生理学研究所年報 第30巻
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統合生理研究系

感覚運動調節研究部門

【概要】

 2008年度はNIHに留学していた木田哲夫君が帰国して再び仲間に加わった。逆に,総研大学生の坂本貴和子さんが総研大を卒業し,学振PDとして日本大学医学部に移った。また,博士研究員の望月秀紀君がドイツのハイデルベルグ大学に,平井真洋君がカナダのクイーン大学に留学した。このように人事はかなり変動しているが,常に20名近くの研究者が共に研究にいそしんでいる。

 医学(神経内科,精神科,小児科など),歯学,工学,心理学,言語学,スポーツ科学など多様な分野の研究者が,体性感覚,痛覚,視覚,聴覚,高次脳機能(言語等)など広範囲の領域を研究しているのが本研究室の特長であり,各研究者が自分の一番やりたいテーマを研究している。こういう場合,ややもすると研究室内がバラバラになってしまう可能性もあるが,皆互いに協力し合い情報を提供しあっており,教室の研究は各々順調に行われている。脳波と脳磁図を用いた研究が本研究室のメインテーマだが,最近はそれに加えて機能的磁気共鳴画像 (fMRI),近赤外線分光法 (NIRS),経頭蓋磁気刺激 (TMS)を用いた研究も行い成果をあげている。

 共同研究も順調に進んでいる。国際的にはドイツ,ミュンスター大学のPantev教授の研究室,トロントのRotman InstituteのRoss教授の研究室,NIHのHallett教授の研究室,イタリア,キエッティ大学のRomani教授のグループと,国内では生体磁気共同研究が6件行われており,また中央大学とは乳児のNIRS記録により興味ある結果を得つつある。

 2008年度から5年間の予定で,文部科学省新学術領域研究に,私が領域代表者として「学際的研究による顔認知メカニズムの解明」がスタートした。責任を痛感している。他に文部省科研費,厚生労働省,環境省などからの研究費を含めて,多くの競争的外部資金を得ている。研究員一同,より一層の努力を続けて質の高い研究を目指していきたいと思っている。

 

4種の感覚モダリティにおけるユニモダル過程からマルチモダル過程への
活動の移行に関する電気生理学的研究

田中絵実,乾 幸二,木田哲夫,柿木隆介

 聴覚(1000Hz純音),体性感覚(示指への電気刺激),視覚(単純な幾何図形),痛覚(手背表皮内電気刺激)の感覚入力による脳波誘発反応の長潜時成分の特性について明らかにするために,誘発脳波記録および信号源推定を行い,その時間動態を調べた。その結果,どの感覚モダリティにおいても,帯状回前部と海馬に信号源が推定された。帯状回前部の活動は,主要なモダリティ固有の活動から30-56ms遅れて最初のピークを示し,それからさらに117-145ms遅れて二つ目のピークを示した。海馬の活動は,帯状回前部の第2成分のピークから43-77ms遅れてピークを示した。これらの結果から,感覚固有の過程からマルチモダルな過程への処理過程の時間動態が,聴覚,体性感覚,視覚,痛覚という4種の感覚モダリティ間で類似していることが明らかになった。(BMC Neuroscience 2008, 9 : 116)

 

ヒトの体性感覚OFF反応

山代幸哉,乾 幸二,大鶴直史,木田哲夫,赤塚康介,柿木隆介

 ヒトや動物は生存のために,身の周りに起こる変化を瞬時に検出する皮質ネットワークを備えていると推察される。変化検出の皮質ネットワークが存在するならば,文字通りの刺激の変化のみならず,刺激の呈示(ON)や刺激の消失(OFF)に対しても脳活動が記録されるはずである。本研究では,変化検出に関わる脳活動を記録するために数秒間持続するトレイン電気刺激のONとOFFを用いて実験を行った。結果,ON・OFF刺激に共通して刺激後100-150ms付近に陽性と陰性の脳活動(P100・N140) が記録された。脳が変化を検出するためには比較のための前事象が必要不可欠であり,ON反応の場合は無刺激状態,OFF反応の場合はトレイン刺激が前事象となりP100・N140が誘発されたと考えられる。よって,これらの活動は短期記憶によって保持された変化前の事象と最新の事象との比較により誘発される変化検出反応であると示唆された。(Neuroimage. 2009, 44 : 1363-8)

 

体性感覚刺激Go/No-go課題における異なる運動遂行過程:
事象関連型fMRIによる検討

中田大貴(名古屋大学医学部保健学科)
Ferretti A,Perrucci MG,Del Gratta C,Romani GL
(キエーティ・ダヌンチオ大学生体応用工学部)
坂本貴和子,柿木隆介

 本研究では,体性感覚刺激Go/No-go課題において,Go刺激の際に異なる運動出力(ボタン押し,もしくは計数)を行なった際の運動遂行過程について,事象関連型fMRIを用いて検討した。Go刺激(左手正中神経)ならびにNo-go刺激(左手尺骨神経)は50%:50%で,呈示された。ボタン押し課題と計数課題の共通の活動部位として,背外側前頭前野(DLPFC),腹外側前頭前野(VLPFC),補足運動野(SMA),後頭頂葉(PPC),下頭頂小葉(IPL),島皮質 (Insula),上側頭回 (STG) に活動が見られた。ボタン押し課題と計数課題の脳活動に関する直接比較では,一次体性感覚野-運動野 (SMI),補足運動野,前帯状回 (ACC) が,ボタン押し課題において計数課題よりも優位な活動を示した。また,腹外側前頭前野は,計数課題の方がより優位な活動を示した。我々の結果は,運動遂行機能には2つの神経ネットーワークが存在し,反応遂行方法(ボタン押しなのか,計数なのか)に共通する部位と,共通しない部位があることを示唆した。(Brain Research Bulletin, 2008, 77, 197-205)

 

大腿部を刺激した際の痛覚関連誘発脳磁場

中田大貴,宝珠山稔(名古屋大学医学部保健学科),
田村洋平(東京慈恵会医科大学神経内科)
齋藤洋一(大阪大学医学部脳神経外科),
山本隆充(日本大学医学部応用システム神経科学)
片山容一(日本大学医学部脳神経外科学講座)
坂本貴和子,赤塚康介,平井真洋,乾 幸二,柿木隆介

 一次体性感覚野と後頭頂葉は,痛覚刺激によって活動することが報告されている。しかし,脳磁図を用いた神経生理学的研究では,手を刺激した際に,一次体性感覚野と後頭頂葉の活動を分離することは非常に困難である。その理由として,脳内における手の一次体性感覚野と後頭頂葉の位置が,非常に隣接しているためであると考えられる。そこで我々は,これらの活動部位を分離するため,痛覚刺激を大腿部に与えた際の脳磁場を測定した。その結果,刺激対側の一次体性感覚野,二次体性感覚野,刺激同側の二次体性感覚野,刺激対側の後頭頂葉の活動が記録され,痛覚刺激後それぞれ152,170,181,183ミリ秒で活動することがわかった。後頭頂葉の活動部位は,下頭頂小葉であり,ブロードマン40野に相当した。本研究は,痛覚処理過程に関する活動部位の時間経過を明らかにした。(NeuroImage, 2009, 42, 858-868)

 

体性感覚刺激Go/No-go課題における反応抑制過程:事象関連型fMRIによる検討

中田大貴(名古屋大学医学部保健学科)
Ferretti A,Perrucci MG,Del Gratta C, Romani GL
(キエーティ・ダヌンチオ大学生体応用工学部)
坂本貴和子,柿木隆介

 不適切な行動を抑制することは,ヒトにおいて不可欠な能力であるが,この抑制過程に関わる脳部位については,まだ詳細に明らかにされていない。本研究では,事象関連型functional MRIを用い,体性感覚刺激Go/No-go課題におけるNo-go試行時の脳活動部位について検討した。課題は,Go刺激が呈示された際にボタン押しを行なう (1)動作課題,Go刺激の数を数える(2)計数課題を行なった。その結果,2つの課題において,背外側前頭前野(DLPFC),腹外側前頭前野(VLPFC),前補足運動野(pre-SMA),前帯状回(ACC),下頭頂小葉(IPL),島皮質(Insula),temporoparietal junction (TPJ) といった部位が共通して活動することがわかった。これらの部位は視覚刺激Go/No-go課題を遂行中した際の脳活動部位とほとんど一致することから,抑制過程は刺激のモダリティーには依存せず,共通の神経ネットワークがあると考えられる。(NeuroImage 2008, 39, 1858-1866)

 

機能的MRIを用いた二点識別感覚の研究

赤塚康介,野口泰基,原田宗子,定藤規弘,柿木隆介

 ヒトの体性感覚を研究していく上で有用な方法として二点識別閾測定法がある。これまでの先行研究より,二点識別閾に関しては末梢の受容器はもちろんであるが,大脳皮質や高次の認知機能も関係しているということが分かってきている。しかしながら,その二点識別に関する詳しいメカニズムはいまだにはっきりとは分かっていない。そこで,本研究では二点識別時に特有に活動する皮質内の神経基盤を明らかにすることを目的として機能的核磁気共鳴画像法(fMRI)を用いた実験を行った。その結果,二点識別課題時に左のIPLが有意に活動していた。今回の実験では,二点識別課題と強度識別課題において同じ電気刺激,同じ応答反応を用いており,二点識別課題時にIPLが有意に活動していたことは,ヒトが与えられた刺激を一点か二点かを識別するときにはIPLが重要な役割を担っていることを示唆するものである。(Neuroimage. 2008, 40 : 852-8)

 

バイオロジカルモーションにおける局所,大局運動情報処理の異なる皮質処理

平井真洋,柿木隆介

 光点運動からヒトの運動を知覚可能なバイオロジカルモーション(Biological motion,以下BM)知覚処理には,各光点運動からヒトの形を統合する(shape-from-motion) のほかに局所的な運動(local motion)処理も関与することが指摘されているが,それぞれの処理が神経活動とどのように対応付けられるかについては不明であった。本研究ではAdaptationパラダイムを導入することにより,二つのERP成分がそれぞれ局所運動,大局運動処理に関与する可能性を示した。(Journal of Vision, 2008, 8 : 2.1-17.)

 

Point-light walker知覚に関連した神経応答

平井真洋,金桶吉起,中田大貴,柿木隆介

 光点運動のみからヒト歩行運動を知覚可能な刺激(point-light walker; PLW)は,わずかな呈示時間でも知覚可能であるにもかかわらず,その神経活動の時間動態については不明な点が多い。本研究では各光点の初期位置をランダマイズした刺激からPLW刺激へと切り替わる刺激を用い,PLW知覚処理に関連した神経応答を時間分解能に優れた脳磁計(MEG)を用いて調べた。結果,ランダマイズした光点運動からヒト歩行運動に切り替わってから約300-400ms後に単峰性の応答が見られ,その信号源は後部上側頭溝付近に推定された。これはPLW知覚処理のうちshape-from-motionにかかわる応答である可能性が示唆された。(Clinical Neurophysiology, 2008 : 119 : 2775 - 2784)

 

感情情報を含むオブジェクト・風景刺激による顔表情処理の変調

平井真洋,渡辺昌子,本多結城子,三木研作,柿木隆介

 感情情報は顔表情だけでなく非顔刺激にも含まれているが,非顔刺激における感情情報が顔表情知覚処理を「いつ」「どのように」変調するかについては十分に明らかにされていない。本研究では,あらかじめ心理評定において選別したオブジェクト・風景画(中立・恐怖)を提示後すぐに顔刺激(中立・恐怖)を提示し,顔刺激によって誘発される事象関連電位の成分が直前のオブジェクト・風景画によってどのように変調されるかを調べた。結果,顔刺激提示後260ミリ秒後付近において計測された陽性成分(P2)が直前に提示されたオブジェクト・風景画によって変化した。この結果は,提示刺激のカテゴリが異なっていても,感情情報を含む刺激が直後の顔表情処理に影響を与えることを示唆する。(Brain Research Bulletin, 2008, 77 : 264-273)

 

視覚的プライミング課題における視覚誘発成分の
時間的特性と反応時間の関係

橋本章子,乾 幸二,渡辺昌子,柿木隆介

 注意の影響を被らない視覚情報処理の特性を検討するために,プライミング課題を使ってMEG計測を行った。prime刺激とtarget刺激の時間間隔(SOA)を変化させ,注意機能を反映する行動指標としてtargetの反応時間を計測した。その結果,反応時間は,SOAの長さに関係なく,primeの提示によって短くなった。これは,primeが警告信号として機能したためと推察される。同じ実験設定で,注意を中心点に集めてtargetには注意を向けない状況下で,視覚誘発成分(VEF)を記録した。その結果,VEFの頂点潜時に現れるプライミング効果はSOAの長さによって異なった。プライミング効果の違いを招くSOAの長さを決定する要因は,prime提示後180ms周辺のVEF (1M)であると推察された。すなわち,1Mより前にtargetを提示すると,targetを単独で提示した場合に比較して,targetのVEF (2M) の頂点潜時は短くなるが,1Mより後に提示すると頂点潜時は長くなった。これらの結果から,視覚野のプライミング効果と,行動面に現れる注意機能を反映するプライミング効果は乖離することが示唆され,とりわけ1Mが後続刺激の処理に大きな影響を与えることが推察された。(Neuroscience Research, 2008, 60 : 244-9)

 

知識による錯視の修正効果

野口泰基,柿木隆介

 ある物体が左から右に動いている最中,その直下に一瞬フラッシュを光らせると,物体はフラッシュよりも運動方向(右)へずれているように見える。つまり実際は両者が垂直方向に並んでいるにも関わらず,ずれた像が知覚される。これをフラッシュ・ラグ錯視(FLI)という。本研究では運動物体とフラッシュを漢字のパーツに変えることによって,FLIが弱まることを見出した。例えば運動物体の形を「雷」という字の上半分(雨)とし,フラッシュの形を同じ字の下半分(田)とすると,FLIが消去される。これはFLIによる両者の位置ずれが,脳に記憶されている「雷」という形(上下がずれていない)と干渉したために起こったと考えられる。つまり頭のなかの「知識」に沿って,錯視像が再構成(修正)されたということになり,イメージ形成における錯視と知識の相互作用を端的に示した。(Journal of Cognitive Neuroscience, 2008, 20 : 513-525)

 

脳波における側頭部徐波の信号源推定―双極子追跡法を用いて

元村英史(三重大学医学部附属病院精神科神経科)
乾 幸二,柿木隆介

 脳波は現在においても日常臨床でおける有用な検査であるが,十分に解明されずに臨床的意義が曖昧で境界領域とされる脳波波形はいくつもある。高齢者によくみられる側頭部徐波もそのひとつである。

 本研究では,健常高齢者(6名)にみられた側頭部徐波について被験者ごとにその加算平均波形を作成し,双極子追跡法による単一信号源推定を行った。その信号源は側頭部徐波と同側の側頭葉内側面に推定され,一部の被験者においては,被験者自身のMRI上に推定された信号源を重畳した。

 今回,推定された海馬およびその近傍は虚血に対して脆弱な部位であり,軽微な脳血管性障害との関連を指摘する従来の報告に一致する。高齢者によくみられる側頭部徐波はおそらく軽微な脳血管性障害によりもたらされる側頭葉内側面の機能不全を示唆する脳波所見と考えられる。(Neuropsychobiology, 2008, 57: 9-13)

 

ヒト舌体性感覚処理機構の検討

中田大貴(名古屋大学医学部保健学科)
坂本貴和子,柿木隆介

 本研究では実験遂行に先立ち,まず2つの刺激装置を開発することで明確な脳反応の記録を目指した。一つ目に,口腔内における電流の拡散を抑制する効果を期待して,口腔内に設置可能な同心円電極を開発した。二つ目に,電極が容易に着脱可能で,かつ顎位を無理なく固定することの可能な口腔内装具を開発した。この装置を用いて,舌の前後,左右のそれぞれ4箇所を刺激した際の,一次体性感覚野における舌体性感覚誘発脳磁場反応(SEFs) の計測を行い,各々の脳活動を比較検討した。結果,一時体性感覚領域による体性感覚誘発脳反応は,舌のどの領域を刺激した場合にも両側半球によってみられた。加えて対側半球における応答潜時は,同側半球と比べ,全ての刺激部位において顕著に短かった。また信号源推定の結果より,舌前方刺激時と後方刺激時では,領域に明確な差はみられなかった。(Clinical Neurophysiology, 2008, 119, 1664-1673)

 

ヒト舌二次体性感覚野における感覚処理機構の検討

中田大貴(名古屋大学医学部保健学科)
坂本貴和子,柿木隆介

 本研究では,二次体性感覚野における舌の反応部位と特性の検索を目的とし,実験を行った。一般的に二次体性感覚野の反応振幅は,刺激間間隔を長くすればする程より大きな振幅が得られることが知られている。今回我々は刺激間間隔を3秒と設定して実験を行った。刺激部位は,舌は左側前方と後方,手は左側正中神経,足は左側脛骨神経を狙い,各々100回刺激呈示した。結果,舌の前方と後方の磁場強度や潜時に有意差はなく,また舌の領域は最も外側,前方,下方に位置することが分かり,二次体性感覚野における舌領域を確認することが出来た。また刺激対側半球は刺激同側半球より約10ミリ秒早いことが判明した。二次体性感覚野における舌の信号源の位置は,手や足に比べて最も外側,前方そして下方に位置することが分かった。この結果より,一次体性感覚野にホムンクルスがあるのと同様,二次体性感覚野においても体部位再現性があると考えられる。(Clinical Neurophysiology, 2008, 119, 2125-2134)

 

痒み誘発電位

望月秀紀,乾 幸二,山代幸哉,大鶴直史,柿木隆介

 皮膚に微弱な電気を流すことで痒みを誘発できる(通電痒み刺激法)。この刺激法は刺激のOn/Offをミリ秒単位で制御できるため,これまで不可能であった脳波(EEG)や脳磁図(MEG)を用いた痒みの研究に有効と考えられた。そこで,我々は,EEGと通電痒み刺激を用いて,実際に,痒み関連の脳活動(痒み誘発電位)が計測できるのかどうかを調べた。右手首と右前腕前面に痒み刺激を各40回与え,そのときの誘発電位を頭皮上の電極 (Fz, FCz, Cz, CPz, Pz) から記録した。手首や前腕前面の刺激により痒み誘発電位が記録された。その頂点潜時は963ミリ秒と772ミリ秒であった。頂点潜時の時間差と手首と前腕前面の距離から推定された伝導速度は約1m/秒であった。以上のことから,通電痒み刺激法はEEGやMEGの研究に有効であることがわかった。また,推定した伝導速度から,通電による痒みは,生理的な痒みと同様に,C線維によって伝達されることも明らかとなった。(Pain, 2008; 138 : 598-603)

 

生体システム研究部門

【概要】

 私達を含め動物は,日常生活において周りの状況に応じて最適な行動を選択し,あるいは自らの意志によって四肢を自由に動かすことにより様々な目的を達成している。このような随意運動を制御している脳の領域は,大脳皮質運動野と,その活動を支えている大脳基底核と小脳である。逆にこれらの領域に異常があると,パーキンソン病やジストニアに見られるように,随意運動が著しく障害される。本研究部門においては,このような随意運動の脳内メカニズムおよびそれらが障害された際の病態,さらには病態を基礎とした治療法を探ることを目的としている。

 そのために,(1)大脳基底核を巡る線維連絡を調べる,(2)課題遂行中の霊長類の神経活動の記録を行う,(3)大脳基底核疾患を中心とした疾患モデル動物(霊長類・げっ歯類)からの記録を行う,(4)このような疾患モデル動物に様々な治療法を加え,症状と神経活動の相関を調べる,(5)様々な遺伝子改変動物の神経活動を記録することにより,遺伝子・神経活動・行動との関係を調べることを行っている。

 

運動課題遂行中のマカクサル視床下核の活動様式

畑中伸彦,高良沙幸,橘 吉寿,南部 篤

 大脳基底核は大脳皮質-基底核連関の一部として,運動の遂行,企図,運動のイメージ,習慣形成などに関わるとされている。大脳基底核の入力核のひとつである視床下核は大脳皮質からの興奮性入力を受け,淡蒼球内節・外節と黒質網様部に興奮性の出力を送る(ハイパー直接路)。また視床下核は淡蒼球外節からの抑制性入力(間接路)を受けており,大脳基底核の出力核である淡蒼球内節および黒質網様部に時間的に差のある2種類の出力を送ることになる。このように,視床下核は大脳基底核の入力核でもあり,介在部でもある複雑な働きをしていると考えられる。われわれはサル視床下核ニューロンを大脳皮質運動野にある一次運動野近位領域および遠位領域,補足運動野上肢領域に対する刺激への応答様式から分類し,その後,そのニューロンの遅延期間付き3方向への上肢到達運動課題を実行中の活動様式を記録した。また,単一ニューロン記録と薬物の微量注入を併用し,視床下核ニューロンへの興奮性・抑制性入力をブロックした場合の運動課題実行中の活動様式を観察し,興奮性・抑制性の入力がどのように影響を与えていたかを検討中である。

 

淡蒼球脳深部刺激療法の作用機序の解析

知見聡美,南部 篤

 近年,大脳基底核の出力部である淡蒼球内節 (GPi) に慢性的に電極を埋め込み,高頻度電気刺激を与える淡蒼球脳深部刺激療法 (GPi-DBS) が,ジストニアやパーキンソン病の症状を顕著に改善させることがわかってきたが,その作用機序については明らかにされていない。本研究では,正常なサルのGPiに2本の電極を刺入し,一方の電極により電気刺激を与えた際,近傍のGPiニューロンの応答を記録することにより,GPi-DBSの作用機序を検討した。単発刺激は,GABAA受容体を介した短い抑制を惹起した。高頻度連続刺激は,GABAAおよびGABAB受容体を介した長い抑制を惹起し,その間の自発発火は完全に抑制された。また,大脳皮質の刺激によって惹き起こされるGPiニューロンの3相性の応答は,高頻度連続刺激の間,消失した。これらの結果から,GPi-DBSは,GPiを介した情報伝達を遮断することが示唆された。

 

大脳基底核内情報伝達におけるドーパミンD2受容体の機能

太田 力,知見聡美,笹岡俊邦(基生研),勝木元也(基生研),
黒川 信(首都大),南部 篤

 大脳基底核は運動制御の高次中枢である。大脳基底核内のドーパミンの枯渇により,パーキンソン病でみられるような重篤な運動障害を生じることから,ドーパミンによる神経伝達が重要な役割を果たすことが知られているが,ドーパミンD1およびD2受容体を介した神経伝達がどのような機能を果たすかなど,詳細については不明な部分が多い。本研究では,大脳基底核内情報伝達におけるドーパミンD2受容体の機能を明らかにすることを目的として,D2受容体ノックアウトマウスの大脳基底核ニューロンの活動を覚醒条件下で記録した。淡蒼球外節および内節ニューロンにおいて,バーストや活動休止などの異常な発火パターンが観られた。また,大脳皮質の電気刺激に対して,外節では正常マウスに比べて著しく長い興奮が,逆に内節では長い抑制が誘発されることがわかった。今後,さらに解析を進め,大脳基底核内情報伝達におけるD2受容体の役割を明らかにしたい。

 

線条体ドーパミンD2受容体ニューロンの運動制御機能

佐野裕美,知見聡美,小林和人(福島県立医大),南部 篤

 線条体の投射ニューロンは,D1受容体をもち淡蒼球内節・黒質網様部に投射する直接路ニューロンと,D2受容体をもち淡蒼球外節に投射する間接路ニューロンとに分けられる。遺伝子改変マウスを用いイムノトキシン細胞標的法により,D2受容体を発現しているニューロンを破壊すると,運動量が増加することがわかっている。このメカニズムを探るため,覚醒下において淡蒼球外節と黒質網様部の神経活動を調べた。イムノトキシン細胞標的法により間接路ニューロンを破壊しても,淡蒼球外節・黒質網様部ニューロンの発射頻度・パターンは変化しなかった。しかし,大脳皮質運動野を刺激して得られる早い興奮+抑制+遅い興奮の3相性応答うち,淡蒼球外節では,抑制と遅い興奮が,黒質網様部では遅い興奮が消失する傾向が見られた。以上の結果から,黒質網様部すなわち大脳基底核の出力核で見られる遅い興奮の消失が,運動量増加をもたらしたのではないかと考えられる。

 

上肢到達運動課題遂行中の線条体介在ニューロンの活動

高良沙幸,畑中伸彦,南部 篤

 線条体は,大脳皮質運動野に生じた運動情報を受け取る大脳基底核の入力核のひとつである。多くはGABA作動性の投射ニューロンから成り立っているが,少数ではあるが介在ニューロンが存在し,投射ニューロンの活動に大きな影響を与えると考えられている。しかし,実際の運動中にどのような役割を担っているのかは,未解明である。線条体ニューロンのうち,1) 自発発射頻度が高く,2) スパイクの持続時間が短く,3) 大脳皮質刺激に対し短潜時で応答するニューロンの一群があり,これはパルブアルブミン陽性GABA作動性の介在ニューロンと考えられる。サルに上肢到達運動課題を遂行させ,このニューロンの活動を調べた。その結果,到達運動の方向やタスクイベントには依存せず,非特異的に課題遂行時に発射活動が増加することがわかった。このことは,本介在ニューロンが運動に際し,広く周囲の投射ニューロンを抑制している可能性を示唆する。

 



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