1. 生理学研究所の現状と将来計画

1.1 生理学研究所の現況

生理学研究所は人体基礎生理学研究機関として唯一の大学共同利用機関であり、人体の生命活動の総合的な解明を究極の目標としている。ここでは分子から細胞、組織、システム、個体にわたる各レベルにおいて先導的な研究を行うと共に、それらのレベルを有機的に統合する研究を行うことを使命としている。

2007年度には所長の交代があり、岡田泰伸が新たに所長に就任した。これを機に生理学研究所の使命が見直され、以下のように明確化された。

生理学研究所は、分子から細胞、組織、器官、そしてシステム、個体にわたる各レベルにおいて先導的な研究をすると共に、それら各レベルにおける研究成果を有機的に統合し、生体の働き(機能)とその仕組み(機構:メカニズム)を解明することを第1の使命とする。
生理学研究所は、全国の国公私立大学をはじめとする国内外の他研究機関との間で共同研究を推進するとともに、配備されている最先端研究施設・設備・データベース・研究手法・会議用施設等を全国的な共同利用に供することを第2の使命とする。
生理学研究所は総合研究大学院大学・生命科学研究科・生理科学専攻の担当や、トレーニングコースや各種教育講座の開催によって、国際的な生理科学研究者へと大学院生や若手研究者を育成すること、そして全国の大学・研究機関へと人材供給すること、更には人体の働き(機能)とその仕組み(メカニズム)についての初等・中等教育パートナー活動や学術情報発信活動によって未来の若手研究者を発掘・育成することを第3の使命とする

これらの使命をすべて全うするためには、現在の部門・施設数やスタッフ数ではもちろん充分とはいえないが、限られた力を有機的に発揮することによって能率よく目的達成を果たすことの出来る研究組織体制を(改組を適宜行いながら)作るようにしている。

生理学研究所の研究教育活動の概況

現在の生理学研究所の活動状況を上記の使命ごとに要約した。

1)生理学研究所は分子から個体までの各レベルでの研究者を擁し、人体の機能とそのメカニズムに関する国際的トップレベルの研究を展開し、先導的研究機関としての使命を果している。その研究の質の高さは、生理学研究所がカバーする生物学・医学分野や神経科学分野において岡崎の研究者が論文引用度ランキング1位(http://www.nips.ac.jp/news/15.pdfを参照)を占め続けていることからもうかがえる。最近発刊された「学問前線2006“理科系100分野”大学ランキング 生命誕生からユビキタスまで」(河合塾)によれば、生理学研究所は神経科学分野でトップレベルにランクされ、特に神経生理学では日本で第1位、世界でも10位以内にランクされている。現在在籍している専任教授17名の内で、何らかの形で脳・神経の研究に携わるものは16名、バイオ分子センサーの研究に携わるものは11名であり、この2つを主軸にして研究が進行している。生理学研究所は特定領域研究「細胞感覚」を中核的に推進し、また特定領域研究「統合脳」や「神経グリア回路網」においても重要な役割を果たし、これらの研究分野の形成・発展に貢献してきた。このように最先端の実験装置・技術を配備・駆使しながら優れた生理科学研究を行う世界的トップランナーであり続けることが、大学共同利用機関としてのミッションを真に果たしていくための前提要件である。

2)生理学研究所の大学共同利用機関としての使命は、次のように多様な形で果されている。

第1に、世界唯一の生物専用の超高圧電子顕微鏡や、脳科学研究用に特化改良された全頭型の脳磁計、またヒトや実験動物において計測可能な3テスラ磁気共鳴装置である機能的MRI生理動画像解析装置など、他の機関には配備されていないような優れた特徴をもつ最高度大型機器を多数(2006年度34件、2007年度37件公募採択)の「共同利用実験」に供している。

第2には、世界最高深部における生体内リアルタイム微小形態観察を可能とした二光子励起レーザ顕微鏡や、無固定・無染色氷包埋標本の超微小形態観察を世界で初めて可能とした極低温位相差電子顕微鏡などの、生理学研究所自らが開発した高度の研究技術を中核に、多数(2006年度59件、2007年度56件公募採択)の「一般共同研究」および「バイオ分子センサー計画共同研究」に供している。加えて、「日米科学技術協力事業脳研究分野(日米脳)共同研究」の日本側中核機関として、主体的に参加すると共に、全国の研究機関と米国研究機関との共同研究(毎年7-8件)を共同利用的に支援している。

第3には、「行動・代謝分子解析センター」の「遺伝子改変動物室」を立上げ、遺伝子改変マウスやラットを「遺伝子改変動物計画共同研究」(2006年度4件、2007年度4件公募採択)に供している。更には、「ニホンザル・ナショナルバイオリソースプロジェクト」の中核機関を2002年度より担当し、実験動物としてのニホンザルを全国の実験研究者に供給することを2006年度より開始している。このプロジェクトは2007年度からさらに5年間更新され、供給数を増加させる体制も整った。

第4には、研究会やシンポジウム開催のための「岡崎コンファレンスセンター」をはじめとする各種会議室、および岡崎共同利用研究者宿泊施設(「三島ロッジ」)をフル稼働させて、多数(2006年度25件、2007年度26件公募採択)の「研究会」を全国の大学・研究機関の研究者からの希望を募って開催している。これらを通じて全国的な共同研究の促進をはかり、新たな研究分野の創出や特定領域研究の立ち上げなどを生み出してきた。

第5には、最新の生理科学研究・教育情報を生理研ホームページから発信し、高い国民からのアクセス数(2005年度1,220万件、2006年度1,369万件、2007年度推計1,700万件以上)を得ている。また、各種市民講座や医師会講演や国研セミナーや「生理研サイエンスレンジャー」およびスーパーサイエンスハイスクール(SSH)などを通じて、市民・医師・小中学校教師・小中高校生にも学術情報発信につとめている。このような広報活動機能をさらに強化するため、2007年度より広報展開推進室を立ち上げ、准教授を新たに1名採用した。

3)総合研究大学院大学生命科学研究科生理科学専攻を担当する生理学研究所は、国際的に第一線の生理科学研究者を育成・供給する使命を果している。ちなみに、2006年度は12名の学位取得者を生み、今年度は少なくとも10名が同様の見込みである。過去10年間の学位取得者100名のうちの24名が留学生であり、そのうちの18名がアジアからの留学生だった。これらの修了者は生理学研究所のみならず国内外の研究機関に職を得て国際的生理科学研究者への道を歩んでいる。さらには、他大学からの大学院生の教育・指導も多数受け持っている。また、生理学研究所では若手生理科学研究者の育成にも重点を置いており、生理科学研究者のキャリアパスの場としても重要な役割を果たしてる。例えば、過去10年間における生理研から全国の大学や研究機関の研究・教育ポストへの転出は、教授・部長として19名、助教授・講師・室長・研究リーダ42名、助手クラス31名にのぼっている。さらには、毎夏「生理科学実験技術トレーニングコース」を開催し、毎回約150名の若手研究者・大学院生・学部学生に対して多種の実験技術の教育・指導を行うなど、全国の若手研究者の育成に種々の形で取り組んでいる。

現在の管理体制

生理学研究所の管理運営は、所長が運営会議(所外及び所内委員より構成)に諮問し、その答申を得ながらリーダーシップを発揮して執り行っている。その実施の役割分担を昨年度より改組し、さらに今年度より研究総主幹を設けた。運営の実施には、予算と企画立案を担当する1名の副所長、点検評価と労務管理を担当する1名の研究総主幹、および共同研究担当、学術情報発信担当、動物実験問題担当、安全衛生・研究倫理担当、教育担当の5名の主幹がその任にあたっている。研究所の運営、研究及び教育等の状況については、自己点検・評価及び外部評価を行い、研究所の活性化を図っている(図1)。

運営会議では、点検評価委員会を設置し、評価を実施している。その実施の責任者には、研究総主幹があたっている。この点検評価報告書に基づき、所長は副所長と協議の上、問題点の解決にむけた企画・立案作業を進め、運営会議に諮りながら所長のリーダーシップのもとに評価結果を活かした管理運営を行っている。

点検評価においてはそのための資料の整理蓄積が重要であり、今年度これを強化するため点検連携資料室を設置した(研究総主幹が室長を併任)。また、点検評価結果を中期計画や年度計画に更に強力に反映させていくために、常設の企画立案委員会を設置した。副所長が委員長を務めている。なお、企画立案委員会の設置は、昨年度の外部評価により企画立案と点検評価の体制を区分すべきであるという指摘を受けて行なわれたものである(図1)。
図1. 2007年度 生理学研究所組織図

現在の研究組織体制

国立大学法人法(平成15年法律第112号)の施行により、「大学共同利用機関法人自然科学研究機構」が2004年4月より設立され、生理学研究所は国立天文台、核融合科学研究所、基礎生物学研究所、分子科学研究所と共に自然科学研究機構を構成している。

生理学研究所の研究組織体制は、2005年11月1日に「行動・代謝分子解析センター」を新設・改組して図1のような体制となっている。「行動・代謝分子解析センター」は生理学研究所における遺伝子改変動物について、神経活動や代謝活動などのデータに基づいて行動様式を解析するとともに、同センターが管理する施設・設備・動物を研究所内外の研究者の共同利用に供することを目的にしている。現在、すでに「遺伝子改変動物作製室」を立上げ、遺伝子改変マウスのみならず遺伝子改変ラットを作成し、計画共同研究「遺伝子操作モデル動物の生理学的、神経科学的研究」を通じて全国大学共同利用に供し始めている。遺伝子改変動物作成が軌道に乗り始めた現在、その行動様式を多角的・定量的に解析し、これを共同利用研究に供するための組織体制の整備が緊急の課題となっている。課題として残されていた「行動様式解析室」と「代謝・生理解析室」の立上げのうち、前者については、客員教授となっていただいた宮川剛教授のご指導を得ながら来年度中の実質的な可動を目指している。また図1にあるように“点検連携資料室”と“広報展開推進室”の2室を新設した。

常勤職員としては、所長1、専任教授17、准教授20、助教36、技術職員31、計105のポストがあり、現在選考中の教授・准教授・助教若干名をのぞき、殆どのポストが充足している。更に2005年度から、数名の特任助手(2007年度から特任助教に改称)を採用している。

従来、助教等の研究教育職員(常勤研究スタッフ)の研究部門への配置は、教授採用時の条件を尊重することが基本的な考え方とされてきた。しかし研究部門数の増加に助教のポストの増加が伴わなかったため、もともと基本的な研究部門の人員構成とされてきた教授1、准教授1、助教2という配置を行うことができない状況が続いていた。今年度より、基本人員構成を教授1、准教授1、助教1および特任助教1とすることとした。また生理研非常勤研究員の配置の方法を変更し、各研究部門に1名(ただし終了後、採用期間の半分の期間は新たな研究員を生理研経費で雇うことはできない)とした。(研究教育職員の任期制については再任評価を参照。)

技術課は付表のように、課長の下に研究系と研究施設を担当する2つの班で構成され、課員は各研究部門・施設・センターに出向して技術支援を行うと共に、課として研究所全般の行事の支援や労働安全衛生に力を注ぎ、全国の技術者の交流事業の中核を担っている。

現在の財務状況

自然科学研究機構への2007年度の運営費交付金の予算配分額は、5研究所、本部、特別教育研究経費を合わせてそれぞれ30,558,225千円であり、その内生理学研究所へは総計1,486,002千円の配分があった。若手研究者育成のための経費として機構長裁量経費から2007年度は1,800千円の追加配分が行われた。運営費交付金の人件費と物件費には効率化係数がかかり、2005年度に比して2006年度は4,460千円の、2007年度は2006年度より更に22,920千円の減額となっており、2008年度にも更に相当の減額が予定されている。しかし、分野間連携経費としての配分の結果、2005, 2006年度ともほぼ2004年度並という結果となったが、2007年度には分野間連携経費が15%減額される予定であり、2004-2006年度(およびそれ以前)に比べて2007年度はかなり厳しい財政状況となるものと予測される。ここ2年間の運営費交付金に占める常勤職員人件費の割合は60%であり、非常勤職員人件費をあわせると人件費がおよそ69%を占めた。(実際には各種外部資金や総合研究大学院大学運営交付金からも非常勤職員人件費が支出されているので、人件費総額は更に大きなものとなる。)

総合研究大学院大学の2007年度運営費交付金からの生理学研究所への配分は60,474千円であり、これらはすべて(大学院生の研究費以外の)大学院教育関係経費に支出された。特に、RA経費として平成19年度に21,108千円を配分した。

競争的資金

2007年度の外部資金の獲得状況は、委任経理金34件、産学連携研究費23件、科学研究費補助金(科研費)123件、科学技術振興機構研究費10件、ナショナルバイオリソース3件である。なお、生理学研究所(統合バイオを除く)の2007年度の新規科研費の採択率は50.8%(全国2位、理系では1位)であった。

概算要求

特別教育研究経費要求(概算要求)は、継続事項の超高圧電子顕微鏡、生理動態画像解析装置(fMRI)及びSQUID生体磁気測定システム(MEG)に関わる実験経費としての「多次元ニューロイメージングによる生体機能解析共同利用実験」と、日米脳科学共同研究に関わる「脳機能の要素的基礎と統合機構研究」は採択されたが、新規事項の採択は行われなかった。但し、これらの継続事項についての2007年度の配分額は、これまでの1%減となった。自然科学研究機構全体から申請された「分野間連携による学術的・国際的研究拠点形成」は2005年度から採択され、その中で生理学研究所は「バイオ分子センサーの学際的・融合的共同研究」事業を担っている。また、他の研究所が担っている事業にも生理学研究所の多くの研究者が参加している。

1.2 生理学研究所における研究の当面の柱

生理学研究所はその第1の使命を果たすために、当面の間、次の5つを柱にして脳と人体の機能と仕組みの研究を推進していく(図2)

図2. 生理学研究所の現在の研究の5本の柱

1. 機能分子の働きとその動作・制御機構の解明 —分子・超分子から細胞への統合を—

すべての細胞の働き(機能)は分子群の働きとそれらの協同によって支えられており、生理学研究所では、その詳細の解明を目指している。

特に、チャネル、レセプター、センサー、酵素などの機能タンパク質と、それらの分子複合体(超分子)の構造と機能及びその動作・制御メカニズムを解析し、細胞機能へと統合し、それらの異常・破綻による病態や細胞死メカニズムを解明する。また、神経系細胞の分化・移動や脳構造形成などに関与する機能分子を見いだし、その動作メカニズムを解明する。また、その分子異常による病態を明らかにする。

2. 生体恒常性維持機構と脳神経情報処理機構の解明 —主としてマウス・ラットを用いて、細胞から組織・器官・個体への統合を—

生体恒常性維持と脳神経情報処理の働きは、不可分の関係を持ちながら人体の働きにおいて最も重要な役割を果たしている。それゆえ、生理学研究所ではそれらのメカニズムの解明に、最も大きな力を注いでいる。

特に、疼痛関連行動、摂食行動、睡眠・覚醒と体温・代謝調節などの生体恒常性維持の遺伝子基盤及びそれらの環境依存性・発達・適応(異常)の解析を、そしてシナプス伝達機構や、神経回路網の基本的情報処理機能、およびニューロン-グリア-血管ネットワーク連関の解析から、脳の可塑性(とその異常による病態)の解明を、主としてマウスとラットを用いて行う。

3. 認知行動機能の解明 —主としてニホンザルを用いて、脳と他器官の相互作用から個体への統合を—

ヒトの脳機能の多くと相同性を示すのは、ニホンザルなどのマカクザル以上の霊長類であり、生理学研究所はニホンザルを用いての脳研究に力をいれている。

特に、視覚、聴覚、嗅覚、他者の認知、注意や随意運動などの認知行動機能の解明には、ニホンザル(などのマカクザル)を用いた脳と他の感覚器官や運動器官との相互関係に関する研究が不可欠である。これらは、パーキンソン病などの病態解明や、脊髄損傷・大脳皮質一次視覚野損傷後の回復機構の解明や、ブレイン-マシン・インターフェイス(BMI)の基盤技術の開発につながる基礎研究となる。

4. より高度な認知行動機構の解明 —主としてヒトにおける脳機能から、からだとこころの相互関係への統合を—

より高度な脳機能の多くは、ヒトの脳のみにおいて特に発達したものであり、生理学研究所では、非侵襲的な方法を用いて、ヒトを対象とした脳研究を展開している。

特に、ヒトにおける顔認知、各種の感覚認知や多種感覚統合、言語、情動、記憶及び社会能力などのより高度な認知行動とその発達(異常)についての研究は、ヒトを用いた非侵襲的な研究によってのみ成し遂げられる。これらの研究によってヒトのこころとからだの結びつきを解明する。また、ヒトの精神発達過程における感受性期(臨界期)を明らかにし、脳・精神発達異常解明のための基礎的情報を与える。

5. 四次元脳・生体分子統合イメージング法の開発 —遺伝子・分子から脳・個体への統合とその時空的変容の可視化を

生理学研究所では、人体と脳に適用可能な各種イメージング装置を配備した唯一の共同利用機関であり、脳と人体の働きとその仕組みを分子のレベルから解明し、それらの発達過程や病態変化過程との関連において、その四次元的(空間的+時間的)なイメージング化に努力してきた。

今後、分子、細胞、脳のスケールを超えた統合をしていくためには、各階層レベルの働きを見る特異的イメージング法とその間をつなぐ相関法の開発が不可欠である(図3)。特に、神経情報のキャリアである神経電流の非侵襲的・大域的可視化はその重要性が指摘されながらも未踏である。サブミリメートル分解能を持つ新しいfMRI法やMEG法(マイクロMRI法/マイクロMEG法)がこの未踏技術に最も近い。この開発を中心に無固定・無染色標本をサブミクロンで可視化する多光子励起レーザー顕微鏡法を開発し、レーザー顕微鏡用標本をそのままナノメーター分解能で可視化することができる極低温位相差超高圧電子顕微鏡を開発して、これに接続させる。一方ヒト脳へと接続させる相関法としては分子イメージングを可能とするMRI 分子プローブ法を開発する。これらの三次元イメージングの統合的時間記述(四次元統合イメージング)によって、精神活動を含む脳機能の定量化と、分子レベルからの統合化、およびそれらの実時間的可視化を実現する。

1.3 生理学研究所における共同利用研究

生理学研究所はその第2の使命を果たすために、次の5つを柱にした共同利用研究を推進していく:

1. 最高度大型イメージング機器と最新開発イメージング機器による共同利用研究

世界唯一の生物専用機であり、常時最高性能に維持されている超高圧電子顕微鏡(HVEM)や、脳科学研究用に特化改良された全頭型の脳磁計(MEG)や、ヒトやニホンザルにおいて計測可能な3テスラ磁気共鳴装置である機能的MRI生理動画像解析装置(fMRI)など、他の国内機関では配備されていないような優れた特徴を持つ最高度大型イメージング機器を、国内「共同利用実験」、および「日本科学技術協力事業脳研究分野(日米脳)共同研究」に供する。

世界最高深部における生体脳内リアルタイム微小形態可視化を可能とした二光子励起レーザー顕微鏡や、無固定・無染色氷包埋標本の超微小形態観察を世界で初めて可能とした極低温位相差電子顕微鏡などの、生理学研究所が自ら開発した最新のイメージング装置とその周辺技術をコミュニティにオープンし、その使用を特定した形の「計画共同研究」を、全国の研究者からの公募によって実施していく。

これら生理学研究所が具有するイメージング技術・設備・装置を、全国の国公私立大学・研究機関の研究者からの公募によって実施する「一般共同研究」にも広く供し、発掘された問題への解答や萌芽的な研究の育成にも資するように努めたい。

図3. 脳・人体の生体内分子イメージングの一大センターに

2. 各種研究技術・データベースの共同利用的供給

生理学研究所が持っている最先端で高度の研究技術、研究手法や研究ソフトウェアなどのデータベース化を行いはじめている。また、脳と人体の働きと仕組みに関する科学的に正しい教育用の情報についてもデータベース化していく。これらのデータベースはすべてホームページ上で公開し、共同利用に供していく。

3. 実験動物の共同利用的供給

遺伝子改変マウスのみならず、遺伝子改変ラットを作製し、「計画共同研究」に供していく。更には、「ニホンザル・ナショナルバイオリソースプロジェクト」の中核機関として、脳科学研究実験動物としてのニホンザルを全国の研究者に安定的に供給する。

4. 研究会、国際研究集会、国際シンポジウムの開催

保有している各種会議室、共同利用研究者宿泊施設をフル稼働させて、多数の「研究会」、「国際研究集会」、「国際シンポジウム」を全国の国公私立大学・研究機関の研究者からの公募・審査採択によって開催していく。これらを通じて、新しい人材の生理学・神経科学分野への参入の促進と、全国的・国際的共同研究の更なる促進をはかると共に、全国の研究者による新たな研究分野の創出にも寄与していく。また、生理学研究所は、研究者コミュニティによる今後の研究方向や研究プロジェクトの策定においても、合意形成の場・プラットホームとしての役割を果たしていく。

5. 異分野連携共同研究ネットワークの中心拠点の形成

「脳がいかに形成され、どのような原理で作動しているのか」という脳研究の中心課題の解明には多くの異分野の研究者による連携が不可欠である。このような異分野連携的脳科学研究を推進するために、全国の多様な分野の脳科学研究者の共同研究ネットワークの中心拠点を将来的に担っていく。また、脳科学の多様な分野を理解することができる若手脳科学研究者育成も極めて重要な課題である。このため2008年度の概算要求として「脳科学推進のための異分野連携研究開発・教育中核拠点の形成」を提出した。これはまさにこのような内外のニーズに応えるためのものであった。幸いにもこの課題は採択されたので、生理学研究所は新たに「多次元共同脳科学推進センター」を設立することを決め、全国の脳科学推進と若手研究者育成の拠点となる準備をしている(図4)。

当面、実用化を目指した異分野連携の有用な例としては、BMIの「医工連携」的開発に不可欠の基礎研究を行う「脳内情報抽出表現研究プロジェクト」と、ニホンザル脳への遺伝子発現技術の開発を進める「霊長類脳基盤研究開発プロジェクト」を取り上げる。更には、「脳科学新領域探索研究プロジェクト」を立ち上げることにより、脳科学を軸に新たな共同利用方式を検討し,新たな領域を開拓していくと同時に,脳科学に関連する多くの領域を統合的に理解する若手脳科学研究者育成も行う。

また、生理学研究所は、「岡崎統合バイオサイエンスセンター」の一翼を担い、膜タンパク質構造・機能解析研究における異分野連携的共同研究を推進し、更には「機構内分野間連携事業:バイオ分子センサーの学際的・融合的共同研究」を担当することによって、この研究領域においても異分野連携共同研究を推進していく。

図4. 研究・教育ネットワークの構築と中心拠点の形成

1.4 若手生理科学者・若手脳科学者の育成

生理学研究所はその第3の使命を果たすために、次の5つの取り組みを推進していく

1. 総合研究大学院大学生命科学研究科生理科学専攻としての大学院教育

総合研究大学院大学(総研大)の基盤機関として、めぐまれた研究教育基盤とマンツーマン教育を可能とする豊富な教員数を生かして、5年一貫制大学院教育を行い、国際的生理科学研究者を育成し、全国・世界に人材供給していく。更には、他大学からの受託によっても多数の大学院生の教育・指導を行っていく。

2. 異分野連携大学院脳科学教育プログラムの中心拠点の形成

多様な分野に精通した若手脳神経科学者の育成のために、全国の国公私立大学・研究機関に分散した、(基礎神経科学、分子神経生物学、工学、計算論的神経科学、計算科学、臨床医学、心理学などの)多くの異なる分野の優れた脳科学研究者を集結して、大学の枠を超えたネットワーク的異分野連携大学院教育プログラムを推進する中心拠点を担っていく(図4)。そして、本プログラムの成果や評価に基づき、全国の大学との意見調整によって必要となれば、その発展線上に総研大における「脳神経科学専攻」の新設も目指したい。これは先の項で述べた「脳科学新領域探索研究プロジェクト」を担当する脳科学新領域開拓研究室(設置予定)により推進する。

3. 各種トレーニングコース・レクチャーコースの開催

「生理科学実験技術トレーニングコース」を毎夏開催すると共に、「バイオ分子センサーレクチャーコース」も開催する。また、「異分野連携脳科学実験技術レクチャーコース」や「同トレーニングコース」も近い将来開催する。これらによって、全国の若手研究者・大学院生・学部学生の教育・育成に多彩な形で取り組んでいく。

4. 博士研究員制度の充実化

生理学研究所独自の博士研究員を各部門・施設に最低1名配置し、特任助教や連携研究フェローなどの若手研究者も増員し、毎年公募採択の形で若手研究者育成のための研究費や研究発表のために旅費(国内外)の支援を行っていく。科学研究費補助金(科研費)や日本学術振興会(JSPS)や科学技術振興機構(JST)などの研究費雇用の博士研究員にも、同様の若手育成措置を講ずる。

5. 未来の若手研究者の発掘・育成のためのサイエンスパートナー事業

岡崎市の小中学校の「出前授業」や、岡崎高校の「スーパーサイエンスハイスクール」への協力や、岡崎市内小中学校理科教員を対象とした「国研セミナー」の担当を、これまでと同様に引き受けていき、最新の生理科学・脳科学の学術情報の発信に努める。更には、「人体の働き(機能)とその仕組み(メカニズム)」についての正しい教育をサポートするために、全国の初等・中等・高等学校の教員を対象とするサマースクールを開催する。また、全国の大学教員による初等・中等・高等学校教育へのサイエンスパートナー活動に対する協力・支援も大学共同利用の一環として行なうことを計画中である。これらの活動によって、未来の若手研究者としての子供達を発掘・育成していきたい。

1.5 今後の生理学研究所の運営方向

上記の生理学研究所の使命を果たし、その目標に近づくために、今後の運営において次の5つの点に留意していく: <

生理学研究所は、分子から個体へと統合していくという研究姿勢においても、研究者個人の自由発想に重きをおいて問題発掘的に研究を進めていくという研究態度においても、そして全国の国公私立大学・研究機関から萌芽的研究課題提案を広く受け入れて共同研究を行うという研究所方針においても、あくまでボトムアップ的な形で研究を推進していきたい。

本来、生理学は閉鎖的な学問ではなく、多くの異なる分野との交流によって絶えず自身を革新してゆくべき学問である。また、事実これまでの「ノーベル生理学・医学賞」の対象となった研究の多くは、異分野との交流や、異分野における研究・実験手法の導入によって成し遂げられてきた。従って、生理学や生理学研究所の将来の発展の道は、異分野との交流によって切り拓かれるものと考えられる。今後、異分野連携の全国的なネットワークを構築し、その中心拠点を担っていきたい。幸いにも2008年度に特定教育研究経費として「脳科学推進のための異分野連携研究開発・教育中核拠点の形成」 が採択されたので、「多次元共同脳科学推進センター」を設置し、本課題を強力に推進していく(図4参照)。異分野連携の接点の場として、“膜タンパク質研究”や“バイオ分子センサー研究”などの分子レベルの研究分野のみならず、新しい“四次元脳・人体分子イメージング法開発”というイメージングサイエンスの領域や、更に幅広く、“脳の形成や作動原理の解明”に広げ、特に“BMI開発のための基礎研究”や“ニホンザル脳遺伝子発現技術開発”などの脳科学研究にも求めていきたい。そして、ニホンザルにおける研究で発掘された問題を解決するために、遺伝子改変の可能なマーモセットにおける脳研究にも歩を進めて行きたい。

生理学研究所はヒトの脳の非侵襲的研究のためにMEGやfMRIや近赤外線スペクトロスコピー(NIRS)などのイメージング装置を先駆けて導入・配備して来た。これに加えて、最近、極低温位相差電子顕微鏡法の開発に成功し、更にこれを発展させて極低温位相差超高圧電子顕微鏡法の開発へと歩を進めている。また、多光子励起レーザー顕微鏡法を用いて、生体内(即ち生きたままの)脳イメージングを世界最高深部において可能とする技術を開発し、更にこれを発展させて人体の任意の組織・器官における生体内イメージングを可能とする新しい多光子励起レーザー顕微鏡法の開発へと進みはじめている。今後は更に、人体や動物個体の非侵襲的生体内分子イメージングを可能とするMRI分子プローブの開発も行っていきたい。これらの開発と、マルチな装置や技術の配備とその共同利用化によって、生理学研究所を我が国における脳・人体の生体内分子イメージングの一大センターとして確立したい(図3参照)。

生理学研究所の3つの使命の遂行が、研究者コミュニティや国民からよりよく見える形で行われるように、「広報展開推進室」が中心となって学術情報の発信や広報活動に力を入れて行きたい。その対象の第1はコミュニティの研究者であり、第2は他分野を含めた大学院生や若手研究者であり、第3は生理学を学ぶ種々の学部の学生であり、第4は未来のサイエンティストを育成する初等・中等・高等学校の理科・保健体育の教員であり、第5は納税者としての国民である。いずれの階層をも対象とできるように、ホームページを多層化して充実させ、人体と脳の働きとその仕組みについての、最新で正確でわかりやすい学術情報発信をして行きたい。それらの広報をより効率的かつ視覚的なものとするために、「技術課」と「点検連携資料室」が中心となって、各種の研究・教育・技術情報をデータベース化する取り組みを推し進めている。更には、「技術課」と「点検連携資料室」と「広報展開推進室」が中心となって、空間軸に時間軸を加えた四次元イメージングをまず脳について構築し、それをステップにして、四次元人体イメージングの構築を目指したい。

生理学研究所は、広範囲な生理科学分野や脳神経科学分野の研究者コミュニティによって支えられている。研究所運営は、これまで通りこれらの研究者コミュニティの意向を踏まえて行っていく。更には、研究者コミュニティによる今後の学術研究の方向やプロジェクトの策定、並びに新しい研究資金の獲得方法の構築などにおいて、生理学研究所は合意形成の場・プラットホームとしての役割やハブ機関としての役割も果たしていきたい。

生理学研究所の使命の遂行は、研究者のみによって成し遂げうるものではなく、技術サポートを行う人々、事務サポートを行う人々、そして大学院生の方々など、研究所を構成するすべての職種の人々の協力によってはじめて成し遂げられるものである。全ての構成員が、それぞれの職務に自覚と誇りをもちながら、お互いに協力する活気に満ちた職場環境を作り、広く研究者コミュニティに開かれた運営を行っていきたい。


(付言)

生理学研究所は創設来よりこの30年間、多くの諸先輩および研究者コミュニティの皆様のご努力・ご尽力と、多方面の方々の強力なご支援により、数々の優れた成果をおさめながら着実な発展を遂げてきました。その結果、次のErwin Neher教授(1991年ノーベル生理学・医学賞受賞者)の祝辞(図5)にもあるように、国際的に高い評価を受けてきました。 A National Institute of Physiology - that is what many physiologists world wide are dreaming of. Let me congratulate the Colleagues in Japan on the occasion of the 30th anniversary of SEIRIKEN. You have achieved that dream long time ago and have managed over 30 years to turn it into an excellent and internationally shining research institution.

この伝統と成果を基礎に、私達所員一同更に励み、生理学研究所を今後益々、世界に光り輝く研究所として発展させてまいります。


図5. 30周年記念式典に寄せられた Neher教授の手紙