生理学研究所年報 第30巻
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発達生理学研究系

認知行動発達機構研究部門

【概要】

 平成20年度は新たに文部科学省の脳推進戦略推進プログラムが開始し,伊佐は課題C「独創性の高いモデル動物の開発」の拠点長となり,霊長類脳でのウィルスベクターによる遺伝子導入技術を開発して,霊長類における高次脳機能の分子基盤,および分子ツールを用いた高次脳機能解明を行う研究パラダイムの開発に乗り出すことになった。そのため,動物実験センターの一部に霊長類用の遺伝子導入施設の設置を開始した。一方。同プログラム課題Aの「日本の特長を生かしたブレインマシンインターフェイスの開発」(拠点長:川人光男ATR脳情報研究所長)にも乗り出すことになり,サルの脳から多チャンネルの神経活動記録・解析システムを用いて皮質脳波(ECoG)と多数の単一神経細胞活動記録を行い,腕や手の運動軌道をデコードするためのデータを取得するために実験室をセットした。一方,科学技術振興機構のCRESTプロジェクトも4年目を迎え,理化学研究所基幹研究所および産業技術総合研究所のグループとの共同研究により,皮質脊髄路損傷サルでの機能回復過程における大脳皮質での遺伝子発現解析を行う実験が大きく展開している。またHuman Frontier Science Programでの共同研究も最終年度を迎え,カナダのクイーンズ大学のグループや米国の南カリフォルニア大学のグループとの共同研究により,一次視覚野損傷サルのfree viewing時のサッケード運動の解析による損傷視野内でのサリエンシーの検出能力の検証実験および,上丘の水平断切片における上丘局所回路のマップ構造における周辺抑制の検証実験などで大きな進展がみられた。

 本年度新規に渡辺秀典君,大屋知徹君,金祉希さんが博士研究員として新たにグループに参加した。

 

第一次視覚野の損傷は急速眼球運動のコントロールおよび
意思決定の過程に影響を及ぼす

吉田正俊,高浦加奈,加藤利佳子,池田琢朗,伊佐 正

 マカクザルの第一次視覚野(V1)を片側的に除去して作成した盲視動物モデルにおいて,急速眼球運動(サッカード)へのV1除去の影響を調べた。課題には視覚誘導性急速眼球運動課題を用いた。損傷視野における検出輝度の閾値は正常視野の対応する位置と比べて上昇していた。正常視野と損傷視野の視覚標的への弁別能と同程度になるように条件を揃えたところ,損傷視野へのサッカードの終止点は正常視野へのものと比べてばらついていた。サッカード軌道の解析から,この結果がサッカード開始時の方向成分のばらつきを充分補償されないためであることを示唆された。サッカードの潜時の分布は損傷視野では狭くなっていた。計算論モデルによる解析から,この結果が意思決定過程においてサッカード開始を行う閾値が下がっているためであることが示唆された。以上のことは,V1を介した情報伝達が正確な眼球運動の制御および意思決定の過程にも関わっていることを示している。

 

上丘浅層wide field vertical cellのGABA作動性ニューロンによる
活動制御機構

金田勝幸,伊佐 正

 上丘浅層のwide field vertical (WFV) cellはその樹状突起を浅層の広い領域に伸ばし,動く物体の認知に関与する。これまでに我々はWFV cellのバースト発火が上丘局所回路でのバースト発火の生成に重要であることを示唆してきた。本研究では,このようなWFV cellの活動を局所GABAニューロンがどのように制御しているのかを調べた。スライス標本においてWFV cellからホールセル記録を行い,視神経を連続電気刺激してもバースト発火は起こらなかった。これは,単シナプス性のEPSCに続く二シナプス性のIPSCがWFV cellの過興奮を抑制するためと考えられた。シナプス前ニコチン受容体に作用しGABAの遊離を促進するアセチルコリンをWFV cellの遠位ではなく近位樹状突起に局所投与すると,顕著なIPSCが誘発された。これに一致して,GABAA受容体アンタゴニストを近位樹状突起に局所適用すると,視神経の連続刺激により強いバースト発火が誘発された。以上の結果は,上丘局所GABAニューロンから近位樹状突起へのフィードフォワード抑制がWFV cellの活動を制御する上で重要であることを示している。

 

パリレン電極を用いた麻酔下ラット皮質脳波の多点同時計測

渡辺秀典,坂谷智也,戸川森雄,吉田正俊,伊佐 正,
長谷川功(新潟大・医・生理),鈴木隆文(東大院・情報理工)

 本研究では大脳皮質における組織学的・機能学的階層間における神経活動の相互相関の解明を目指す。そのために脳皮質電位(Electrocorticogram,以下EcoG)を計測する必要がある.そこで我々は電極間隔1mmのPoly製多点電極アレイを開発し,その性能を麻酔下ラット体性感覚野の自発神経活動の計測により検証した。記録された信号について周波数解析を行い,同一試行内において電極間に周波数選択性及び感度に差がないことを明らかにした。次にヒゲ刺激に誘導されるECoG波形を解析し,電極間隔が受容野に対して小である場合,ECoGにおける最大応答振幅によって刺激弁別が可能であることを明らかにした。更に我々はECoGの発生機構を明らかにするために,ECoGと脳表面に対して垂直方向における神経活動を同時記録した。その結果,皮質スパイクの発生とECoG波形における陽性電位について正の相関を明らかにした。以上の一連の成果は,皮質脳波の発生機構についての理解を助ける。

 

一次視覚野損傷サルにおける視覚誘導性サッケードに対する
上丘inactivationの影響

加藤利佳子,高浦加奈,池田琢朗,吉田正俊,伊佐 正

 一次視覚野損傷後,脳への視覚情報の入力は網膜から上丘浅層への直接投射が,特にサッケードの形成においては重要であることが予想される。また,我々の研究室では,これまでに上丘浅層からサッケードの形成に関与する上丘中間層への投射を報告しており,一次視覚野損傷後のサッケードシステムにおいて,上丘中間層の役割が重要であることが考えられた。そこで,我々は,片側一次視覚野を除去したサルの上丘中間層にムシモルを注入し,上丘の活動を抑制し,視覚誘導性サッケードに対する影響を調べた。V1損傷側と対側の上丘を抑制した時は,視覚誘導性サッケードへの影響は,サッケードの振幅,速度の低下と反応時間の増大に留まった。これに対し,V1損傷側と同側の上丘を抑制した場合は,注入部位に対応した視野へのサッケードが,完全に抑えられることが観察された。

 

幼若時片側除皮質ラットにおける皮質脊髄路の大規模変化

梅田達也,伊佐 正

 幼若時片側除皮質ラットでは,成熟時において対側上肢の運動機能に異常が少ない。その代償機構の解明のため,解剖学的・電気生理学的手法を用いて,幼若時片側除皮質ラットにおける下行性神経回路を調べた。損傷と対側運動野に順行性トレーサーBDAを導入した結果,対側の上丘・赤核・橋核,同側の後索核・脊髄灰白質といった通常とは反対側の領域にも軸索が確認された。逆行性トレーサーを用いた実験から,同側の脊髄に投射する細胞は対側には投射していない事が明らかとなった。更に,両側の運動ニューロンから錐体刺激に対する多シナプス性の応答が惹起され,脊髄介在ニューロンを介する経路と網様脊髄ニューロンを介する経路によって伝わっていた。以上の結果は,幼若時片側除皮質後,代償的な神経回路が広範囲で形成される事を示唆する。

 

サッケード眼球運動における補正制御機構~一次視覚野除去による研究

池田琢朗,吉田正俊,伊佐 正

 サッケード眼球運動は極めて速く正確な運動であり,我々の日常的な視覚認知において重要な役割を果たしていることが知られている。しかしながら,数十ミリ秒という短い時間の中で行われる運動でありながらどのようにその正確性が保たれているのかは未だに明らかではない。

 我々は一次視覚野を除去し,視覚情報を制限したニホンザルを用いてサッケード眼球運動課題による行動実験を行い,運動制御についての解析を行った。この結果,一次視覚野除去下においてもサッケード眼球運動の実行自体は可能であるものの,運動遂行中の補正的な制御が失われることを発見した。この結果は,一次視覚野を介した視覚情報がサッケード眼球運動の補正制御に必要であることを意味しており,サッケード眼球運動が上丘を中心とした実行系と一次視覚野を介した情報による補正制御系による並行制御を受けていることを示唆している。

 

把握運動に関与する脊髄ニューロンの役割
−Spike-triggered averagingを用いた検討−

武井智彦,関 和彦

 我々は,把握運動の制御における脊髄神経機構の役割を解明するために,ニホンザルを対象とした電気生理学的実験を行っている。本年度はサルに把握運動を行わせ,その際の脊髄介在ニューロンの活動様式を明らかにすること,またそれらの活動電位を用いてSpike-triggered averagingをおこなう事により,単一脊髄介在ニューロンの筋出力パターンを調べることを目的とした。

 2頭のニホンザルに対して示指と拇指でレバーを摘む課題を訓練し,さらに外科的手技により脊髄LFPを記録するためのチャンバー及びEMG記録用のワイヤー電極を装着した。そして,把握運動遂行中の脊髄単一介在ニューロンの活動を細胞外電位記録法によって記録し,次に脊髄介在ニューロンのスパイク活動をトリガーにして,同時に記録される筋活動の加算平均を行った(spike- triggered averaging)。

 3頭のサルの下位頸髄から,合計199個のニューロン活動が記録された。そのうち,大半のニューロンは運動に依存した発火頻度の変化を示した(n=160, 80%)。さらに,解析対象となった3920のニューロン-筋ペアに対してSpike-triggered averagingを行った結果,30ニューロンが56の有意な筋出力を示した。その内訳は51ニューロンが促通効果,5ニューロンが抑制効果であった。さらに,いくつかの基準によってそれらの内21ニューロンが純粋な筋出力効果をもつpremotor介在ニューロンと定義した(PreM-INs)。これら21 PreM-INsの多く(13ニューロン,62%)は精密把握に関わる複数の筋に出力効果を示していた。この結果は脊髄ニューロン一つによっても,把握運動時に必要な筋群の共興奮を引き起こすことが可能なことを示唆していた。

 

The circuit for saccadic suppression in the superior colliculus studied in vitro

Penphimon Phongphanphanee1 and Tadashi Isa1,2,3
(1Department of Developmental Physiology, National Institute for Physiological Sciences
2School of Life Science, The Graduate University for Advanced Studies
3Core Research for the Evolutionary Science and Technology (CREST), JST)

 “Saccadic suppression” is known as the suppression of the neuronal activity in the superficial layer of the superior colliculus (SCs) during saccades. It might play a role in prevention of perceptual blur during eye movements. However, the mechanism underlying saccadic suppression is still not clear. We have proposed that the premotor cells in the intermediate layer (SCi), which command saccades, also form local connections within SCi that activate the neighboring GABAergic neurons to inhibit the visuosensory neurons in the SCs. We have tested this model by stimulating the premoter axons at the predorsal bundle and recording the response with whole-cell patch-clamp technique in coronal SC slices obtained from GAD67-GFP knock-in mice. The following evoked responses support the model. First, monosynaptic excitatory postsynaptic currents could be evoked in the SCi GABAergic neurons; second, inhibitory postsynaptic currents were evoked in SCs non-GABAergic neurons. Both responses were completely eliminated by application of glutamate receptor antagonists. Thus, the findings in both cell types comprise direct evidence for a circuit model of saccadic suppression.

 

片側一次視覚野切除サルにおける空間作業記憶の検討

高浦加奈,吉田正俊,伊佐 正

 本研究では「盲視」のモデル動物とされている片側一次視覚野(V1)を切除したサルでの空間作業記憶について検討を行っている。「盲視」とは,V1の損傷後に一部の患者が「視覚的な気付きとは乖離した残存する視覚情報処理能力」を示す現象であり,視覚情報を利用するうえで「視覚的な気付き」が必ずしも必要ではないことを示唆している。しかし一方で一部の視覚情報処理は「視覚的な気付き」なしでは成立し得ないとも言われており,作業記憶と呼ばれる「ある目的を持った一連の行動の中で,必要な情報を一時的に保持する能力」はその代表的なものである。

 本研究では片側V1切除サルでの検討の結果,盲視の状況下でも空間作業記憶が利用可能であること,さらにその神経相関に相当する活動が損傷同側の上丘で観察されることなどが示された。本研究の結果は現在まで広く受け入れられてきている「視覚的な気づき」と作業記憶との関係について再考を促すものである。

 

生体恒常機能発達機構研究部門

【概要】

 当部門は,発達および障害回復の過程で一旦形成された機能的神経回路に起こる再編成のメカニズムを回路レベルで解明することを主な目標に研究をしている。そのため,3つのサブテーマについて研究を進めている。1) 発達期における再編のメカニズムとして,シナプスレベルにおいて,伝達物質のスイッチング,2) 細胞内イオン環境の変化によるGABAの興奮性から抑制性へのスイッチとその制御機構について細胞内Clイオンくみ出し分子KCC2の機能制御を中心に,神経栄養因子,環境/回路活動による制御を検討している。3) 神経回路の可塑的変化を生体で観察するため,フェムト秒パスルレーザーを用いた多光子励起法を利用して,マウス大脳皮質細胞やシナプスの可視化技術の確立および技術向上をおこなった。その結果,マウス大脳皮質全層における神経細胞・グリア細胞およびその微細構造を可視化することが可能となった。これらの技術を利用して,現在,神経回路の微細構造の長期変化の観察を試みている。人事として,本年10月に和気弘明JST研究員が名古屋市立大学に転出した。本年度10月に韓国慶ヒ大学から金善光氏がJSPS研究員として,また,中畑義久氏が総研大5年一貫制1年次大学院生として加わった。

 

神経伝達物質のスイッチング

石橋 仁,中畑義久,西巻拓也,山口純弥,鍋倉淳一

 ラット聴覚系中経路核である外側上オリーブ核に内側台形体核から入力する伝達物質自体が未熟期のGABAから成熟期のグリシンに単一終末内でスイッチすることを明らかにした。この伝達物質のスイッチングは,発達期における主要な再編成機構である余剰回路の除去や伝達物質受容体の変化と並ぶ大きなカテゴリーの変化と考えられる。現在,何故未熟期にはGABAである必要があるのかを,GABAの未熟期における興奮性およびGABAB受容体の発達変化と関連機能についてGABAB受容体遺伝子改変動物を用いて検討している。GABAB受容体ノックアウト動物では抑制性シナプス機能の均一な発達が阻害されていることが判明した。GABAからグリシンへスイッチするメカニズムについても検討を神経終末内GABAおよびグリシン濃度の変化の観点から開始した。

 

細胞内Cl- 制御機構KCC2によるGABAの興奮-抑制スイッチ制御の分子機構の解明

渡部美穂,石橋 仁,平尾顕三,鍋倉淳一

 未熟期および虚血や傷害後早期にGABAは興奮性伝達物質としての作用を獲得する。これはGABAA受容体に内蔵するチャネルを流れるCl-イオンの向きによって決定されるため,細胞内Cl-イオン濃度によってGABAは興奮性/抑制性が決定される。この細胞内Cl-イオン濃度は神経細胞特異的に発現するK+-Cl-トランスポーターであるKCC2によって主に決定されている。発達期や再生期におけるKCC2の発現,およびその機構を検討している。KCC2の発現制御に関して,障害により,KCC2の脱リン酸化と内在化,その後の蛋白発現の消失によりGABA作用は短時間で脱分極作用へスイッチすることが判明した。細胞内制御分子の探索を行なっている。

 

In Vivo多光子顕微鏡を用いた大脳皮質神経細胞の微細構造の可視化技術の確立と神経細胞・グリアの生体内動態の観察

金 善光,和氣弘明,高鶴裕介,稲田浩之,江藤 圭,鍋倉淳一

 神経回路の発達および脳障害の回復期における神経回路の可塑性の研究を遂行するにあたり,究極的に生体での観察が不可欠である。そのため,生体における神経回路の可視化のため,長波長短パルスレーザーを利用して生体深部の微細構造を観察可能な多光子励起法を種々の神経細胞に蛍光蛋白が発現している遺伝子改変動物に適用し,大脳皮質微細構造の可視化している。光路の開発・調節,頭蓋骨に適用する特殊アダプターの開発などを行い,マウスにおいて,大脳皮質表面から1ミリの深部まで観察可能な技術を行い,大脳皮質錐体細胞を全層にわたり,樹状突起,棘突起,軸策などのその微細構造を観察することが可能となった。また,未熟期動物におけるイメージング行うため,未熟マウス頭蓋骨に装着する観察システムを開発し,出生直後のマウスの大脳皮質イメージングを行うことが可能となった。これらを用いて1) ミクログリアとシナプス構造の監視機構,2) 新生マウスにおける大脳皮質GABAニューロンの細胞移動,3) 虚血動物におけるシナプスリモデリングを中心に観察を行っている。さらに,生体2光子励起観察法を用いて5件の共同研究を行った。

 

脳梗塞障害時における対側半球の回路再編機構

高鶴裕介,吉友美樹,鍋倉淳一

 脳梗塞後の回復期におこる機能代償機構の解明のため,レーザーによる光誘発血栓作成法を用いて片側大脳皮質感覚野に虚血脳梗塞を作成し,対側の体性感覚野におこるシナプス再編性および回路機能再編成と皮膚感覚回復過程の対応を行った。障害直後から対側感覚野全般の活動が上昇し,同側末梢四肢からの感覚入力が亢進した。その後1-2週間の限定した期間にスパイン構造のターンオーバー率が亢進していることを2光子顕微鏡で観察した。その後,同側末梢刺激による大脳皮質における電気活動のパターンの再編がおこり,対側末梢四肢(正常入力側)からの入力処理パターンと類似したパターンが形成することが判明した。この新たな活動再編に伴い,障害された末梢感覚は回復した。この結果から,障害と対側の大脳半球で両側の末梢感覚を処理する回路が再編・形成されることが判明した。

 

生殖・内分泌系発達機構研究部門

【概要】

 本研究部門は,視床下部による摂食行動の調節と末梢組織における代謝調節機構の解明を目指して研究を行っている。視床下部は,摂食行動(エネルギー摂取)とエネルギー消費機構(栄養代謝)を巧みに調節することによって生体エネルギーを一定に保つ重要な働きを担う。しかし,近年,この調節機構の異常が肥満,糖尿病,高血圧など,生活習慣病の発症と密接に関連することが明らかとなってきた。当部門では,視床下部における生体エネルギー代謝の調節機構を分子レベルで解明し,その分子機構を通して生活習慣病など様々な疾患の原因・治療法を明らかにしたいと考えている。本年度実施した主たる研究課題は次の通りである。1) 摂食調節に関わる視床下部生体分子センサーの研究,2) レプチン,神経ペプチド,BDNFによる糖,脂質代謝調節機構の解明,3) 肝ー膵臓器間作用を介する膵b増殖促進機構の解明。

 

摂食調節に関わる視床下部生体分子センサーの研究

箕越靖彦,岡本士毅,志内哲也
塩田清二,影山晴秋(昭和大学医学部第一解剖学教室)
矢田俊彦(自治医科大学医学部生理学講座統合生理学部門)

 我々は,AMPキナーゼが,レプチンやアディポネクチンなどホルモンによって活性化し,骨格筋における脂肪の利用を促進すること,視床下部AMPキナーゼが摂食行動を制御することを明らかにしている。今回,視床下部AMPキナーゼによる生体エネルギー代謝の調節機構を明らかにするため,活性型並びに不活性型AMPキナーゼを視床下部にレンチウイルスを用いて発現させ,摂食行動に及ぼす影響を調べた。その結果,マウス視床下部室傍核に活性型AMPキナーゼを発現させると,摂食量が増加,肥満することに加え,食餌に対する嗜好性が変化することを見出した。さらにその作用発現には神経細胞での脂肪酸代謝が関わることを見出した。

 一方,グレリンによるNPYニューロン活性化が,少なくとも一部,AMPキナーゼを介することを,単離細胞を用いた実験から明らかにした (Kohno D., Sone H., Minokoshi Y., Yada T.: Biochem Biophys Res Commun. 366(2):388-392, 2008)。AMPキナーゼ活性化剤AICARを添加することにより,弓状核ニューロンのAMPキナーゼが活性化し[Ca2+]iを増加させた。この[Ca2+]i増加は,外液Ca2+除去およびL型Caチャネル阻害剤添加によって有意に抑制されたが,N型Caチャネル阻害剤および小胞体Caポンプ阻害剤は影響しなかった。AICARによって[Ca2+]i増加を示した細胞の40%はNPYニューロンであり,POMCニューロンは[Ca2+]i増加を示さなかった。

 

レプチン,神経ペプチド,BDNFによる糖・脂質代謝調節機構の解明

箕越靖彦,志内哲也,李 順姫,戸田知得,斉藤久美子

 我々は,レプチンが摂食行動を抑制するだけでなく,視床下部-交感神経系を介して,褐色脂肪組織や骨格筋などエネルギー消費器官でのグルコースおよび脂肪酸の利用を促進することを明らかにしている。今回我々は,レプチンによるグルコースの取り込み促進作用に視床下部のメラノコルチン受容体が必須であることを明らかにした。

 さらに,レプチンが、視床下部腹内側 (VMH) に作用を及ぼすと,視床下部弓状核のメラノコルチンニューロンを活性化して,褐色脂肪組織並びに骨格筋,心臓でのグルコースの利用を促進することを見出した。その他の神経核にレプチンを投与しても末梢組織でのグルコースの取り込みはほとんど変化しなかった。また,メラノコルチン受容体作動薬は,レプチンと同様にVMHに作用をさせると褐色脂肪組織並びに骨格筋,心臓においてグルコースの取り込みを促進させた。室傍核に作用させた場合には,褐色脂肪組織のグルコース取り込みのみを促進した。その他の視床下部神経核では効果はなかった。以上の実験結果から,レプチンは,VMHニューロンに作用を及ぼすと弓状核メラノコルチンニューロンを活性化し,その結果,腹内側核,室傍核のメラノコルチン受容体を活性化することによって末梢組織のグルコースの取り込みを促進することが明らかとなった。

 

肝-膵臓器間作用を介する膵b増殖促進機構の発見

片桐秀樹(東北大学大学院医学研究科再生治療開発分野)
箕越靖彦,志内哲也,岡本士毅

 糖尿病発症の一つの原因はインスリン分泌の低下にあり,インスリン分泌臓器である膵臓b細胞の再生・増殖のメカニズムを解明することは大きな研究課題である。今回,東北大学大学院医学研究科片桐教授との共同研究により,肝臓の代謝情報が神経を介して膵臓に伝えられ,これによりb細胞が増殖することを見出した。本研究成果は,b細胞を増殖させる生理機能を見出した点に大きな意義があるだけでなく,その調節作用に肝臓での代謝変化と自律神経系が関与することを明らかにした。本研究は,Science 322: 1250-1254, 2008に掲載された。

 



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