ご挨拶

オシロロジーは何を目指すのか?

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自然科学研究機構生理学研究所
南部 篤

 オシロロジーoscillologyとは、発振oscillationに学問を表すologyをつけた新語です。発振現象、とくに神経における非線形な発振現象からヒトの人たる所以を理解しようという学問です。

 ヒトも含め動物の脳には、様々な発振現象が見られます。例えばミクロなレベルでは細胞内でのカルシウムイオンの振動現象であったり、ネットワークレベルでは神経細胞の発振現象であったり、またマクロなレベルでは頭蓋上から観察される脳波などです。周波数も活動電位で見られるように100Hzを超えるものから、概日リズムや性周期など日以上に渡るものまでと、非常に広範囲です。生体は、これらのリズムをうまく制御することにより、正常な機能を果たしていると考えられます。一方、様々な疾患の際には、正常な発振現象が破綻したり、また異常な発振現象が出現します。例えば、てんかん発作時の異常脳波とか、パーキンソン病の際に大脳基底核で観察されるβ帯域の発振現象などです。これらは、病態に深く関わっており、また介入・制御することで、病気を治療することが可能です。実際、パーキンソン病に脳深部刺激療法を行うとβ発振が消失し、症状が軽快します。このように、発振現象という視点から、脳の正常な機能や、疾患時の病態を理解することは有効な方法であり、さらには治療にもつながると考えられます。

 一方、ヒトが人たる所以であるヒューマンネイチャーを理解する上においても、このような発振の考え方が役に立つのではないかと思います。例えば、人は常に合理的な判断をするのではなく、時として非合理な判断をし、それが社会や経済を動かしたりします。このような非合理さも脳の発振現象や非線形な性質から導き出されるのではないかと思います。

 このような観点から生体における発振現象を探索することが、本研究の第一の目的です。しかし、闇雲に発振現象を調べていたのでは、本質的なことは見えてきません。様々な発振現象の基盤にある生体の性質を明らかにするために、非線形数理科学、複雑系科学、数理工学的な手法により、様々な生体の発振現象を統一的に理解するモデルを作成します。これが第2の目的です。さらに、生体の発振現象に介入することにより、生体の機能を制御したり、病態を変化させます。このことにより、発振の因果的な意味を明らかにし、さらには治療法の開発を目指します。これが第3の目的です。

 ところで、発振現象は、これまでもよく観察され、その数理モデルも長い間よく研究されてきました。だからこそ、様々なレベルにおいて目に付きやすい現象で、多くの人が取り組める課題でもあります。本領域には、基礎医学と臨床医学の実験研究者と理論研究者の3者が集まっています。この3者が独自に研究すると同時に、これらを融合した研究を目指します。また、研究の融合ばかりでなく、最終的にはこれら3者を理解・駆使できるような融合的な人材の育成も目指します。

 皆様のご支援とご助言を賜われればと存じます。