2 国際共同研究

2.1生理学研究所に長期滞在した外国人研究者との共同研究

(A) 統合生理研究系生体システム研究部門

共同研究者:喜多 均 教授 (テネシー大学医学部, USA)

研究テーマ:霊長類を用いた大脳基底核の機能に関する研究

喜多博士は大脳基底核における世界的な研究者の一人であり、主にラットを用いて電気生理学的手法や神経解剖学的手法など、幅広い方法を駆使して、大脳基底核について機能と形態の両面から明らかにする研究を行っている。なかでも喜多博士らが提唱した、視床下核が大脳基底核全般に影響を与え、大脳基底核全体のドライビングフォースになっているという概念は、広く受け入れられ高く評価されている。喜多博士と生体システム研究部門の南部教授らは、十年近く大脳基底核の機能について共同研究を行ってきた。喜多博士は、米国テネシー大学において、ラット・マウスの脳スライス標本を用いて、大脳基底核の単一のニューロンの性質について調べており、一方、本研究部門は、生理学研究所において、主に霊長類の大脳基底核からニューロン活動を記録することにより、脳というシステムの中で大脳基底核が、どのように働いているかを中心に検索している。そして、それぞれの成果を基に仮説を立て、毎年1〜3ヶ月間ほど霊長類を用いた共同実験を生理学研究所にて行っている。

Kita H, Chiken S, Tachibana Y, Nambu A (2007) Serotonin modulates pallidal neuronal activity in the awake monkey. J Neurosci 27:75-83.

(B) 統合生理研究系生体システム研究部門

共同研究者:田 風 博士 (講師, 厦門大学医学院, 中国)

研究テーマ:GADノックアウトマウスを用いた大脳基底核の機能に関する研究

これまで生体システム研究部門では、大脳基底核の機能、基底核疾患の病態生理について、主に霊長類の脳から神経活動を記録することにより研究を行ってきた。一方、げっ歯類とくにマウスなどにおいては、大脳基底核疾患のモデル動物が多く作成されてきている。基底核疾患の病態生理の理解のためには、このようなげっ歯類のモデル動物からの記録が不可欠であるとの考えから、生体システム研究部門においてもげっ歯類からの記録を始めている。一方、大脳基底核の神経細胞の多くは、抑制性の神経伝達物質であるGABA作動性である。このGABAの機能を探るため、田博士は平成18年初めより7ヶ月間、当研究部門において、GABA合成酵素であるGADをノックアウトしたマウスを用い実験を行ってきた。今回、この研究を更に進めるため、2007(平成19)年6月14日から9月15日までの3ヶ月間、生理学研究所外国人研究員として当研究部門において実験を行った。その結果、このマウスにおいては大脳基底核の途中の情報処理が障害されているが、最終段階では正常化しているという所見が得られた。これは、本マウスが重篤な運動障害を示さないことと符合していると考えられる。現在、これらの実験のデータ整理を行っているところである。

(C) 岡崎統合バイオサイエンスセンター細胞生理研究部門 生理学研究所細胞器官研究系細胞生理研究部門

共同研究者:Dr. Violeta Ristoiu (Reader, ブカレスト大学, ルーマニア)

研究テーマ:TRPV1を介した侵害刺激受容の分子機構

ブカレスト大学 動物生理学講座は、温度感覚・痛みの研究を古くから行っている。Dr. Violeta Ristoiuは、ラット単離感覚神経細胞を用いて侵害刺激に対する細胞内Ca2+濃度変化、膜電流変化の研究を進め、高ブドウ糖・低酸素濃度下で感覚神経細胞を培養するとカプサイシン刺激に対する細胞内Ca2+濃度上昇が増強されることを見いだした。この現象の分子メカニズムを解析するために、平成19年7月1日から10月31日までの4ヶ月間、生理学研究所客員教授として細胞器官研究系細胞生理研究部門において実験を進めた。ラットカプサイシン受容体TRPV1を強制発現させたHEK293細胞では、コントロールと高ブドウ糖・低酸素濃度下でカプサイシン活性化電流を比較すると、電流密度に差は見られないものの、細胞外Ca2+依存性の脱感作が高ブドウ糖・低酸素濃度下で有意に小さい(従って電流が大きい)ことが分かった。この現象にTRPV1のリン酸化が関与するかどうかを調べるために、TRPV1のPKCによるリン酸化の基質となるセリン残基をアラニンに置換した変異体を用いて実験を行った。その結果、変異体では高ブドウ糖・低酸素濃度下での脱感作の減弱がみとめられず(コントロールと差がない)、高ブドウ糖・低酸素濃度下での細胞外Ca2+依存性脱感作にTRPV1のPKCによるリン酸化が関与することが明らかとなった。また、高ブドウ糖・低酸素濃度下で培養するとリン酸化されたTRPV1量が顕著に増加することがわかり、電気生理学的解析結果を支持する所見と解釈された。高ブドウ糖・低酸素濃度下は糖尿病患者での感覚神経細胞の状態と似ていると推定され、TRPV1のCa2+依存性脱感作の減弱は高いTRPV1活性の維持をもたらすことから、糖尿病性神経症の発症に関わっている可能性があると考えられる。この内容に関して論文を準備している。

(D) 統合生理研究系感覚運動調節研究部門

共同研究者:Dr. Chiristian Altmann (Associate Professor, Johann-Wolfgang-Goethe 大学, Frankfurt, Germany)

研究テーマ:自然な音に対するヒト聴覚野の慣れ(adaptation)の解明

Dr. Chiristian Altmannは、ドイツJohann-Wolfgang-Goethe 大学(フランクフルト)の心理学教室で、主として機能的MRI (fMRI) を用いてヒトの聴覚野機能を研究している。2004年に柿木教授の研究室から発表した論文(Noguchi Y, Inui K, Kakigi R (2004) Temporal dynamics of neural adaptation effect in the human visual ventral stream. J Neurosci 24:6283-6290)に感銘を受け、高い時間分解能を有する脳磁図を用いて聴覚野におけるadaptation効果を研究するため、日本学術振興会の外国人研究員に採択されて2006年8月より2007年1月までの6ヶ月間、私の研究室で共同研究を行った。

動物の声と単なるノイズを様々なタイミングで与えて聴覚誘発脳磁場を計測したところ、刺激提示の約100 ms後に生じる N1m 成分(主にlateral Heschl's gyrus の神経活動に由来)と、提示後約200 ms後に生じる P2m 成分(主に superior temporal gyrus の神経活動に由来)の両方において有意な adaptation 効果がおこることを明らかにした。ただしこれら2つは性質的に異なり、前者の adaptation が全く異なる2つの聴覚刺激の間でも生じたのに対し、後者の adaptation は2つの音が同じ周波数成分を含んでいる時のみに生じた。すなわち時間的に遅れた脳磁場反応ほど刺激への高い選択性を示しており、聴覚野における階層的処理を時間的な観点から描出した結果と言える。この研究はCerebral Cortex誌に掲載予定である。

Altmann CF, Nakata H, Noguchi Y, Inui K, Hoshiyama M, Kaneoke Y, Kakigi R (2007) Temporal dynamics of adaptation to natural sounds in the human auditory cortex. Cereb Cortex (in press).

(E) 細胞器官研究系機能協関研究部門

共同研究者:Prof. Maria V. Zamaraeva (Bialystok大学, ポーランド), Prof. Ravshan Z. Sabirov (ウズベキスタン国立大学, ウズベキスタン)

研究テーマ:アポトーシス時の細胞内ATP増のメカニズムの解明

岡田教授の部門は、学術相互交流協定を結んで長年にわたってウズベキスタン国立大学のSabirov教授の研究室との間で共同研究を行っているが、2007年度はポーランドBialystok大学のZamaraeva教授を加えた3機関間共同研究を行った。

私達は、アポトーシス死誘導過程においては驚いたことに、細胞内ATP濃度は正常以上に上昇することを見出している。しかしそのメカニズムは未だ不明である。そこで今回、HeLa細胞のアポトーシス死をスタウロスポリン(STS)によって誘導した時の細胞内ATP増への酸化的リン酸化と解糖系の役割を調べた。その結果、STSで誘導される持続性ATP増は、酸化的リン酸化によるミトコンドリアATP産生の阻害剤では何ら影響を受けないのに対し、解糖系の阻害剤によって完全に阻害されることを見出した。このSTS誘導性ATP増は細胞内Ca2+に強く依存し、カルシウムイオノフォアであるイオノマイシンによって同様のATP増がもたらされることが明らかとなった。

Zamaraeva MV, Sabirov RZ, Manabe K, Okada Y (2007) Ca2+-dependent glycolysis activation mediates apoptotic ATP elevation in HeLa cells. Biochem Biophys Res Commun 363:687-693.

(F) 細胞器官研究系機能協関研究部門

共同研究者:Dr. Hongtao Liu (講師, 中国医科大学, 中国), Prof. Ravshan Z. Sabirov (ウズベキスタン国立大学, ウズベキスタン)

研究テーマ:グリア細胞からのATP放出におけるマキシ・アニオンチャネルの役割の解明

ウズベキスタン国立大学と自然科学研究機構との学術相互交流協定にもとづく長年にわたるSabirov教授との共同研究に、2007年度は中国医科大学のLiu博士が加わり、3機関間共同研究を行った。 マキシ・アニオンチャネルは400 pSという大型単一チャネルコンダクタンスを示し、そのポアの大きさはアニオン型ATPを透過させるに十分であることを、私達は多くの細胞で報告してきた。脳グリア細胞アストロサイトは、脳内細胞外シグナルとして働くグルタミン酸やATPを放出することが知られている。それゆえ、アストロサイトのATP放出路にもマキシ・アニオンチャネルが関与している可能性がある。本研究の結果、アストロサイトは虚血刺激や低浸透圧刺激に対して、細胞外へのATPの放出で応答するが、このときにマキシ・アニオンチャネルの活性化が伴われていること、ATP放出はマキシ・アニオンチャネル阻害剤であるガドリニウムで抑制されることが明らかとなった。アストロサイトは、これまでにATP放出路の候補分子として示唆されてきたコネキシン、パネキシン、P2X7レセプター、MRP1、MDR1などを発現しているが、これらの阻害剤によってはATP放出が抑制されないことも明らかとなった。従って、アストロサイトの虚血性及び浸透圧性ATP放出の通路は、主としてマキシ・アニオンチャネルによって与えられることが結論された。

Liu H-T, Sabirov RZ, Okada Y (2007) Oxygen-glucose deprivation induces ATP release via maxi-anion channels in astrocytes. Purinergic Signalling (in press).

Liu H-T, Toychiev AH, Takahashi N, Sabirov RZ, Okada Y (2007) Maxi-anion channel as a candidate pathway for osmosensitive ATP release from mouse astrocytes in primary culture. Cell Res (in press).

(G) 細胞器官研究系機能協関研究部門

共同研究者:Prof. Yuri E. Korchev (インペリアル大学 MRC臨床科学センター, UK), Prof. Ravshan Z. Sabirov (ウズベキスタン国立大学, ウズベキスタン)

研究テーマ:心筋細胞マキシ・アニオンチャネルの局在に関するスマートパッチ法による研究

自然科学研究機構とウズベキスタン国立大学との学術相互交流協定にもとで、私達は長年にわたってSabirov教授との間で共同研究を行ってきたが、2007年度においてImperial College LondonのKorchev教授を加えた3機関間共同研究を行った。 私達は、既に新生仔ラット心室筋細胞にマキシ・アニオンチャネルが発現し、虚血性ATP放出の通路を与えることを明らかにしている。一方、成熟ラット心室筋細胞においてはこれまでマキシ・アニオンチャネルの発現はないものと考えられて来た。しかしながら、成熟細胞においてもATP放出がみられるところから、マキシ・アニオンチャネルの微小部位局在が疑われた。走査コンダクタンス顕微鏡法とパッチクランプ法を組み合わせたスマートパッチ法を用いてこの可能性を検討したところ、マキシ・アニオンチャネルは成熟細胞のT管開口部の狭い領域にのみ局在することが明らかとなった。

Dutta AK, Korchev YE, Shevchuk AI, Hayashi S, Okada Y, Sabirov RZ (2007) Spatial distribution of maxi-anion channel on cardiomyocytes detected by smart-patch technique. Biophys J (in press).

(H) 生体恒常機能発達機構研究部門

共同研究者:Prof. Andrew Moorhouse (New South Wales大学, Australia)

研究テーマ:抑制性シナプスの機能変化の解明

Dr. Andrew Moorhouseは抑制性シナプス機能、特にグリシン受容体機能の生物物理学的解析に精通している。特に、近年発達による抑制性受容体機能の可塑的変化を受容体レベルで研究している。Dr. Andrew Moorhouseの研究室で行っている受容体サブユニット変化とともに、細胞内クロールイオンの発達および障害にともなう変化を解明するために、当部門の研究テーマであるKCC2の機能変化について同氏のもつ標本での検討をおこなうために、JSPS長期研究員として生理学研究所に3ヶ月間(2007(平成19)年9月1日--11月30日)まで滞在した。発達および障害時におけるKCC2の機能発現制御について、当部門で作成したリン酸化部位のミュータントKCC2を発現した培養細胞でその機能消失を確認し、障害時および回路過剰興奮時におけるKCC2機能消失が、早期の脱燐酸化とそれに引き続く蛋白消失によって起こることを電気生理学的手法をもちて検討した。更に、リピッドラフトに局在することが同分子の機能発現に重要であることを証明するために、リピッドラフト破壊標本において細胞内Cl-Cl-濃度の上昇とグリシン受容体応答の脱分極作用をグラミシジン穿孔パッチ法を用いて検討した。さらに、神経細胞の機械的損傷法および、グリシン受容体の単一チャネルレベルでの解析法について当部門の研究員に指導を行った。さらに、グリシン作動性伝達とGABA作動性伝達間の可塑性を調べるために、脊髄神経細胞の培養技術の確立を行い、神経前細胞にGABA注入またはグリシン注入を行った。その結果、GABAおよびグリシン伝達はシナプス前終末内のそれぞれの濃度により、容易にスイッチすることを電気生理学的に確認した。これらの結果は、当研究室および同氏の研究室での継続課題となり、今後相補的に実験を行うこととなった。

(I) 大脳皮質機能研究系脳形態解析研究部門

共同研究者:Li Yun-Qing教授 (西安第四軍医大学, 中国)

研究テーマ:脊髄後角における侵害刺激関連受容体の局在

中国、西安第四軍医大学、解剖学講座は、侵害刺激・痛みの研究を古くから行っている。特にProf. Li Yun-Qingは、ラットの脳と脊髄における痛み関連の神経投射について主に形態学的研究を進め、中脳中心灰白質、三叉神経感覚核、縫線核等からの上行性投射、脊髄への下行性投射についての報告を数多く行っている。今回、8月27日から11月26日までの3ヶ月間、生理学研究所客員教授として大脳皮質機能研究系脳形態解析研究部門において、脊髄後角における痛み関連受容体の電子顕微鏡的解析を進めた。Postembedding法によって、Substance PとEndmorphine陽性の小胞を持つ神経終末が、μ-opioid受容体を持つ脊髄後角神経細胞にシナプスしている様子を3重標識法によって明らかにした。また、脊髄後角神経細胞のシナプスに存在するAMPA型グルタミン酸受容体GluR1サブユニット、NMDA型受容体NR1サブユニットについて、当部門で改良の進められた凍結割断レプリカ免疫電子顕微鏡法を適用し、非常に均一な受容体分布を持っている事が観察できた。今後、この数や密度が神経因性疼痛などを引き起こした際に認められる、wind up現象に伴ってどのように変化するのかを引き続き共同研究によって調べていく予定である。

(J) 大脳皮質研究系大脳神経回路論研究部門

共同研究者:Dr. AlIan Gulledge (JSPS Fellow、国籍 USA)

研究テーマ:The function of reciprocal chemical and electrical connections in neocortical interneuron subtypes (大脳皮質介在神経細胞間の化学的・電気的相互結合の機能)

2006年5月より2007年4月まで生理研にて研究を行う。コリン作動性の入力は、大脳皮質・海馬の神経細胞の興奮性に大きな影響を与える。この研究期間中に、ムスカリン作動性アセチルコリン受容体の活性化が、海馬の錐体細胞に直接的な抑制を与えるかどうかについて検討した。アセチルコリンは海馬に一様な効果を与えるのではなく、CA1の細胞に選択的に抑制効果を与える事が示された。大脳皮質錐体細胞においても同様の効果が認められた。抑制的効果は、細胞内カルシウムの放出とCa2+依存性K+チャネルを介する。

Gulledge AT, Park SB, Kawaguchi Y & Stuart G (2007) Heterogeneity of phasic cholinergic signalling in neocortical neurons. J Neurophysiol 97: 2215-2229.

Gulledge AT & Kawaguchi Y (2007) Phasic cholinergic signaling in the hippocampus: functional homology with the neocortex? Hippocampus 17: 327-332.

2.2 その他の国際共同研究による論文(in pressを含む)

(A)細胞器官研究系機能協関研究部門

共同研究者:Dr. Haiyan WANG (王海燕) (助教, 中国第四軍医大学, 中国)

研究テーマ:酸毒性細胞死におけるアニオンチャネルの役割の解明

最近、細胞外酸性化によって活性化される酸感受性外向整流性アニオンチャネル(ASOR)の活性が多くの細胞で見出されいるが、その役割については不明であった。そこで私達は、酸性条件下でのネクローシス性細胞死への関与の可能性をヒト上皮細胞HeLa株を用いて検討した。細胞外pHを5以下に下げると、強度外向整流性、陽電圧下時間依存的活性化、低フィールド型アニオン選択性、小単一チャネルコンダクタンス、DIDS及びphloretin感受性などの典型的なASOR電流の活性化が見られた。1時間以上にわたって強酸性条件下に細胞をおくとネクローシス死が観察されたが、その前に細胞は持続性膨張を示した。このネクローシス性容積増加(NVI)もネクローシス死も、共にDIDSやphloretinにより著しく抑制された。従って、ASOR活性化を介してのアニオンの細胞内流入がNVIとそれに続く酸毒性ネクローシス細胞死をもたらすことが明らかになった。本研究は、当部門が長年にわたって共同研究関係を持っている西安第四軍医大学から派遣された王海燕医師との2007年度共同研究によって行われた。

Wang H-Y, Shimizu T, Numata T, Okada Y (2007) Role of acid-sensitive outwardly rectifying anion channels in acidosis-induced cell death in human epithelial cells. Pflügers Arch 454:223-233.

(B)細胞器官研究系機能協関研究部門

共同研究者:Prof. Frank Wehner (マックス・プランク分子生理学研究所, Germany)

研究テーマ:高浸透圧誘導性カチオンチャネル(HICC)の活性化メカニズムとその阻害剤の研究

機能協力研究部門は、長年にわたってマックス・プランク分子生理学研究所(ドルトムント市)のWehner教授との間でHICCに関する共同研究を行っているが、2007年度はこの活性化のシグナルメカニズムと新しいブロッカーに関する研究を行った。

高浸透条件下における浸透圧性細胞縮小時において多くの細胞で活性化されるHypertonicity-Induced Cation Channel (HICC) は、細胞容積調節のみならず、細胞増殖やアポトーシス死防御にも関与することがわかっているが、その分子実体も活性化分子メカニズムも未だ不明である。今回はまず、薬理学的アプローチによってその活性化シグナルメカニズムの検討を行い、チロシンキナーゼ、p38-MAPキナーゼ、Cキナーゼ、ホスフォリパーゼCなどの関与を明らかにした。また、その分子実体の同定を阻んでいる一つの要因に、特異的ブロッカーが見出されていない点があることを考慮し、ブロッカーのサーチも行った。その結果、2-amino-ethoxydiphenyl borate (2-APB) が比較的低濃度でHICCチャネル電流を抑制することをはじめて明らかにした。

Wehner F, Numata T, Subramaniam M, Takahashi N, Okada Y (2007) Signalling events employed in the hypertonic activation of cation channels in HeLa cells. Cell Physiol Biochem 20:75-82

Numata T, Wehner F, Okada Y (2007) A novel inhibitor of hypertonicity-induced cation channels in HeLa cells. J Physiol Sci 57:249-252.

(C)統合生理研究系感覚運動調節研究部門

共同研究者:Prof. Gian Luca Romani (キエッティ大学, ITAB研究所, イタリア)

研究テーマ:機能的MRI(fMRI)を用いた脳機能の解明

イタリア、キエッティ大学、ITAB研究所は、脳波、脳磁図、fMRIなどの最新鋭の非侵襲的脳機能測定機器が設置されている、イタリア最大規模の神経イメージングセンターである。柿木は、チーフであるProf.Gian Luca Romaniとは以前より面識があり、fMRI研究を希望する大学院学生2名(中田大貴、坂本貴和子)を2005年より派遣し、共同研究を行ってきた。中田大貴は「体性感覚刺激によるGo/NoGo関連脳活動」について、世界で初めて詳細に研究し、従来より行われてきた聴覚あるいは視覚刺激によるGo/NoGo関連脳活動とほぼ同じ部位が活動することを明らかにした。また、坂本貴和子は、歯科医としての経験を生かし、舌の前部と後部の刺激に対する脳活動部位を詳細に検討した。

Nakata H, Sakamoto K, Ferretti A, Perrucci MG, Del Gratta C, Kakigi R, Romani GL (2007) Somato-motor inhibitory processing in humans: an event-related functional MRI study. NeuroImage (in press)

(D)統合生理研究系感覚運動調節研究部門

共同研究者:Prof. Mark Hallett (NIH, USA)

研究テーマ:機能的MRI(fMRI)を用いた脳機能の解明

米国、NIHのProf. Mark Hallettの研究室は、神経内科の臨床教室であるが、脳波、脳磁図、fMRIなどの最新鋭の非侵襲的脳機能測定機器が設置されており、基礎研究でも高いレベルを誇っている。特に不随意運動を呈する患者の臨床研究及び感覚運動連関に関する基礎研究では世界一の研究室である。柿木は、Prof. Mark Hallettとは20年来の面識があり、運動に関連する研究を希望する博士研究員3名(田村洋平、和坂俊昭、木田哲夫)を2004年より派遣し、共同研究を行ってきた。田村洋平は神経内科医である利点を生かし、不随意運動の代表的疾患であるdystonia、特に手に限局したdystoniaを呈する患者さんの病態を電気生理学的に明らかにし、この患者さん達では第1次体性感覚野の抑制機能が低下していることを明らかにした。

Tamura Y, Matsuhashi M, Lin P, Bai O, Vorbach S, Kakigi R, Hallett M (2007) Impaired intracortical inhibition in the primary somatosensory cortex in focal hand dystonia. Movement Disord (in press).

(E)統合生理研究系感覚運動調節研究部門

共同研究者:Prof. Bernard Ross, Prof. Christo Pantev (トロント大学ロットマン研究所, Canada)

研究テーマ:聴覚誘発脳磁場解析による脳機能の解明

カナダ、トロント大学ロットマン研究所は、聴覚誘発脳磁場の研究では世界最先端の施設として知られている。柿木は、初代チーフのProf.Christo Pantev(現在はドイツ、ミュンスター大学に移動)と、現在のチーフであるProf. Bernard Rossとは以前より面識があり、聴覚研究を希望する若手研究者や大学院学生を2001年よりロットマン研究所に派遣し、共同研究を行ってきた。これまで、軍司敦子(現在、国立精神・神経センター室長)、藤岡孝子(現在、ロットマン研究所博士研究員)、岡本英彦(現在、ドイツ、ミュンスター大学博士研究員)の3名が共同研究を行ってきた。主な研究内容としては、発声や歌唱に関連する脳機能(軍司)、音楽認知に関連する脳機能(藤岡)、聴覚野の周辺抑制に関する研究(岡本)などがあげられる。代表的な研究としては、藤岡孝子が行った「幼児期の音楽訓練が及ぼす脳機能の変化」について紹介したい。日本のSuzuki Methodによってバイオリンの練習を開始したカナダの幼児グループ(4--6歳)と、同年齢で練習をしていないグループを対象として、1年間、経時的に聴覚誘発脳磁場を記録した。すると、練習グループはバイオリンの音に対する脳反応は雑音に対する脳反応とは有意な差が見られ、しかも徐々にその傾向が強くなったのに比し、非練習グループではそのような有意な変化は見られなかった。幼児期に集中して楽器練習を行うことにより、脳が可塑的変化を示すことを世界で初めて明らかにした。この研究はBRAIN誌に2006年に発表され、Times,Washington Postなどの世界の主要な新聞で紹介され、英国のBBC放送でも紹介された。

Okamoto H, Kakigi R, Gunji A, Pantev C (2007) Asymmetric lateral inhibitory neural activity in the auditory system: A magnetoencephalographic study. BMC Neurosci 8: 33 (Online journal)

Gunji A, Ishii R, Chau W, Kakigi R, Pantev C (2007) Rhythmic brain activities related to singing in humans. Neuroimage 34:426-434

(F)統合生理研究系感覚運動調節研究部門

共同研究者:Dr. Louisa Edwards (博士研究員, バーミンガム大学, UK)

研究テーマ:動脈の圧受容器の機能変化と痛覚認知との関連の解明

動脈の圧受容器(arterial baroreceptor)の変化は、ヒトの様々な機能に影響を及ぼすことが知られているが、痛覚認知に影響するか否かはいまだ不明であった。Dr. Louisa Edwardsは、私の研究室では痛覚関連誘発脳波を精力的に研究していることを知り、共同研究を申し込んでこられた。Tulium-YAGレーザー光線(熱線)を痛覚刺激として用い、心電図を同時に記録して、どのタイミングで痛み刺激が与えられた時に、痛覚関連誘発脳波の波形が有意に変化するかを詳細に解析した。実験は生理学研究所で行い、データはバーミンガム大学で解析された。その結果、収縮期には脳波の振幅は拡張期よりも有意に低下している事がわかり、動脈の圧受容器が痛覚認知に影響を及ぼすという仮説が立証された。この研究は痛覚研究のトップジャーナルであるPain誌に掲載予定である。

Edwards L, Inui K, Ring C, Wang X, Kakigi R (2007) Pain-related evoked potentials are modulated across the cardiac cycle. Pain (in press).

(G)統合生理研究系感覚運動調節研究部門

共同研究者:Prof. Christo Pantev (ミュンスター大学, Germany)

研究テーマ:脳磁図を用いた聴覚野の機能解明

Prof. Christo Pantevとは、カナダ、トロント大学、ロットマン研究所のチーフを努めていた頃より共同研究を行っており、2005年に現在のドイツ、ミュンスター大学に移動後も共同研究を続けている。現在は、私の研究室の大学院生(大阪大学からの受託)であった岡本英彦が博士研究員として在籍している。これまでは聴覚野における周辺抑制の研究を行ってきたが、現在はさらに研究の幅を広げてきている。岡本が最近発表した研究を紹介したい。この研究はonline journalであるBMC Biology誌に発表され、同誌が非常に優秀な論文としてpress releaseを行い、ロイター通信社によって、ABC Newsを初めとする世界中のメディアに紹介された。

Okamoto H, Stracke H, Ross B, Kakigi R, Pantev C (2007) Left hemispheric dominance during auditory processing in noisy environment. BMC Biology (Online journal).

Okamoto H, Kakigi R, Gunji A, Pantev C (2007) Asymmetric lateral inhibitory neural activity in the auditory system: A magnetoencephalographic study. BMC Neurosci 8: 33 (Online journal).

(H)統合生理研究系感覚運動調節研究部門

共同研究者:下條信輔 教授 (California Institute of Technology, USA)

研究テーマ:視覚機能の解明

米国、カリフォルニア工科大学, 下條信輔教授の研究室は、心理学をベースにして、ヒトの視覚機能を詳細に研究している。最近は特に経頭蓋的磁気刺激(TMS)を用いた研究や、眼球運動について興味ある研究結果を次々に発表している。柿木は、下條信輔教授とは以前より面識があり、類似の研究を行ってきた博士研究員である野口泰基を2006年より派遣し、共同研究を行ってきた。

追従性眼球運動中に視覚刺激を瞬間提示すると、その刺激の位置は眼球運動を行っている方向にずれて知覚される(smooth-pursuit mislocalization)。従来は視覚刺激が脳内に到達するのにかかるラグがこの位置ずれ現象を生み出していると考えられてきたが(時間説)、我々の研究では当該視覚刺激がずれる方向にもう1つ別の視覚刺激(障害物)を提示することで、この位置ずれが抑制されることを見出した。この結果は従来の時間説では説明できず、視覚刺激同士の位置関係という空間的な要因も、位置ずれ現象に関与していることを示した。

Noguchi Y, Shimojo S, Kakigi R, Hoshiyama M (2007) Spatial contexts can inhibit a mislocalization of visual stimuli during smooth pursuit. J Vis 7:1-15

(I)発達生理学研究系認知行動発達機構研究部門

共同研究者: Dr. Thongchai Sooksawate (Assistant professor, チュラロンコン大学, タイ国)、Prof. William C. Hall, Dr. Psyche Lee (Research fellow) (Duke University, USA)

研究テーマ:中脳上丘局所神経回路の解析

中脳上丘は眼球のサッケード運動などの「指向運動」を制御する中枢として知られている。われわれの研究室は1996年以来げっ歯類の上丘スライス標本においてパッチクランプ法と細胞内染色法を組み合わせて、上丘の局所神経回路の構造と機能を明らかにしてきた。タイ国チュラロンコン大学のThongchai Sooksawate博士は2003--2004年に生理学研究所に外国人客員研究員として来日して以来、再三来日して共同研究を行い、これまでに上丘中間層から反対側橋網様体に出力する細胞群の電気生理学的性質の解析(Sooksawate et al, Neurosci Res 2005)、中間層ニューロンのコリン作動性入力に対する応答様式(Sooksawate & Isa, Eur J Neurosci 2006)などの成果を発表してきたが、最近はGABA作動性ニューロンがGFPの蛍光を発するトランスジェニックマウス(GAD67-GFPノックインマウス)を用いて上丘のGABA作動性ニューロンの性質を解析している。その中で運動出力層から視覚入力層にフィードバック的な抑制を送る一群にニューロンを見出し、その機能について米国Duke大学のHall教授のグループと共同研究を行った。Hall教授らはレーザーuncaging法を用いて中間層を化学的に刺激して浅層ニューロンで抑制性シナプス電流を記録した。この中間層から浅層への抑制性投射はサッケードの最中には視覚入力は遮断され、その結果としてサッケード中の視覚入力によってさらなるサッケードが誘発されることはない、という「サッケード抑制」を担うメカニズムとしてこれまで想定されていたニューロンの存在を実証したものとして米国科学アカデミー紀要に発表した。

Lee PH, Sooksawate T, Yanagawa Y, Isa K, Isa T, Hall WC (2007) Identity of a pathway for saccadic suppression. Proc Natl Acad Sci USA 104:6824-6827.

(J)発達生理学研究系認知行動発達機構研究部門

共同研究者:スウェーデン王国、ウメオ大学、イェテボリ大学 Prof. Bror Alstermark (Umeå Univ), Dr. Lars-Gunnar Pettersson (Docent; lecturer), Dr. Sergei Perfiliev (Research fellow; Univ. Göteborg)

研究テーマ:皮質脊髄路損傷後の手指の巧緻運動の機能代償機構

皮質脊髄路から手指の筋の運動ニューロンにいたる経路については、霊長類では直接経路が発達し、手指の巧緻運動の制御に関わっているとされているが、我々は1997年以来共同研究を継続しており、マカクザルにおいても、直接経路が存在しないネコと同様に、頚髄C3-C4髄節に存在する脊髄固有ニューロン系を介する間接経路が存在することを麻酔下のサルでの急性電気生理実験で明らかにし(Alstermark et al. J Neurophysiol 1999; Isa et al. J Neurophysiol 2006)、運動制御に関する間接経路の重要性について主張してきた(Isa and Alstermark, Adv Exp Med Biol 2002 (review))。そしてこの間接経路の機能を行動実験で検証するために、マカクザルのC4/C5髄節で側索背側部を切断することで皮質脊髄路を遮断し、皮質脊髄路から運動ニューロンに至る直接経路は遮断しつつ間接経路を残すようにしたところ、1,2週から1--3ヶ月で精密把持運動や個々の指の独立制御が回復することから、間接経路も手指の巧緻な運動を制御できることを明らかにした(Sasaki et al. J Neurophysiol 2004)。これらの成果については以下の総説として発表した。また、さらにこのような回復過程における大脳皮質運動関連諸領域の機能をPETによる脳機能イメージング法とムシモル局所注入による可逆的機能ブロック実験を組み合わせて検証し、その成果をScience誌に発表したが、後者の実験の一部に2004年に外国人客員教授として来日していたイェテボリ大学のPerfiliev博士も参加した。 業績

Nishimura Y, Onoe T, Morichika Y, Perfiliev S, Tsukada H, Isa T (2007) Time-dependent central compensatory mechanism of finger dexterity after spinal-cord injury. Science 318: 1150-1155.

Alstermark B, Isa T, Pettersson L-G, Sasaki S (2007) The C3-C4 propriospinal system in the cat and monkey; a spinal premotoneuronal centre for voluntary motor control. Acta Physiol Scand 189:123-140.

Pettersson L-G, Alstermark B, Blagovechtchenski E, Isa T, Sasaski S(2007) Skilled digit movements in feline and primate --- descending control and motor recovery after spinal cord injuries. Acta Physiol Scand 189:141-154.

Isa T, Ohki Y, Alstermark B, Pettersson L-G, Sasaki S (2007) Direct and indirect cortico-motoneuronal pathways and control of hand/arm movements. Physiology 22:145-152.

(K)脳形態解析研究部門

共同研究者:Elek Molnar教授 (ブリストル大学, UK)

研究テーマ:グルタミン酸受容体とGABA受容体の局在

イギリス、ブリストル大学のElek Molnarは、生化学的手法と細胞生物学的手法を用いて、グルタミン酸受容体とGABA受容体の動態や機能を研究してきた。当部門の重本は、彼がオックスフォード大学でポスドクとして研究していた頃から面識があり、グルタミン酸受容体やGABA受容体に特異的な抗体の作製を共同で行ってきた。これまで、当部門に在籍した田中淳一(現在、東京大学、助教)、Wu Yue(現在、NIH、ポスドク)、馬杉—時田美和子(現在、京都府立医科大学、助教)などが、この共同研究に関わり論文を共同で発表している。主な研究内容としては、幼弱ラットや成獣ラット小脳シナプスにおけるAMPA型グルタミン酸受容体の数と密度の決定、オリゴデンドロサイトにおけるGABAB受容体の機能と局在などがあげられる。受容体数の正確な測定には、高品質の抗体が欠かせない。Elek Molnarは、生化学的手法を用いて精製したAMPA型受容体の抗体を継続的に当部門に供給し続けており、一方、当部門で作製されたGABAB受容体を用いた細胞染色はElek Molnarの生化学的データによるオリゴデンドロサイトの機能発現を裏付けている。現在も脳の記憶形成に伴うシナプス受容体数の変化について、共同研究を行っており今後も共同研究論文が発表される事が期待できる。

Masugi-Tokita M, Tarusawa E, Watanabe M, Molnár E, Fujimoto K, Shigemoto R (2007) Number and Density of AMPA Receptors in Individual Synapses in the Rat Cerebellum as revealed by SDS-Digested Freeze-Fracture Replica Labeling. J Neurosci 27:2135-2144.

Luyt K, Slade TP, Dorward JJ, Durant CF, Wu Y, Shigemoto R, Varadi A, Molnar E (2007) GABAB receptors are expressed in developing oligodendrocytes. J Neurochem 100:822-840.

(L)脳機能計測センター形態情報解析室

共同研究者:韓盛植 (HAN Sung-Sik)教授 (高麗大学, 生命工学院生命科学部)韓国)

研究テーマ:ショウジョウバエ複眼網膜のラブドメアを形成過程の研究

韓教授は、韓国昆虫研究所長も兼務しているバイオテクノロジーの研究者である。米国で超高圧電子顕微鏡を使用した経験から、平成6年に生理学研究所超高圧電子顕微鏡室を訪問したときより、超高圧電子顕微鏡を使用したいとの希望をもっておられた。平成14年8月に機会を得て生理学研究所超高圧電子顕微鏡共同利用実験に参加されたときより、超高圧電子顕微鏡を利用してショウジョウバエ複眼網膜のラブドメア形成過程の研究を一貫して進めてこられた。この論文は、高圧凍結法と凍結置換法を用いてショウジョウバエのサナギ末期のエポン包埋試料を作成し、超高圧電子顕微鏡により観察を行った結果、形成過程において新たに中間体を見出したのでその形成過程を考察したものである。生理学研究所では超高圧電子顕微鏡(H-1250M)を用いて作製した試料の切片(0.25 μm)を撮影するとともに±60°範囲内で2°おきに試料を傾斜させて超高圧電子顕微鏡写真を撮影した。その後、解析を進めて得られた結果を考察して韓国の電顕学会誌に報告したものである。

Mun JY, Arii T, Hama K, Han SS (2007) Rhabdomere formation in late pupal stage of Drosophila melanogaster; Observation using high-pressure freezing and freeze-substitution, and high-voltage electron microscopy. Korean J Electron Microsc 37:35-42.