公開日 2008.11.14

アンモニアの“ツン”とワサビの“ツン”は同じ
— アルカリ性物質を「痛み」と感じるメカニズム解明 —

カテゴリ:プレスリリース
 生理学研究所 広報展開推進室
 

概要

腎臓疾患によるアンモニア濃度の上昇や膵炎、胃全摘術後の膵液漏れなど、アルカリ性の物質を痛みとして感じることは臨床の場でよく目にするものです。しかし、これまで、なぜアルカリ性の物質が耐え難い痛みを引き起こすのか、そのメカニズムは知られていませんでした。今回、自然科学研究機構・生理学研究所(岡崎統合バイオサイエンスセンター)の富永真琴教授の研究チームは、ワサビの刺激を感じるセンサー(“ワサビ受容体”)がアルカリによる痛みも感じることを明らかにしました。今回の研究成果から、このセンサーの働きを抑えることで、こうしたアルカリ性物質による痛みを和らげることができる可能性があります。医学実験系で最も権威のあるJournal of Clinical Investigation(医学実験専門誌)に、11月13日(日本時間14日午前7時)に電子版が掲載されます。

研究チームが今回明らかにしたのは、痛みセンサーであるTRPA1(トリップエーワン)タンパク質の新しい働き。このセンサーは、ワサビの刺激を感じるセンサーでもあり「危険な痛み」を感じるセンサーとして働いていることが知られています。今回、研究チームは、この痛みセンサーTRPA1タンパク質をもつ培養細胞の中をアルカリで刺激する実験を行ったところ、このセンサーの電流の反応が大きくなっていくことを明らかにしました。細胞の中がアルカリになることでTRPA1タンパク質が刺激され電流が大きくなるのです。また、マウスの足の裏(マウス後肢足底)にアルカリ化溶液を注射し“痛み行動“を観察したところ、普通のマウスでは“痛み行動”を起こすのに対して、TRPA1を持たないマウスでは見られませんでした。このことから、アルカリによる痛みにTRPA1センサーが関わっていることがわかりました。

富永教授は「これまでアルカリによる痛みが臨床の場面で数多く見られるのに、その痛みがどのようなメカニズムで起きているかは知られていませんでした。今回TRPA1がそうしたアルカリの痛みに関わっていることが明らかになったことから、治療などへの応用に結びつく成果だといえます。また、TRPA1はワサビ受容体でもあり、ワサビで鼻にツンとくる感覚とアンモニアで鼻にツンとくる感覚は同じメカニズムで起こっていることが分かりました。今回の研究成果を一言でいえば“アンモニアのツンとワサビのツンは同じ!”と語っています。

補足説明(詳細解説)

酸性が痛みを惹起することはよく知られており、カプサイシン受容体TRPV1や酸感受性チャネルASICが関わることが明らかにされています。膵炎や呼吸性アルカローシス、高pHの静脈注射薬が痛みを惹起することは知られていますが、その分子メカニズムは明らかではありませんでした。アルカリセンサー分子自体が分かっていませんでした。私たちはアルカリpHが細胞内からTRPA1チャネルを活性化することを明らかにし、それに関わる細胞内アミノ酸残基を同定しました。アルカリpHがどのようにしてそのアミノ酸残基に作用するかは完全には明らかではありませんが、細胞膜だけの実験で活性化がみられたことから細胞内セカンドメッセンジャーが関与することは否定的です。細胞内アルカリ化を引き起こすNH4Clをマウス足底に注射して痛み関連行動が惹起でき、その痛み関連行動がTRPA1を欠損したマウスで起こらないことから、個体レベルでもアルカリpHによるTRPA1の活性化が痛みを引き起こすことが証明できました。そのメカニズムが明らかではない、ヒトでのアルカリpHに関連した痛みがTRPA1の 活性化で説明できるだろうと考えます。

TRPA1は直接のアンモニアセンサーではありませんが、アンモニアは細胞内に入るとプロトン(H+)と結合して細胞内H+濃度を減少させて細胞内pHを上昇(アルカリ化)させます。ですから、未だ分子メカニズムが分かっていないアンモニアセンシングにTRPA1が関わると言ってよいと思います。また、TRPA1はワサビ受容体でもあり、ワサビで鼻にツンとくる感覚とアンモニアで鼻にツンとくる感覚は同じメカニズム(TRPA1の活性化)で起こっていると言うことが できます。「アンモニアのツンとワサビのツンは同じ!」

【図1】 TRPA1センサーは、細胞内アルカリ化で刺激される

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TRPA1タンパク質をもつ培養細胞の中をpH8のアルカリ溶液で刺激したところ、溶液の細胞の中への広がりにともなって、じわじわと反応(電流)が大きくなった。もちろんTRPA1に効くワサビの辛味の成分をかけても反応する。

【図2】 アルカリに対する「痛み行動」はTRPA1センサーによって起きる

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アルカリ化溶液(塩化アンモニウムNH4Cl溶液)をマウスの足の裏に注射すると、普通のマウスは「痛み行動」(足を舐めたりする行動)を起こすが、TRPA1センサーを持たないマウスでは痛み行動を起こさない。このことから、アルカリに対する痛みはTRPA1センサーによるものであることが分かった。

こ研究の社会的意義

 

(1) ワサビで“ツン”とくる感覚と、アンモニアで“ツン”とくる感覚は同じものでした

TRPA1タンパク質は、ワサビの受容体(センサー)でもあることから、アンモニアで“ツン”とくる感覚と、ワサビで“ツン”とくる感覚は、TRPA1という同じセンサーによるものであると説明できます。

(2) 臨床でみられる様々なアルカリ性物質の「痛み」のメカニズムが分かりました

たとえば、アンモニアガスによる鼻粘膜への痛み、膵炎、胃全摘後の膵液の漏れによる痛み、過呼吸時に起こるアルカローシスによる痛み、腎臓疾患の時に起きる血中アンモニア濃度の上昇による痛み、アルカリ性の強い薬物を静脈注射した時の血管痛など、アルカリによる痛みの現象は様々あることが知られていましたが、アルカリ性物質がなぜ痛みを起こすのか、そのメカニズムは明らかになっていませんでした。
今回、アルカリの痛みにはTRPA1センサーが関わっていることが明らかになったことから、このセンサーの働きを抑えることで、こうしたアルカリ性物質による痛みを和らげることができる可能性があります。

論文情報

Intracellular alkalization causes pain sensation through activation of TRPA1
Fumitaka Fujita, Kunitoshi Uchida1, Tomoko Moriyama, Asako Shima, Koji Shibasaki, Hitoshi Inada, Takaaki Sokabe and Makoto Tominaga
J. Clinical Investigation
11月13日(日本時間14日)、電子版掲載