7 大学院教育・若手研究者育成

生理学研究所の重要な使命の一つは生理学研究の次代を担うすぐれた若手研究者を育成して大学・研究機関に送りだし、日本および世界の生理学研究の発展に貢献することである。そのために、生理学研究所は大学院生の教育と学位取得後の若手研究者の育成に力を注いでいる。これまでも共同利用機関の特性を生かしてトレーニングコースや研究会で生理学・神経科学の広い視野を持つ優れた人材を育成することに尽力してきた。更に今年度は多次元共同脳科学推進センターを立ち上げ、その重要な柱として所内外のすぐれた研究者によるモデル講義や新しい研究技術に関する講演会などを行なっている(それぞれの項を参照のこと)。一方、研究の現場において学生の教育を行なうことはすぐれた研究者の育成にとって非常に重要であることから、生理研は他大学の大学院生を特別共同利用研究員として積極的に受け入れると共に、固有の大学院生を有して研究現場での教育を実践してきた。生理研は総合研究大学院大学(総研大)の基盤機関であり、生理学研究所で研究指導を受けて学位取得をめざす学生は総研大生命科学研究科生理科学専攻に入学することになる。当初は総研大は博士後期課程のみを有していたが、早期からの教育が重要であるとの観点から生命科学研究科では2004年4月入学から5年一貫制博士課程を併設して、学部卒業学生の入学を可能にした。現在の生理科学専攻の年度毎の定員は5年一貫制博士課程が3人、博士後期課程が6人である。その後総研大の他の研究科もこれに追随して5年一貫制博士課程を設けるところが増え、現在では一つの研究科を除いて5年一貫制博士課程を導入している。入学人員の推移を見ると、5年一貫制博士課程では定員を超える志願者が毎年続く一方、後期博士課程は減少ぎみである。この原因は明確ではないが、他の有力大学での学生の囲い込みや、社会経済状態の不安定化や特に研究者の身分の不安定さやパーマネントポジションの確保の困難さが若い世代の進路選択に影響している可能性などが考えられる。

生理科学専攻の基盤をなす生理学や神経科学は極めて学際的な分野であり、幅広くこの分野のすぐれた研究者を擁する生理研は、この分野の研究者をめざす学生にとっての重要な受け皿であることは疑いがなく、今後も大学院教育を更に充実したものにする必要がある。まず学部卒業生に対してより広く門戸を開くことを中心として定員の見直しを現在検討中である。また2004年に5年一貫制を導入したが、そのはじめての修了生が2009年3月に誕生することになる。5年一貫制課程導入は学部卒の学生を受け入れることであり、そのために2004年に専門科目講義の充実等大きな教育カリキュラムの見直しを行なった。5年一貫制課程が一つのサイクルを終える機会に、学習効果や学部卒学生の導入が研究現場にどのような影響を与えたかなど、検証を行なうことが必要である。また生理学や神経科学の分野に進むことを考えている学生が、進路の選択にあたって生理研での実際の活動に触れる機会を提供することは重要であると考えられる。そのために、体験入学による学生の受入を近年行っている。また、外国から優れた留学生を受け入れることも極めて重要であると考えられるので、積極的に留学生の受け入れやすい環境の整備や、すぐれた留学生の発掘に努めている。最後に生命科学研究科において広い視野をもつ学生を育てるために総研大生と教員を対象に生命科学系の合同セミナーを毎年行なっている。これらの事業について、以下では項目に分けて記述する。

7.1 体験入学

生理科学専攻では2004年度から「夏季体験入学プログラム」として、大学院進学先を探している学部学生、大学院修士課程学生を対象に生理学研究所での大学院生活、研究生活がどのようなものか実地体験してもらう機会を設けている。生理学研究所総研大大学院教育のホームページに加え、生理学会など主要関係学会ホームページ、文部科学省科学研究費特定領域「統合脳」ホームページ、さらには広報展開室を通して広く公募した結果、北海道から九州まで幅広い地域、また医学、理学、農学、人文などさまざまな学部から計17名の参加があった。ほぼ全ての研究部門・室が受け入可能とした体制で参加を募ることができ、13研究部門で受け入れた。学生の滞在費(宿泊費)と旅費は、総研大の予算「特定教育研究経費」よりサポートされ、学生は、希望した部門と相談の上、7月--9月の中で1週間程度滞在した。また昨年スタートした海外からの学生の募集を今年度も行った。中国、韓国、インド、ネパール、米国からの応募より書面審査にて選抜された3名が、2週間から10週間滞在した(4研究部門)。予算の都合で全員を採択することができなかったが、皆生理学研究所での研究体験を強く希望しており、国際的な認知度の向上が伺われた。このような活動は、急な効果は望めないかもしれないが、長い目でみて学部学生や院生の間での生理研(総研大)の認知度が向上することにつながるものと考えている。短期間の滞在だけでは行われている研究の内容を深く理解する事は必ずしも容易ではないかもしれないが、生理研で行われている最先端の生理学研究や研究設備に触れてもらい、生理学研究を身近に感じてもらう機会を与えたものと考えている。また、このような環境で既に大学院生活を送っている大学院生、留学生とのコミュニケーションにより研究生活の実態を理解する機会を与えたと思われる。受け入れ側にとっても学生との議論を通じて彼らの希望や潜在的能力また生理研・総研大の認知度を知る機会として有用な機会であった。より多くの学生に生理研の特徴を知ってもらい、優秀な学生を生理科学専攻に受け入れるためにも、今後も是非継続すべきと考える。参加学生の体験談や感想を今後のプログラム内容にフィードバックさせるために、体験後のアンケートを実施したいと考える。体験入学の期間については、学生の夏季休暇期間を利用するために今年度も夏季7--9月の設定で行ったが、大きな問題は無かった。しかし、海外からの応募に関しては、場合に応じて実施時期にある程度の柔軟性を持たせてもいいかもしれない。

7.2 留学生関係

総研大生命科学研究科では、従来より英語による国際大学院コースを実施していたが、昨年度より文部科学省の「国費外国人留学生(研究留学生)の優先配置を行う特別プログラム」の実施が認められ、毎年3名の国費留学生が配置されることになった。特に生理科学専攻では、過去に最も多くの外国人留学生を受け入れてきた実績があり、昨年度は国費留学生一名を含む3名(ネパール、パキスタン、中国より各1名)、今年度は国費留学生2名(オランダ、インドネシアより各1名)が5年一貫性のプログラムに入学した。本プログラムではすべて英語による教育を行う事になっており、今年度より生理学専門科目の講義はすべて原則として英語で行っている。またe-learningについても英語化が進んでおり、今後はすべての科目について英語での学習が可能になる予定である。また日本での生活がスムーズに行えるよう、上級生のチューターによるサポートや人的交流促進のための催しも数多く行われている。また十分な経済的サポートが得られる国費留学生はもちろん、それ以外の極めて優秀な私費留学生について生理学研究所奨学金による入学料・授業料の全額補助、優秀な学生について授業料の半額補助や毎月5万円の奨学金支給を行い、勉学、研究活動に専念できるよう配慮している。

また、昨年度はこの特別プログラムの実施に伴い、優秀な留学生の受け入れに向けて英語のホームページを拡大、充実させた。特に国費留学生が毎年配置されることや生理学研究所奨学金によるサポートの具体的内容を明記した結果、昨年度、今年度ともにアジアを中心とする多くの国から多数の問い合わせがあった。また、中国、ハンガリー、インド、タイなどで生理科学専攻の教授による現地面接を実施し、それぞれ4--5名の留学希望者と直接面談することによって、優秀な候補者を選抜している。さらに今年度は総研大の活動のアピールと合わせ優秀な学生をリクルートするために、インドにて総研大海外レクチャーを行い、生理学専攻からも教員が参加した。これらの現地面接、リクルート活動、電子メールのやり取り、電話による会談等を通じ、最終的に来年度の特別プログラム受験者4--5名を絞込み、所長招聘による来日と留学生試験の実施を2月に予定している。

7.3 生命科学・先導科学研究科合同セミナー

2008年11月26・27日、第5回生命科学・先導科学研究科合同セミナーが葉山にて開催された。本年度は先導科学研究科の主催であった。生理科学専攻、基礎生物学専攻、遺伝学専攻、先導科学研究科生命共生体科学専攻の4専攻の教員・学生、合計141名(生理科学:学生31、教員7、基礎生物:学生12、教員7、遺伝学:学生31、教員18、その他1、先導科学:学生12、教員12)が参加した。昨年から先導科学研究科も加わり、総研大で生命科学に関わるすべての専攻が合同で行うセミナーとなっているが、第5回目にしてはじめて大学の本拠地である葉山総研大本部で行なわれたことは、画期的なことであった。岡崎からバスで片道5時間は決して短い距離ではなく負担も大きいが、環境の良い葉山の丘の上でリフレッシュできたことや本部とのつながりを学生教員とも再認識できる良い機会になったと思われる。学生による口頭発表、外部講師による講演に加え、夜は湘南国際村センター内でポスター発表が行われた。105題のポスター発表があり、活発な意見交換が行われた。また、27日には4専攻の学生教育担当教員が集まり、よい学生を獲得するための方策などが話し合われた。

合同セミナーは、生命科学の様々な分野の発展を学生並びに教員が直接接することにより、広い視野を持つ学生を育成するとともに、共同研究の機会を作ることによって最終的には新しい研究分野の創出を目指すものである。普段接することの少ない4専攻が一同に集い、最新の研究を紹介する合同セミナーは今後ますますその重要性を増すと考えられる。他方、研究活動とのはざまで学生の負担が大きいことを懸念する意見も聞かれ、どのような形で進めることが適当かは今後検討する必要がある。