発達や記憶を始め、行動や感覚など脳の機能が変わるのは、脳のなかで使われる回路が変わってくるからです。神経幹細胞の分裂増殖・移動、その後細胞間の線維連絡の形成によって未熟な回路が作られ、初めて脳としての機能が発現します。しかし、このときに作られる脳の回路の特徴は大人の回路とは大きく違っています。その後、環境などのいろいろな要因によって、環境に適用した脳機能を発現するように脳の回路が変化していきます。つまり、脳の中で活動する神経回路が変化していくため、個体としての脳機能が変化します。例えば、1-2歳の子供とジャンケンをして負けないためには“パー”を出すことです。赤ちゃんは“パー”か“グー”しか出せません。”チョキ“を出そうと人差し指と中指を伸ばすと連動して他の3本も伸びてしまいます。つまり、未熟期には5本指をそれぞれに動かす回路が大脳皮質から脊髄までのどこかで混線した機能回路がまず作られます。その後、発達に従い、5本の指を別個に動かすことのできる回路へと再編成が起きます。また、一旦作られた大人の回路にも、脳障害などの回復期には大きな変化が起こっていきます。これに伴って脳障害のある期間には運動・感覚機能などに大きな変化(回復)が見られます。

 私たちの研究室では、発達や障害回復期におこる「神経回路の再編成」をいろいろな角度から見ていこうと考えています。 1、活動する回路がどのように変わるのか。2、何が変えるのか、3、いつ変えるのか。という疑問をもって研究を進めています。活動する回路機能を決める要因の一つであり、発達とともに大きく変わる現象として、過剰な神経回路連絡の形成とその後の選択的除去(synapse elimination)をはじめとする回路自体の再編があります。この回路自体の変化は障害脳においてもダイナミックに起こることが予測されています。この回路自体(神経細胞間連絡)の形態的変化をみるため、生きた動物の脳の中の回路や微細構造を可視化する新たな技術開発(生体多光子イメージング)を行い、現在大脳皮質の回路の発達および障害後の神経回路やグリアのダイナミックな長期変化を観察しています。発達期の回路活動を大きく変えるもう一つの原因に、脳内の主要な伝達物質であるGABA回路のダイナミックな機能変化があります。大人における代表的抑制性伝達物質であるGABAは未熟脳ではしばしば興奮性であり、脳の臨界期決定など発達脳におけるキーワードとして注目を集めています。GABAは伝達物質として放出され、受け取った神経細胞の膜に存在するGABAA受容体が持つCl-チャネルを開口させます。これにより、細胞膜を横切って陰イオン(クロールイオン)が流出入します。どちらにどのくらいのClイオンが流れるのかは細胞内Clイオン濃度によって変わってきます。それによって入力するGABA回路の役割が大きく変わってきます。そのため、私たちの研究室では、発達や障害時におけるGABAのダイナミックな機能変化をもたらす細胞内Cl-濃度調節分子の発達変化・発現制御について、電気生理学的手法や分子生物学的手法を用いて研究しています。