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種ごとに違う、蚊の逃避行動に関わるセンサー分子の特性

2020年01月16日 プレスリリース

内容

蚊は吸血によって人に不快なかゆみを生じさせるだけでなく、時には病気を媒介することもあります。近年の温暖化により日本でも熱帯性の蚊が媒介する病気の発症例が報道されるようになってきました。今回、自然科学研究機構 生理学研究所のTianbang Li研究員、齋藤 茂助教および富永真琴教授は、大日本除虫菊(株)の協力により、高温域を感じるセンサー分子として働くタンパク質であるTRPA1注1の特性を、類縁関係の異なる4種の蚊の間で比べました。その結果、生息地の温度環境の違いにより、TRPA1が活性化する温度が異なることを発見しました。実際に、行動実験により、熱帯に生息する種と温帯に生息する種では、忌避する温度が異なることも明らかになりました。生息地の温度環境に応じてTRPA1の特性が変化し、蚊が嫌う温度が変化したと考えられます。またTRPA1は、刺激として認識される化学物質のセンサーとしても働いています。防虫剤として使われるシトロネラ油を異なる種の蚊のTRPA1に作用させたところ、その感受性が種の間で違うことも明らかにしました。更に、TRPA1を活性化する新たな化学物質も特定しました。このような情報は、蚊の効果的な防除対策などに将来的に役立つと期待されます。
本研究の成果は、Scientific Reports誌(2019年12月27日出版)に掲載されました。

 蚊は吸血を介して人に不快なかゆみを引き起こすだけでなく、時に病気を媒介することもあるため防除法が古くから研究されてきました。効果的な防除法を開発するために、蚊の忌避行動の仕組みを調べる研究が盛んに進められています。多くの動物においてTRPA1と呼ばれるセンサータンパク質が、外界の危険な温度や化学物質の受容をすることが知られています。蚊においてもマラリヤを媒介するガンビエハマダラカを中心に、TRPA1が高温や化学物質の受容に関わることが報告されています。一方で、世界中には多くの種の蚊が、異なる地域に分布しています。進化の過程で多くの種の蚊に分かれていくなかで、TRPA1の特性も変化してきたと考えられます。そこで今回、類縁関係の異なる4種の蚊を用いた研究を行いました。熱帯域を中心に生息する3種の蚊(ガンビエハマダラカ・ステフェンシハマダラカ・ネッタイシマカ)と温帯域に生息する1種の蚊(アカイエカ)のTRPA1の特性を比べました。

 まず、TRPA1の高温に対する応答特性を比較しました。いずれの蚊のTRPA1も温度刺激に感受性を示しましたが、熱帯域に生息する蚊(ガンビエハマダラカ・ステフェンシハマダラカ・ネッタイシマカ)のTRPA1は28℃から32℃で活性化する一方、温帯域に生息するアカイエカのTRPA1は約22℃で活性化し、両者には10℃近い差がありました(図1)。そこで、実際に行動レベルで温度に対する反応に違いがあるかどうかを調べるために、蚊に22℃と30℃の2つの温度の場所を選ばせる行動実験を行ったところ、アカイエカは30℃を避けましたが、ネッタイシマカは2つの温度を区別しませんでした(図2)。これらの結果から、蚊は進化の過程で温度センサーTRPA1の機能を変化させて生息域の温度環境に適応してきたと考えられます。TRPA1は多くの動物種で侵害刺激(痛み感覚を引き起こす刺激)のセンサーとして機能しています。熱帯域の蚊はTRPA1の活性化温度閾値を高くして、暑い環境を不快と感じなくしてきたと想像できます。
 次に、TRPA1の化学物質に対する応答特性を4種の間で比べました。TRPA1は防虫剤として使われるシトロネラ油によって活性化されることが知られています。TRPA1のシトロネラ油に対する感受性を4種の蚊の間で比べたところ、ガンビエハマダラカとステフェンシハマダラカに比べて、ネッタイシマカとアカイエカは感受性が高いことが分かりました。シトロネラ油の蚊に対する忌避効果が種によって異なる可能性があります。更に、忌避剤として将来的に利用することを期待して、様々な化学物質をTRPA1に作用させたところ、TRPA1の活性化させる化学物質を新たに4種類見つけました。

 富永教授は、「今回の研究によって、蚊が異なる温度環境に適応していく進化の過程で、温度センサーの機能を変化させてきたことが示されました。地球温暖化で熱帯域の蚊が日本でも観察されるようになってきました。TRPA1を活性化する新しい化学物質の発見は、蚊の忌避剤の開発につながるでしょう。」と話しています。

本研究は日本学術振興会科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

今回の発見

  1. 高温の受容に関わるセンサーTRPA1の機能が、熱帯域に生息する蚊と温帯域に生息する蚊では異なることを発見しました。
  2. 熱帯域の蚊と温帯域の蚊では忌避する温度が異なることを明らかにしました。
  3.  防虫剤であるシトロネラ油に対するTRPA1の感受性が蚊の種間で異なることを発見しました。
  4. TRPA1を活性化する新たな化学物質を発見しました。

図1 熱帯域と温帯域に生息する4種の蚊の高温センサーTRPA1の温度応答特性

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熱帯域に生息する3種の蚊(ガンビエハマダラカ・ステフェンシハマダラカ・ネッタイシマカ)と温帯域に生息するアカイエカのTRPA1の熱による活性化温度域値を示しています。

図2 ネッタイシマカ(熱帯域)とアカイエカ(温帯域)の温度依存性行動

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22℃と30℃のプレートを用いた蚊の行動実験で、アカイエカは30℃を避けましたが、ネッタイシマカは2つの温度差を区別しませんでした。

用語解説

1)    TRPA1(トリップエイワン):温度や化学物質のセンサー分子。ほとんどの動物種において刺激として認識される化学物質の受容を担っている。ヒトではTRPA1は低温のセンサーであると報告されているが、昆虫では高温のセンサーとして働いている。

この研究の社会的意義

今回の研究成果は、忌避行動に関わるTRPA1の特性が蚊の種によって異なることを明らかにしました。蚊に対する忌避剤の効果が種によって異なる可能性があり、将来的により効果的な防除法を開発するために有用な情報となることが期待されます。

論文情報

Diverse sensitivities of TRPA1 from different mosquito species to thermal and chemical stimuli
Authors: Tianbang Li, Claire T. Saito, Tomoyuki Hikitsuchi, Yoshihiro Inoguchi, Honami Mitsuishi, Shigeru Saito, and Makoto Tominaga
Journal: Scientific Reports

お問い合わせ先

<研究に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所細胞生理研究部門/生命創成探究センター
教授 富永 真琴 (トミナガ マコト)

自然科学研究機構 生理学研究所細胞生理研究部門/生命創成探究センター
助教 齋藤 茂 (サイトウ シゲル)

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室

リリース元

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