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2005年度 プレス発表

第四領域「分子脳科学」


     
氏  名
所  属
雑 誌 名
研究タイトル
掲載新聞
中島 欽一
奈良先端科学技術大学院大学 Proc Natl Acad Sci U S A.
December 20, 2005 vol.102 no.51 18644-18648
ヒト胚性幹細胞由来機能的ニューロンのマウス脳における発生

読売新聞(2005/12/13夕刊1面)
日経産業新聞(2005/12/20朝刊10面)
読売新聞(2005/12/21関西版朝刊30面)

ヒト胚性幹細胞(hES細胞)は理論的には全ての体細胞に分化できる全能性を持つと考えられている。しかしその全能性を生体内で示した報告はこれまでになされていなかった。今回の研究で我々はマウス胎仔脳に移植されたhES細胞が機能的な神経系細胞に分化し、成熟した活動性ニューロンとしてマウス脳内に組み込まれることを明らかにした。このことは進化の過程で神経系発生に共通のシグナルが保存されていることを示している点でも意義深い。このような移植モデルにより生体環境下でのヒト神経発生研究が可能となり、ヒト神経変性疾患や精神病における新しいモデル作成の道が開かれたと考える。さらにこのようなモデルを利用することで新規治療薬開発におけるスクリーニング過程のスピードアップも図れるものと推察される。

星野幹雄 京都大学 大学院医学研究科 Neuron.47(2):201-13(2005) *小脳なくても生存可能=遺伝子変異マウスで発見−京大助手ら
*小脳持たないマウス 健康体並みに長生き
*星野氏ら創生、解析 各種神経細胞の発生機構解明へ

時事通信(2005年7月21日)

日本経済新聞(2005年7月25日23面)
科学新聞(2005年7月29日4面)

 我々は、成体において小脳の無い(小脳皮質が全て失われた)突然変異体マウスを創生し、その解析から小脳を構成する興奮性および抑制性神経細胞のうち、抑制性神経細胞の誕生を司る遺伝子を発見した。このマウスはよろめく、頻繁に転倒するなど小脳失調性症状を示す。
小脳は数種類の興奮性神経細胞と抑制性神経細胞とから構成されているが、それぞれが誕生するしくみについてはほとんど解っていなかった。今回の発見は、小脳皮質を完全に失いながらも生存し、寿命を全うする世界で初めての突然変異体マウス・セレベレス (cerebelless)を得たことから始まった。この突然変異の原因遺伝子として、すい臓の発生で重要な働きをしていることが知られているPtf1aを同定した。そして、小脳の全ての抑制性神経細胞(GABA作動性神経細胞)がPtf1a遺伝子を発現する小脳脳室帯の神経上皮細胞から生み出されること、さらにその過程でPtf1a遺伝子が中心的な役割を果たしていることが明らかにされた。本研究は、小脳における抑制性神経細胞の誕生のしくみを初めて明らかにしたものであるが、この遺伝子の異常によって糖尿病と運動失調をきたす病気も最近報告されていることから、今回の成果がヒトの病気の理解にもつながると期待される。また、小脳の大部分を占める皮質が完全に無くなっても生存は可能であること、すなわち、小脳そのものは生存には必要とされないということが、具体的に示されたことも重要な発見である。

見学美根子 理研脳センター
Nature Neuroscience 2005 Jul;8(7):873-80 グリアの形態分化を促すニューロン特異的なタンパク質DNER 化学工業日報(2005/6/20.6面)
日刊工業新聞(2005/6/20.21面)
日経産業新聞(2005/6/27.7面)
薬事日報(2005/7/1朝刊2面)
これまでの研究で、脳の発生過程においてニューロンとグリアは同じ神経幹細胞から誕生して互いの分化を制御し合い、その過程でNotchシグナルの機能 が必須であることが知られていた。理研脳科学総合研究センター(甘利俊一センター長)神経細胞極性研究チームの見学美根子チームリーダー、永樂元次研究 員ら研究は、一回膜貫通型タンパク質DNERが小脳の出力ニューロンであるプルキンエ細胞に強く発現し、小脳神経回路の維持と活動に不可欠なバーグマン グリアのNotchシグナルを活性化して、その形態分化を促進することを見出した。さらにDNERの発現を抑えたマウスでは、バーグマングリアの形成不 全により小脳神経回路の発達が著しく遅れることを明らかにした。これらの結果から、ほ乳動物のニューロンに発現するDNERが、神経回路形成に必要な周 囲のグリアの分化を制御するシグナル分子であることが証明された。
DNERは、脊椎動物の脳神経系ニューロンで特異的に発現しており、脊椎動物の複雑な脳神経回路の発達に貢献してきた可能性がある。DNER機能の発見 は、神経回路を構成する多様な細胞を成熟させる新技術の開発、再生医療への応用につながると期待される。
本研究成果は、米国の科学雑誌『Nature Neuroscience』のオンライン版(6月26日付け:日本時間6月27日)に掲載された。

大隅 典子 東北大学大学院医学研究科創生応用医学研究センター
The Journal of Neuroscience October 19, 2005, 25(42):9752-9761 大脳皮質の発生過程でPax6下流因子Fabp7は神経上皮細胞の維持に関わる 日経産業新聞(2005/11/9.12面)
日刊工業(2005/10/20.28面)
科学新聞(2005/11/4.7面)
化学工業日報(2005/10/24.10面)
脳の発生に重要な親分遺伝子Pax6の機能解明〜Pax6が制御している脂肪酸結合タンパクは神経幹細胞の維持に重要〜
大隅らは、脳の発生に重要な転写調節因子Pax6が制御する脂肪酸結合タンパクFabp7の機能を明らかにした。Pax6は脳の発生のさまざまな局面で重要な働きをすることが広く知られた転写因子であるが、どのような遺伝子のスイッチを制御するのかについては明らかになっていなかった。今回、マイクロアレイ解析により、発生途中の野生型ラットと、Pax6の機能が失われたPax6変異ラットの胎仔脳で、スイッチがオンになっている遺伝子群を比較した。その結果、転写調節因子Pax6がFabp7という脂肪酸結合タンパク遺伝子のスイッチを制御していることが明らかになった。さらに、RNA干渉法により培養ラット胎仔脳のFabp7の機能を阻害すると、未分化な神経幹細胞の増殖が著しく低下し、未成熟な神経細胞が多数産生された。これまで、Fabp7はDHAなどの不飽和脂肪酸に結合することや、未分化な神経幹細胞に局在することは分かっていたが、その機能は不明であった。本研究により、Fabp7が神経幹細胞を維持するのに重要であることが示唆された。本研究成果は、脳の発生発達における遺伝的プログラムと栄養という環境因子の相互作用の解明につながることが期待される。

岡村 康司
自然科学研究機構岡崎統合バイオサイエンスセンター
Nature 435:1239-1243(2005) 膜電位を感じて活性を変化させる酵素の発見 読売新聞(2005/5/19朝刊32面)
中日新聞(2005/5/19朝刊29面)
日刊工業新聞(2005/5/19朝刊30面)
J Cell Biol.(170,165(2005))
電位依存性チャネルは膜電位変化を感知する電位センサーとイオン透過部位から成り,神経,筋,内分泌など広い生理現象に重要な役割を担う.一方膜電位に関わる生物現象は多様でありすべてイオンチャネルを介するのかは明確でなかった.我々はこれまで電位依存性チャネルにしか存在しないと考えられてきたS1-S4から成る電位センサードメインをもち,その一方細胞内側にホスファターゼドメインを持つ新規分子(VSP=Voltage-Sensor Containing Phosphatase)を見出した.VSPは電位依存性チャネルと同様に膜電位を感知し,細胞膜の構成成分でシグナル伝達分子であるイノシトールリン脂質を基質とする脱リン酸化活性を調節することがわかった.この結果は電位センサードメインが独立した機能単位であることを示すとともに,膜電位情報をイオンの移動を伴わずに細胞内化学情報へ転換する分子経路として初めてである.VSPはヒトに到るまでの脊椎動物に共通に見られ,電位依存性チャネルのメカニクスの解明や分子ツールの創成だけでなく発生過程などでの膜電位の新たな意味が見出されることが期待される.

久恒 辰博
東京大学大学院新領域創成科学研究科
Neuron 2005 Vol 47, Issue 6, Pages 803-815 学ぶほど脳細胞が増える仕組みがわかった 朝日新聞(2005/9/15朝刊38面)
読売新聞(2005/9/15朝刊2面)
産経新聞(2005/9/15朝刊1面)
毎日新聞(2005/9/15朝刊3面)
科学新聞(2005/9/23.4面)
よく学ぶことが、学習能力を高めることを私たちは経験的に知っているが、このほどマウスを使った実験からその仕組みの一端が突き止められた。私たちは、学習すると特徴的に現れる脳回路活動(シータ波)が、記憶形成を担う海馬の神経細胞の新生を促していることを発見した。最近の研究から、成人脳の海馬で神経細胞が新たに生み出され、記憶形成に働いていることが分かってきた。学習時に海馬の活動が高まり、神経細胞が増加することも報告されるが、ただその仕組みはこれまで知られていなかった。私たちは、マウスの脳スライスに電極を通じてシータ波刺激する実験系を組み立て、シータ波刺激によって海馬にあるGABA性神経細胞が興奮し、続いてシナプスを経由して神経前駆細胞が興奮し、カルシウム流入反応が起きることを発見した。このカルシウム流入反応は神経前駆細胞の分化に関与するニューロDと呼ばれる転写因子の発現量を増加させ、新たな神経細胞を生み出した。最終的にはこの刺激により脳細胞が増えることがわかった。

粂 和彦
熊本大学発生医学研究センター
Journal of Neuroscience 25: 7377-7384, 2005 ショウジョウバエの不眠遺伝子の発見 朝日新聞(2005/9/9)
朝日新聞(2005/9/16夕刊)
東京新聞・中日新聞(2005/12/20夕刊)
ショウジョウバエにも、じっと長い時間動かない状態があり、これが睡眠と考えられている。この睡眠時間が極端に減少した変異株を見つけ、その原因がドパミントランスポーター遺伝子の異常であることを発見した。この遺伝子は、人間にも存在し、覚醒物質のコカインやアンフェタミンは、このトランスポーターを抑えることで、目を覚まさせる。つまり、昆虫と人間という、種として離れた動物の間で、覚醒制御に同じ物質と同じ遺伝子が使われていることを、初めて示した。以前から、魚や、虫にも、「睡眠に似た行動」があることは知られていたが、その制御が遺伝子レベルでも似ていることが示されたため、睡眠覚醒制御の原型は、昆虫から哺乳類まで、進化的に保存されていることがわかった。この成果は、熊本大学と米国のタフツ大学、バージニア大学の共同研究として、2005年8月10日発刊の、米国神経科学会誌に発表した。

柚崎 通介
慶應義塾大学医学部生理学
Nature Neuroscience 2005 Nov;8(11):1534-41. 新しい順行性のシナプス形成・可塑性修飾因子Cbln1の発見
日本経済新聞(2005年10月19日夕刊)
発達段階においてさまざまな接着分子群やガイダンス分子により特定のシナプスが形成される。また神経活動に応じてシナプス後部から逆行性に分泌される神経栄養因子群により、シナプスの刈り込みが起きる。本研究では、小脳顆粒細胞から分泌されることにより、顆粒細胞―プルキンエ細胞シナプスを制御する、全く新しい順行性因子Cbln1を発見した。Cbln1欠損マウスでは、シナプス数が激減し、著明な小脳失調症状を示す。さらに残存シナプスにおいても小脳における運動学習の基礎過程と考えられている長期抑圧(LTD)が障害される。非常に興味深いことに、これらのCbln1欠損マウスの表現型は、デルタ2型グルタミン酸受容体の表現型と酷似する。すなわち、シナプス前部から分泌されるCbln1と、シナプス後部に局在するデルタ2受容体は、形態的なシナプス形成のみでなく、機能的なシナプス可塑性誘導も制御する新しいシナプス修飾シグナルを構成していると考えられる。

柚崎 通介
慶應義塾大学医学部生理学
Proc Natl Acad Sci U S A 2005 Dec 6;102(49):17846-51 新しいグルタミン酸受容体の移行メカニズムー忘却過程解明の手がかり 日刊工業新聞(2005年11月22日)
興奮性神経伝達はAMPA型グルタミン酸受容体によって担われている。海馬における記憶のモデルである長期増強現象(LTP)は、神経活動に伴ってシナプス後膜表面におけるAMPA受容体GluR1の数が増加することによって成立するとこれまでは考えられてきた。一方、運動に関連した記憶は小脳における平行線維―プルキンエ細胞間のシナプスにおける、長期抑圧現象(LTD)により担われていると考えられている。最近、小脳においてもシナプス後膜においてLTPが発現することがわかり、脱学習や忘却との関連で注目されている。本研究では、小脳におけるLTPは、細胞内Ca上昇と一酸化窒素に依存して、細胞内から細胞外に新たにAMPA受容体GluR2が移行することによって成立することを発見した。海馬におけるLTPとは全く異なり、カルモデュリンキナーゼやGluR1サブユニットに依存しない新しいLTP成立機構であり、注目されている。

岡村 均
神戸大学医学系研究科
Cell Metabolism Vol 2,297-307, 2005 は副腎を活性化する:遺伝子発現と糖質コルチコイド放出のタイミング 読売新聞(2005/11/9夕刊14面)
毎日新聞(2005/11/9朝刊2面)
共同通信:神戸新聞(2005/11/9朝刊21面)
ロイター(2005/11/19)
EukAlert(2005/11/8)
光は最も強い日内リズムの同調因子である。高照度光療法は体内リズム起因性睡眠障害者の代謝やホルモンの状態を改善することが知られているが、そのメカニズムはほとんど解明されていない。今回我々は、光がリズムセンターである視床下部の視交叉上核から、中枢および末梢の交感神経系を介して、副腎の遺伝子を発現させることを発見した。さらに、この遺伝子発現は血漿と脳内のコルチコステロンレベルを上昇させることが分かった。この上昇には、旧来から良く知られたHPA軸(視床下部―腺性下垂体―副腎系)を介さないことが注目される。視交叉上核を破壊すると、この光誘導性の副腎の遺伝子発現はもはや見られないことは、脳内のリズムセンターである視交叉上核が深くかかわっていることを示唆している。光によるコルチコステロンの誘導量は光の強さに比例する。この時間依存的な光による糖質コルチコイドの誘導は、細胞の代謝を新しい光がついた環境の適応を促進させる。

山下 俊英
千葉大学大学院医学研究院
  中枢神経再生研究に与えられる米アメリテック賞に山下、He教授の受賞が決定 アメリテック賞press release(2005/10/3)
日経産業新聞(2005/10/6)
脊髄損傷などによる神経障害の治療につながる研究を表彰するアメリテック賞の受賞者に千葉大学の山下俊英教授とハーバード大学のZhigang He教授が決まった。授賞式は11月にワシントンで開催された。過去の受賞者はMark Tessier-Lavigne, Corey Goodman, Mu-Ming Poo, Thomas Jessel, Fred Gage, Yves Bardeら。
同賞は「複数のミエリンに存在する蛋白がp75受容体群を介して働き、中枢神経の再生を阻害していることを突き止めた一連の研究成果」を評価した。一連の発見は、p75受容体がRhoの活性を制御することを突き止めた山下の研究から生まれた。さらに山下は、p75受容体が糖蛋白MAGのシグナルを運ぶことを見いだし、その細胞内シグナルを解明した。HeはNogo、OMgpがp75/NgR複合体を介してシグナルを運ぶことを証明し、山下の発見を一般化した。

福永 浩司
東北大学大学院薬学研究科薬理学分野
  神経可塑性をターゲットにした創薬科学研究 薬事日(2005/8/8)
認知症などの神経変性疾患と、ADHD、アルコール依存症、違法薬物依存症などの精神疾患には有効な治療薬がなく、新しい創薬戦略が必要である。精神疾患は主にアミン系神経回路の異常によって引き起こされる。時間はかかるものの緩解することから脳の可塑的な変化が病態に関わっている。私達が見出した CaM キナーゼ II (CaMKII) は記憶分子であり、スパインの形態変化、 AMPA 受容体のシナプスへの集積、CREB 蛋白質の活性化と BDNF の発現によりシナプス強化に関与している。私達は種々の違法薬物依存症モデル動物の前頭前野、海馬、扁桃体で CaMKII が活性化されること、逆に認知障害モデルではCaMKII が顕著に低下することを見出した。 CaMKII の活性を脳の特定の部位で制御できれば神経可塑性分子をターゲットにした創薬も可能である。実際に、 NMDA 受容体のグリシン結合部位のアゴニストが CaMKII と CREB リン酸化反応を上昇させで認知機能を改善することを確認した。