7 行動・代謝分子解析センター

7.1 遺伝子改変動物作製室

遺伝子改変動物作製室では、ラットにおける遺伝子改変技術の革新、遺伝子改変マウスを用いた脳機能解析を推進すると同時に、これら発生工学技術の提供も行っている。さらに、遺伝子ターゲッティングによってノックアウトラットを作製することを目指している。これまでにトランスジェニック (Tg) ラットの作製効率改善やES細胞、精原細胞株の樹立を試みるとともに、核移植や顕微授精など、ラットにおける発生工学技術の高度化に取り組んできた。以下に2008年に発表した論文8編のうち代表的な1編を紹介する。

Hirabayashi M, Yoshizawa Y, Kato M, Tsuchiya T, Nagao S & Hochi S (2008) Availability of subfertile transgenic rats expressing c-myc gene as recipients for spermatogonial transplantation. Transgenic Res (in press).

精原細胞の精子形成能を調べるためには精細管への移植が必須で、マウスでは精原細胞欠損系統 (W/Wv) やブスルファンを投与して精巣内の精原細胞を枯渇状態にしたものをレシピエントとして用いる。しかしラットにはW/Wvのような特徴を持つ変異系統が存在せず、ブスルファン投与によるレシピエントラットの作製も困難である。そこでc-mycを全身性に過剰発現させたラットが精子細胞のアポトーシスによって不妊になっていることに着目し、このトランスジェニック系統 (MT-myc) が精細胞移植のレシピエントとして利用可能かどうか、検討した。EGFPトランスジェニックラットより調製した精細胞懸濁液をMT-mycの精巣に移植した結果、移植3ヶ月後にはEGFPを発現するコロニーが観察された (図a)。これらの精細管ではEGFP陽性の精子細胞が見られ、成熟精子までの正常な精子形成像も観察できた (図b)。EGFP陽性の精細管から採取した精子細胞を顕微授精し、受胚雌に移植したところ、EGFP産仔が得られた (図c)。このように、c-mycを過剰発現するトランスジェニックラットの精細管には、移植したドナー細胞が正常発生に寄与しうる精子細胞・精子へ分化するに必要なニッチが残っていたと示唆される。以上、MT-mycラットは精細胞移植のためのレシピエントとして利用可能なことが明らかになった。

図. MT-mycラット精巣への精子幹細胞移植. (a)ドナー細胞移植3ヶ月後の精巣. EGFP発現コロニー (矢印)、(b) ドナー細胞由来のEGFPを発現する精細管断面. 基底膜上に精原細胞が配列し, 内腔には精子残余体が見える. (c)ドナー細胞由来精子細胞の顕微授精による産仔作出. EGFP産仔 (上)