公開日 2010.03.31

「さする」と反応、神経の突起を伸ばす新たな分子メカニズムを解明
―神経の細胞伸展の感知センサーを発見―

カテゴリ:プレスリリース
 群馬大学大学院医学系研究科
自然科学研究機構生理学研究所
 

概要

打撲したり骨を折ったりしたときに自然とさすってしまうことが良くあります。そうした傷を負ったときには末梢の神経も傷ついてしまいますが、「さする」ことでどのような効果があるのでしょうか?今回、群馬大学大学院医学系研究科の柴崎貢志 講師は、生理学研究所の富永真琴 教授らとの共同研究で、神経が伸びていく際に重要なセンサー・タンパク質TRPV2(トリップブイ2)センサーの働きを解明しました。この、TRPV2センサーは、「さする」などの伸展をうながす物理的な力がかかったときに働き、神経が突起を伸ばすことを助けていることがわかりました。傷ついた神経の再生にもつながる成果です。3月31日(米国東部標準時間)づけの米国神経科学会誌に掲載されます。

今回、柴崎講師らは、熱を感じる分子センサー(タンパク質)として知られるTRPV2センサーの働きに注目。TRPV2センサーは、突起を伸ばそうとする神経では、「さする」などの伸展を促す物理的な刺激を感じる"細胞伸展センサー"として働くことをつきとめました。ニワトリの神経の実験でも、TRPV2センサーが「伸展」を感じることで、神経の突起がさらに伸びていく様子を確認しました。これまでどうして脊髄の運動神経や感覚神経が長い突起を伸ばせるのか分かっていませんでしたが(たとえば、人では脊髄の坐骨神経は1m近くあります)、TRPV2センサーが働くことで、突起をずんずん伸ばし、体の中で最も長い神経突起を出すことができることを明らかにしました。また、このTRPV2センサーは、傷ついた神経が再び突起を伸ばしていくためにも重要な役割を果たすと考えられました。

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柴崎講師は、「打撲などをうけて皮膚の神経が傷ついたとき損傷部位を自然となでたりさすったりする行為には、TRPV2センサーを活性化させ、損傷部位の神経突起の再生を促そうという無意識の意味合いが込められていると考えれば理屈にあっています。リハビリなどで運動神経などの神経回路を回復させ、運動機能を回復させるためには、このTRPV2センサーの活性化を介した神経突起の再生が重要な役割を果たすものと考えられます。また、ES細胞やiPS細胞を用いた最先端の再生医療技術と組み合わせて行くことで、神経回路の再生に役立つと期待されます。」と語っています。
本研究は文部科学省科学研究費補助金「脳内温度と神経活動の機能相関」「温度センサーによる脳機能調節」の補助を受けて行われました。

今回の発見

1)成体(おとな)において、熱を感じるセンサーとして知られていたTRPV2センサーは、胎生期(生まれる前)においては、脊髄の運動神経・感覚神経が(背中から指先まで)長い突起を伸ばすことに役だっていました。

2)TRPV2センサーは、神経の伸展感知センサーとして働くことで、神経突起の伸長を促すことがわかりました。

【図1】TRPV2センサーを刺激すると神経が伸びる

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ニワトリの脊髄の神経細胞から突起が伸びていく様子。TRPV2センサーがない場合と比べるとTRPV2センサーがある場合には、長く突起が伸びることがわかります(右図、三角)もともと、TRPV2センサーは成体(おとな)の感覚神経において、熱を感じる熱センサーとして知られていたもので、胎児期(生まれる前)には、伸展感知センサー・神経突起伸長センサーとして機能し、出生後に熱センサーとして機能するようになることがわかりました(ある働きを持つセンサーが別の働きを持つようになることを、"モーダルシフト"と呼びます)。

【図2】TRPV2センサーは細胞が伸びると反応する伸展感知センサー

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神経細胞をシリコン膜の上で培養したところ、TRPV2センサーを持つ細胞(一番左側の"赤色"蛍光タンパク質を一緒に発現させた細胞)は、シリコンをひっぱって細胞を伸ばしたときに反応することが分かりました。図はカルシウム・イメージングによって、反応を確かめたものです(反応すると明るい色を発する)。この伸展感知センサーの機能を使って、神経突起を伸長させていることがわかりました。

【図3】「さすられる」と活性化するTRPV2センサーの働き(まとめ)

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神経が伸びていく際には、「ひっぱられたり」、「さすられたり」といった物理的な刺激を感じるのにTRPV2センサーが重要な役割を果たしていることがわかりました。成体(おとな)でも、傷ついた神経が突起を伸ばしていく際などの損傷からの回復過程で重要な役割を果たすものと考えられ、神経再生への応用が期待されます。

 

この研究の社会的意義

1)損傷神経のリハビリによる回復効果を分子レベルで解明できる可能性

本研究によって、TRPV2センサーが「ひっぱったり」「さすったり」などの物理的な刺激を感じて反応することで、神経の突起が伸びていくことを促す効果があることが明らかとなりました。交通事故などで激しい神経損傷を負った場合に、リハビリをして動かすと何故、運動機能が回復していくのかが分子レベルで解明できるものと期待されます。また、打撲などで傷ついた皮膚の神経の損傷部位を自然とさすってしまう行為は、神経の突起の伸びを促し、神経回路の再生も促す効果があると考えられます。

2)神経回路の損傷を回復させる薬剤の開発へ

さらに、TRPV2センサーを薬物などで効果的に刺激できれば、神経の突起の伸びを効果的に促すことができると考えらます。今後、ES細胞やiPS細胞を用いた最先端の再生医療技術とTRPV2センサー研究を組み合わせて行くことで、神経の再生治療の進展に役立つものと考えられます。

論文情報

TRPV2 enhances axon outgrowth through its activation by membrane stretch in developing sensory and motor neurons
Koji Shibasaki, Namie Murayama, Katsuhiko Ono, Yasuki Ishizaki and Makoto Tominaga
米国神経科学学会誌(ジャーナルオブニューロサイエンス)3月31日号

 

お問い合わせ先

<研究に関すること>
柴崎 貢志 (シバサキ コウジ)
現所属: 群馬大学大学院医学系研究科 脳神経発達統御学講座 講師
電話/FAX:027-220-7951(直通)、027-220-7955(秘書)
E-mail: shibasaki@gunma-u.ac.jp

<広報に関すること>
群馬大学昭和地区事務部総務課 副課長
関根 義則 (セキネ ヨシノリ)
TEL 027-220-7711 FAX 027-220-7720)

自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
amane@nips.ac.jp
TEL 0564-55-7722、FAX 0564-55-7721