれん時の過剰リン酸化・不活性化・沈降型CaMKII形成の経路を模式的に示します。
  上の方に示すように、通常の状態では、細胞内のCa2+/カルモジュリン(Ca2+/CaM)、CaMKII活性、脱リン酸化酵素であるフォスファターゼ(phosphatases)活性のバランスによって、CaMKIIの活性状態は平衡状態に保たれています。
  ところが、けいれんによって急激に細胞内のCa2+/カルモジュリンが上昇すると、下の方に示すように、過剰な自己リン酸化が起こり、CaMKIIの多量体分子同士が結合することによって巨大な集合物を形成し、その結果、Ca2+/カルモジュリンをトラップするものの、基質蛋白をリン酸化できない不活性型のCaMKIIが形成されると考えられます。この経路も可逆的で、けいれんから回復すると元の平衡状態に復帰します。


  図の上の方に模式的に示すように、CaMKIIは、複数の相同なサブユニットから構成された多量体として存在します。細胞内Ca2+の上昇によって活性化したカルモジュリン(Ca2+/カルモジュリン)が結合すると、その立体構造に変化が生じて、活性部位が露出し、ATP存在下で隣接するサブユニットのリン酸化(自己リン酸化)と基質蛋白のリン酸化を起こします。自己リン酸化を起こしたCaMKIIはCa2+/カルモジュリンをトラップし、活性化状態が一定期間持続することが知られています。しかしながら、実際の生体内におけるCaMKIIの活性制御については、不明な点が多く、動物個体レベルでの研究もごくわずかでした。

  そこで、私たちは、生体における神経活動活性化のモデルとしてラットを用いたけいれん活動を取り上げ、CaMKIIの活性状態を検討してきました。その結果、持続性のけいれん時には、自己リン酸化が増大するものの、活性化が起こらず、むしろ活性が低下し、かつ遠心操作で沈降するような形のCaMKIIが増大することを見い出しました。一方、けいれんから回復後には、このようなCaMKIIはもはや認められませんでした。

  また、急性のごく短時間のけいれんでも、同様の現象が観察され、けいれん終了後数分以内にはまったく元通りに戻っていたことから、この現象は、より生理的な条件下で起こりうる可逆的な反応で、CaMKIIの新たな活性制御機構を示しているのではないかと考えています。  

  図の下の方に模式的に示すように、神経細胞内に大量のCa2+が流入した場合には、通常の活性化の経路とは異なり、大量のCa2+/カルモジュリンが一斉にCaMKIIに結合する結果、自己リン酸化は起こるものの、相対的にATPが不足し、基質蛋白のリン酸化が進まず、代わりに多量体構造をとるCaMKII分子同士が結合することによって、沈降可能な巨大集合体が形成されるものと考えられます。

  このような状態では、構造的な制約から基質蛋白のリン酸化が進まないものの、大量に形成されたCa2+/カルモジュリンをトラップすることができ、CaMKIIの過剰活性化による基質蛋白の過剰リン酸化を防ぐと共に、他のカルモジュリン結合蛋白の活性化を防止することが可能となり、神経細胞の保護に役立っているのではないかと考えています。  

  現在さらにこのようなCaMKII集合体の形成メカニズムを詳しく調べると共に、CaMKII活性に機能的変化を起こさせるような変異を遺伝子に導入したマウスの作製を行っています。このようなマウスを解析することにより、CaMKIIの生体内における役割についてさらに理解を深めたいと考えています。

もとに戻る