5 大学院教育・若手研究者育成

5.1 概要

生理学研究所の重要な使命の一つは生理学研究の次代を担うすぐれた若手研究者を育成して大学・研究機関に送りだし、日本および世界の生理学研究の発展に貢献することである。そのために、生理学研究所は大学院生の教育と学位取得後の若手研究者の育成に力を注いでいる。生理学・神経科学の広い視野を持つ優れた人材を育成するためにどのような教育を行っているかについては、これまでの点検評価報告書にも詳しく書いてきた通りである。大学院教育において現在我々が最も重要と考えている課題は、いかにして優れた素質をもつ学生を集めるかということである。生理学研究所は、総合研究大学院大学(総研大)生命科学研究科に属する生理科学専攻の基盤機関であり、生理学研究所で研究指導を受けて学位取得をめざす学生は総研大に入学することになる。総研大は全国各地に分散する主に大学共同利用機関を中心とした国立学術研究機関を基盤として、1988年に日本で最初に設立された大学院大学であるが、いまだに知名度が高いとはいえない。知名度をあげるためには、研究所のすぐれた研究活動や成果の内容を、この分野に進むことを考えている学生にもっと目に見える形で示すことが重要であろう。これについての生理研の取り組みは、広報についての項目で書かれている通りである。その際、生理研という名前だけでなく総研大という名前を表に出すことが重要であると考えられる。またこの分野に進むことを考えている学生が、生理研での実際の活動に触れる機会を提供することも重要であると考えられる。そのために、 体験入学による学生の受入を行っている。また、国内だけでなく外国から優れた留学生を受け入れることも極めて重要であると考えられる。そのために積極的に留学生の受け入れやすい環境の整備や、すぐれた留学生の発掘に努めている。以下には、それらの試みについて項目を分けて記述する。次にすでに行っている教育や学生指導についての問題点を探るために、 学生を対象に実施したアンケートについて記述する。最後に生命科学研究科において広い視野をもつ学生を育てるために行っている 研究科合同セミナーを今年は生理科学専攻主催で実施したので、それについて記述する。

5.2 体験入学

大学院進学先を探している学部学生、大学院修士課程学生を対象に生理学研究所での大学院生活、研究生活がどのようなものか実地体験する「体験入学プログラム」を2004年度から行っている。学生は、希望した部門と相談の上、7月--9月の中で1週間程度滞在した。北海道から沖縄まで幅広い地域や学部から21名の参加があった。学生の滞在費(宿泊費)と旅費は、総研大の予算「特定教育研究経費」よりサポートを行っている。このような活動は、急な効果は望めないかもしれないが、長い目でみて学部学生や院生の間での生理研(総研大)の認知度が向上することにつながるものと考えている。また、今年度は新たな試みとして、海外からの学生の募集も行った。ネパール、中国、韓国から合計3名が、約1ケ月間滞在し実際の研究活動を見学したり、一部の実験に参加した。行われている研究の内容を理解する事は必ずしも容易ではないが、生理研に備えられている多くの実験機器は最先端のものが多く、海外の学生には新鮮に映ったようである。また、このような環境で既に大学院生活を送っている留学生と話す事で、研究生活の実態についてよく理解できたと思われる。受け入れ側にとっても学生との議論を通じて彼らの希望や潜在的能力を知る機会として有用であった。このように海外体験入学は国外のこれから研究者を目指そうとする若手に生理学研究所の紹介を行えるばかりでなく、海外からの生理学研究所への留学を身近に実感させることが可能であり、またそれぞれの学生の可能性を知る上でも非常に有意義であった。より多くの優秀な学生を大学院に受け入れるためにも、今後も是非継続をするべきである。人選に関しては書面などで、あらかじめ審査し選抜することも必要である。また、ビザなどの関係で、必ずしも上記期間に限らない方が良いと思われる。

5.3 留学生関係

総研大生命科学研究科では、従来より英語による国際大学院コースを実施していたが、本年度より文部科学省の「国費外国人留学生(研究留学生)の優先配置を行う特別プログラム」の実施が認められ、毎年3名の国費留学生が配置されることになった。特に生理科学専攻では、過去に最も多くの外国人留学生を受け入れてきた実績があり、今年度は国費留学生1名を含む3名(ネパール、パキスタン、中国より各1名)が5年一貫性のプログラムに入学した。本プログラムではすべて英語による教育を行う事になっており、講義やe-ラーニングについても英語化が進んでいる。また日本での生活がスムーズに行えるよう、上級生のチューターによるサポートや人的交流促進のための催しも数多く行われている。また十分な経済的サポートが得られる国費留学生はもちろん、それ以外の優秀な私費留学生についても、生理学研究所奨学金による授業料の補助や毎月5万円の支給を行い、勉学、研究活動に専念できるよう配慮している。

また、本年度はこの特別プログラムの実施に伴い、優秀な留学生の受け入れに向けて英語のホームページを拡大、充実させた。特に国費留学生が毎年配置されることや生理学研究所奨学金によるサポートの具体的内容を明記した結果、今年度だけでアジアを中心とする多くの国から50件を超える問い合わせがあった。また、中国、ハンガリー、インドなどで生理科学専攻の教授による現地面接を実施し、それぞれ4--5名の留学希望者と直接面談することによって、優秀な候補者を選抜している。これらの現地面接、電子メールのやり取り、電話による会談等を通じ、最終的に来年度の特別プログラム受験者4--5名を絞込み、所長招聘による来日と留学生試験の実施を2月に予定している。

5.4 学生アンケート

学生のおかれている状況を把握し、適切な対応をするための基礎データを得るために、2006年12月から1月にかけて総研大が在学生に対してアンケート調査を実施した。生理科学専攻について教育に関しての結果を以下に要約する。在学生61名に対してアンケートを行い、回答者は34名(55.7%)であった。このうち5年一貫制課程は18名、後期3年次編入は16名である。

Q. 一般科目(基礎科目、総合科目などの専門科目以外)について、十分なだけの種類の科目が開講されていると思いますか

1. 強く思う 3人 8.8%
2. 思う 7人 20.6%
3. どちらともいえない 16人 47.1%
4. 思わない 5人 14.7%
5. 全く思わない 1人 2.9%
6. 判断できない 2人 5.9%
  34人 100.0%

Q. 一般科目(基礎科目、総合科目などの専門科目以外)について、これまで履修した科目の内容には満足していますか
1. すべての科目について満足している 6人 17.6%
2. ほとんどの科目について満足している 11人 32.4%
3. 満足した科目は、ほぼ半分くらいである 7人 20.6%
4. ほとんどの科目について不満である 3人 8.8%
5. すべての科目について不満である 1人 2.9%
6. まだ1科目も履修していない 2人 5.9%
  30人 88.2%
  未回答 4人  

Q. 専門科目について、研究をすすめていく上で十分なだけの種類の科目が開講されていると思いますか
1. 強く思う 4人 11.8%
2. 思う 9人 26.5%
3. どちらともいえない 10人 29.4%
4. 思わない 8人 23.5%
5. 全く思わない 1人 2.9%
6. 判断できない 1人 2.9%
  33人 97.1%
  未回答 1人  

Q. 専門科目について、これまでに履修した科目の内容には満足していますか

1. すべての科目に満足している 6人 17.6%
2. ほとんどの科目に満足している 9人 26.5%
3. 満足した科目は、ほぼ半分くらいである 9人 26.5%
4. ほとんどの科目について不満である 3人 8.8%
5. すべての科目について不満である 0人 0.0%
6. まだ1科目も履修していない 2人 5.9%
  29人 85.3%
  未回答 5人  

Q. 現在受けている研究指導に満足していますか

1. 大いに満足している 11人 32.4%
2. 満足している 9人 26.5%
3. どちらかといえば満足している 6人 17.6%
4. どちらとも言えない 4人 11.8%
5. どちらかといえば不満である 3人 8.8%
6. 不満である 0人 0.0%
7. おおいに不満である 0人 0.0%
  33人 97.1%
  未回答 1人  

研究指導全体については約8割がある程度以上満足していると見なされるが、個々の内容については必ずしも満足度が高いとは言えず、今後具体的にどのような点に問題があるかも含めて検討し改善をはかっていく必要があるものと思われる。

またこれとは別に生理学研究所・基礎生物学研究所・分子科学研究所の総研大生と特別共同利用研究員を対象に、メンタルヘルス関係のアンケートも行った。2007年8月に無記名でWEBサイト上で回答を行ってもらったところ、回収率は21%であった。研究の進行状況や、自分の能力や可能性、卒業後の進路、研究テーマなど研究関係の悩みが多いが、研究環境や人間関係、セクハラやアカハラなどの悩みを抱えている人もいた。悩みの相談先としては、先輩、友人、家族などが多いが、相談する人がいないとの回答もあった。一方、メンタルヘルス相談に関しての認知度は高いが、留学生には知られていないようである。今後、更なる所属研究室での細やかなサポートや、メンタル相談の充実(英語での対応など)、とくに相談しやすい環境をつくる必要性があると思われる。また、他専攻との交流が盛んではないので、これからの交流の増加が望むとの声も多かった。一方、施設・設備や経済的支援に関しては、十分であるとの意見が多い傾向にあった。

5.5 生命科学・先導科学研究科合同セミナー

2007年10月30・31日、第4回生命科学・先導科学研究科合同セミナーが岡崎コンファレンスセンターにて開催された。本年度は生理科学専攻が運営を受け持った。生理学研究所、基礎生物学研究所、国立遺伝学研究所、先導科学研究科の4専攻の教員・学生、合計232名が参加した。第3回までは生命科学研究科の3専攻による研究科内の合同セミナーであったが、今年度は生命共生体進化学専攻が学生受入を開始して実質的に立ち上がったこともあり、先導科学研究科も加わり、総研大で生命科学に関わるすべての専攻が合同で行うセミナーとなった。学生による口頭発表、教員・外部講師による講演に加え、ポスター発表が行われた。136題のポスター発表があり、活発な意見交換が行われた。ポスター発表ではまた、本年初めて各自のポスター内容を数分で説明するポスターツアーが実施された。さらに、企業によるポスター展示も行われ、企業の研究活動や企業が必要とする人材などについて紹介された。企業への参加の呼びかけが9月下旬に決まったこともあり、参加企業は1社のみであったが、今後、このような企業との連携は学生の卒業後の進路を決定するための重要な手助けになると期待される。また、31日には4専攻の学生教育担当教員が集まり、学生教育の現状、問題点などが話し合われた。

セミナー終了直後に回収したアンケートでは、今回の合同セミナーは概ね良い評価が得られた。特にポスター発表は高い評価であった。しかし、留学生が参加するポスター発表においてポスター発表を英語で行うことが決められていたにもかかわらず、そのことが徹底されていないなど、問題点も指摘された。合同セミナーの英語化は今後の重要な検討課題である。

合同セミナーは、生命科学の様々な分野の発展を学生並びに教員が直接接することにより、広い視野を持つ学生を育成するとともに、共同研究の機会を作ることによって最終的には新しい研究分野の創出を目指すものである。普段接することの少ない4専攻が一同に集い、最新の研究を紹介する合同セミナーは今後ますますその重要性を増すと考えられる。