7. 研究にかかわる倫理

7.1 ヒトを対象とする研究に関する倫理問題

生理学研究所ではヒトの脳活動の研究が行われているため、倫理委員会においてヒトを対象とする実験計画を審査してきた。主な実験は、脳磁計、磁気共鳴画像装置による脳イメージングである。また最近では、経頭蓋磁気刺激により脳機能を局所的に短時間低下させる方法が用いられている。これらの測定方法を用いた研究のガイドラインは、日本神経科学学会において“「ヒト脳機能の非侵襲的研究」の倫理問題等に関する指針”(2001年1月20日)としてまとめられている。生理学研究所の倫理委員会ではこの指針を基準とし、さらにその他いろいろな条件を考慮し、実験計画の可否を判断している。

生理学研究所倫理委員会には、外部委員として岡崎市医師会会長等の先生に長年ご参加していただいてきた。しかし昨今の考え方として、倫理委員会の構成員には医療関係者以外の外部委員が含まれることが好ましいとされている。また女性が委員に含まれていることが望ましいとされている。構成員の変更については検討していく必要がある。

脳の研究の進歩は、人類に恩恵をもたらすと期待されているが、一方、倫理的な問題を引き起こす可能性もあると指摘されている。神経科学の倫理的側面をあつかう神経倫理Neuroethicsは、特に数年前より注目されてきている。生理学研究所でも今後ブレイン-マシン・インターフェイスなどの研究を進めるに当たっては、神経倫理の領域にも近づくこととなり、倫理委員会のシステムも検討する必要が出てくるかも知れない。

7.2 ヒト由来の材料を用いる研究

ヒトの遺伝子解析に関しては、「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」(平成13年3月)が文部科学省・厚生労働省・経済産業省の3省から出されている。この指針は、遺伝子情報を扱う場合の管理、匿名化に重点が置かれている。この指針に対応するために、岡崎3機関では、生命倫理審査委員会を設置している。生理学研究所でヒトゲノムを扱う場合は、既に匿名化された試料の解析なので、依頼元での手続きが的確に行われているかが審査の要点となる。

「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」は、遺伝子解析に関しては取り扱いを厳しく定めているが、タンパク・糖鎖などについては詳細には言及していない。生理学研究所では、ゲノム以外のヒト材料を使用する場合も把握しておく必要があるとの考え方から、ヒト材料を研究に用いる場合には、生理学研究所 倫理委員会 委員長にゲノム研究に準じた書類を届け出ること、としてきた。

文部科学省・厚生労働省から出されていた「疫学研究に関する倫理指針」(平成14年6月17日)が平成19年8月16日に全部改正された。この指針では、倫理的妥当性の確保、個人情報の保護、インフォームド・コンセントの受領等が強調されており、また人体から採取された試料を用いる場合の手続きが定められており、倫理委員会での審査が求められている。ゲノム以外のヒト材料を用いる研究計画の審査を、どのように行うか現在検討中である。

7.3 研究活動上の不正行為の防止

2006(平成18)年8月に文部科学省から「競争的資金に係る研究活動における不正行為対応ガイドライン」が出された。このガイドラインは、捏造、改ざん、盗用などの不正行為を扱ったものである。これに基づき、自然科学研究機構では「研究活動上の不正行為の防止に関するタスクフォース」 が立ち上げられた。メンバーは、勝木元也理事(研究者倫理担当)を主査とし、唐牛宏教授(国立天文台)、須藤滋教授(核融合)、長濱嘉孝教授(基生研)、久保義弘教授(生理研)、西信之教授(分子研)である。

2007(平成19)年10月10日に、第1回のタスクフォース委員会が開催され、今後、作成を進める「文部科学省のガイドラインに基づく取り組み」、「不正行為を防止するための基本方針」、「不正行為への対応に関する規程」、「不正行為に関する通報窓口規程」、「不正行為防止委員会規程」に関する議論を行った。

その議論に基づき、生理研では、10月26 日の運営会議および11月13日の教授会議において、そもそも不正行為はなぜ起こるのか、未然に防ぐためには何を行うべきか、大学等共同利用機関という性質ゆえに特に考慮するべき点は何かについて、運営会議の外部委員を交えて議論した。その結果を、2008(平成20)年1月23日の第2回タスクフォース委員会にて報告した。

7.4 研究費の不正使用防止

生理学研究所で用いられている研究費の多くは税金に由来するものであり、その使用は厳正に行なわれなくてはならない。新聞報道等によると、いまだに研究費の不正使用が行なわれている大学等があるとのことである。

研究費を私的に流用することは論外であることは言うまでもないが、報道されている研究費の不正使用は、次年度の研究資金を確保するために、不正を行ったという場合が多い。消耗品を購入したことにして伝票の処理を行ない、その研究費を次年度に使用するという、いわゆる業者への“預け金”という方法である。科研費等の使用が可能となるのは年度が始まってから数ヶ月してからであるため、その間の空白を埋めるために、“預け金”の行為が行なわれていた様である。このような制度的な問題をなくすために、自然科学研究機構では、運営費交付金による支払いを年度始めから出来る様にしている。また文部科学省の科研費の次年度への繰り越しについては、いろいろな制限があるものの、条件さえそろえば繰り越しができるように制度が整備されてきている。

研究費の不正使用が防止のため、自然科学研究機構では、競争的資金等取扱規程、競争的資金等の不正使用防止委員会規程等を2007年10月に定めた。

事務監査の結果導入された調達課による検収の制度は、研究費の不正使用防止のために、業者が物品を納入する場合に調達課にて確認の印を得るシステムである。業者にとっては手間がかかるシステムであるが、不正防止のためには仕方のない措置であろう。ただし郵送・宅急便等で直接研究室に配送される物品はこのシステムからは外れているため、調達課では様々な努力を行なっている。最近、オンラインで発注する機会が増加していること等を考えると、効果的で効率的な検収システムの工夫が重要となってくると思われる。

以前、科研費の使途は限られていた。現在は学会参加費を含め使途がかなり拡大されているのは研究者にとってありがたいことである。しかしながら不正でなければ研究費をどのように使用してもよいということではない。無駄を省いて研究費を有効に使用し、研究成果を上げるように努力するが期待されている。生理学研究所には多額の競争的資金を獲得している研究者が多くいるが、単に不正使用をしないという以上の厳しい考えと実践が要求される。

なお府省庁研究開発システム(e-Rad)の準備が現在進められている。競争的資金の配分は、各省庁がお互いほとんど無関係に行なわれてきた。他の競争的資金の獲得状況は、自己申請により把握されていた。研究計画書では一見内容の異なる研究計画であっても、実際はかなりの部分が重複するような場合、それをチェックすることは不可能であった。本システムは競争的資金の出願、採択、実績の状況を一元的に把握するものである。競争的資金の大型化が進むとともに、研究費の集中化が最近特に進行しているが、過度の集中化を是正するために設けられたシステムであると理解される。このシステムは2008年1月から運用される。

7.5 セクシュアルハラスメントの防止

2007(平成19)年度には、3回の岡崎3機関セクシャル・ハラスメント防止委員会(委員長:西村幹夫基生研教授)を開催し、セクシャル・ハラスメント(SH)防止活動協力員の指名を含む相談体制の向上を検討した。また、SHに対する意識および動向の把握のため、岡崎3機関の構成員全員に対し、前回(2002(平成14)年度)に引き続き匿名アンケート調査を行なった。現在アンケートの集計分析を進めている。また、一層のSH防止に向けて、防止ビデオの閲覧の徹底をおこなうため研究室での回覧を実施した。また、外来講師(お茶の水大学教授 戒能民江氏)によるSH防止活動協力員への研修会を行なった。

7.6 モラルハラスメントの防止

ハラスメントにはいろいろな種類があり、パワーハラスメント(パワハラ)、アカデミックハラスメント(アカハラ)などと呼ばれるものが比較的よく知られている。このようなハラスメントの相談窓口が9月より開設された。相談員は生理研名誉教授、分子研名誉教授であり、週2回開いている。