巻頭言

大学共同利用機関は、自由な発想に基づく内発的・創造的な知的活動である学術研究を推進するための機関であり、我が国の学術研究推進を効率的に促進するために大学をはじめとする全国の研究機関の研究者との共同研究を推進すると共に、配備された大・中型研究装置や研究施設および蓄積された技術やデータベースを共同利用するための機関であり、研究開発機関とは基本的に性格を異にしています。学術研究の成果は、自然・人間・社会に対する認識を根本的に変革して人類の知を豊かにすると共に、将来的には新しい技術の開発や、新しい産業の創出を生みだす基盤を形成していくものであります。その意味で、ともすれば研究開発に偏重しがちだった我が国の政策は、人類の未来を先細りさせるものであり、将来の研究開発の基盤そのものを奪う自殺行為といえるでしょう。国と政治のあり方が見直されているこの時期に、大学と大学共同利用機関を中心に進められている学術研究の重要性を、改めて強く訴えたいのです。

自然科学研究機構生理学研究所は、“人体・脳の働きとそのメカニズムを解明する”という学術研究のための大学共同利用機関であります。2004年4月に法人化されて6年目を迎えた2009年度は、その第一期のしめくくりとなる年であり、今回の点検・評価においては、本年度の成果と業務達成状況がその対象とされるばかりではなく、この第一期の6年間におけるそれらもまた対象とされることとなりました。そのために、本年度末には第一期全体の運営に関する外部評価も受け、その評価結果の文書(第Ⅱ部参照)も含めて本書が構成されております。この点も含めて、皆様からの忌憚のない御意見をいただければ、大変ありがたく存じます。

年々と運営費交付金の配分がおよそ1%ずつ縮減され、2009年度には特別教育研究経費(概算要求分)も1%減額されるなど苦労の多い研究所財政運営の中で、本年度における唯一の生理学研究所における財務的朗報は、「同時計測用高磁場磁気共鳴画像装置」、即ちdual fMRI、の補正予算による配備でありました。2010年度には、国の財政危機といわゆる「事業仕分け」の影響で、更なる予算配分縮減が行われることとなり、その中でいかに私達の研究所がそのミッションを果たし続けていくかという難しい課題が突きつけられております。

いうまでもなく、私達の研究所の第1のミッションは、世界トップレベルの研究を展開することにありますが、これまでもそして2009年度もその役割を果たしえてきたと思います(参照)。英文論文出版状況でいえば、Impact Factorが8および4以上の雑誌に2009年度はそれぞれ33および79編が掲載されており、第一期初年度の2004年度の23および65編と比べてもわかるように、年々増加傾向を示しています。第2のミッションである共同利用研究の推進についても着実な成果を収めてきたと思います(参照1参照2)。これを更に発展させるために、2009年度には「計画共同研究」課題に新たに「マウス・ラットの行動様式解析」を加えました。そして「多次元共同脳科学推進センター」にはサバティカル制度等を利用して長期滞在型共同研究を行う研究者を客員教授、客員准教授または客員助教として受入れる「流動連携研究室」を新設して、その運用を始めました。2009年度における共同利用研究の件数は137件、そのための旅費配分額は3300万円以上となり、2004年度の92件、約2500万円に比べて大きく増加しました。第3のミッションである若手研究者の育成と未来の若手研究者の発掘についても大きな力を注いでまいりました(参照)。ただ心配な点は、総合研究大学院大学生理科学専攻への入学を希望する大学院生の数が最近減少傾向を示していることであり、抜本的な対策が求められている状況であります。一方、その対策とも関連しますが、広報・アウトリーチ活動には力を入れ続けでおり、新聞報道数においても生理研ホームページアクセス数においても著しい増加が見られています(図1.5図1.6参照)。

このように、いくつかの困難がある中においても生理学研究所は大学共同利用機関としての大きな使命を果たしてまいりました。今後も、所員全員が一丸となって更に努力を続けてまいる所存ですので、皆様方からの更なる御支援・御鞭撻を賜りますよう、お願い申し上げます。

2010年 3月
生理学研究所長 岡 田 泰 伸