3 国際共同研究による顕著な業績

3.1 生理学研究所に長期滞在した外国人研究者との共同研究

(A) 認知行動発達機構研究部門

研究テーマ: 幼弱時片側大脳皮質除去ラットの上肢運動機能代償機構

共同研究者: Anusara Vattanajun博士, Phramongkutklao医科大学,タイ

成人の大脳皮質が傷害されると片麻痺になるが、たとえば難治性癲癇の手術のために片側除皮質を幼少時に行った子供の運動機能の障害は比較的軽微である。このことは幼弱時の脳では傷害に対して大規模な神経回路の再組織化が起きることが示唆されてきた。今回、生後5日齢のラットの片側を除皮質したところ、成熟後の傷害反対側の上肢の到達―把持運動は比較的正常であるが、残存する側の皮質を傷害すると遂行不能になることから残存する側の皮質感覚運動野が同側の上肢運動を制御することが示唆された。そこで順行性トレーサーBDAを残存する側の皮質感覚運動野に注入して下行性投射を解析したところ、上肢運動に関与する赤核、橋核、延髄後索核、脊髄灰白質という様々なレベルで両側に投射していることが明らかになり、このような回路の大規模再編が機能代償に関与していることが示唆された。

Takahashi M, Vattanajun A, Umeda T, Isa K, Isa T (2009) Large-scale reorganization of corticofugal fibers after neonatal hemidecortication for functional restoration of forelimb movements. Eur J Neurosci 30:1878-1887.

(B) 生体恒常発達期機構研究部門

研究テーマ:神経特異的カリウムークロールトランスポーターの機能制御の解析

共同研究者:Andrew Moorhouse博士、South Wales大学、オーストラリア

特異的カリウムークロールトランスポーター(KCC2)は神経細胞内クロールを細胞外に排出する主要分子であり、その働きにより成熟動物の中枢神経細胞の細胞内クロール濃度は低く保たれている。そのため、抑制性伝達物質であるGABAやグリシンの受容体に内蔵されているクロールチャネルの開口によって、通常の神経細胞では過分極応答が惹起される。しかし、細胞障害時にはKCC2機能の急速な消失により細胞内クロール濃度の上昇、それによるGABAやグリシン作用の脱分極へのスイッチが起こる。また、未熟期には蛋白が発現しているにもかかわらず機能発現が低い時期が存在することなどから、蛋白発現と機能発現との解離が以前より大きな疑問であった。3年前からAndrew Moorhouse博士が毎年1~3ヶ月生理研に滞在し、KCC2のチロシンリン酸化についての共同研究を行い、KCC2はチロシン残基のリン酸化によりlipid raftにおいてオリゴマーを形成することにより機能発現していることが判明した。2009年8月から9月までの同氏の滞在期間中に論文としてまとめ、以下に報告を行った。

Watanabe M, Wake H, Moorhouse A, Nabekura J (2009) Clustering of neuronal K+-Cl- cotransporter in the lipid rafts by tyrosine phosphorylation, J Biol Chem 284:27980-27988.

3.2 その他の国際共同研究による論文(in pressを含む)

(A) 神経機能素子研究部門

研究テーマ:プレスチンの膜電位依存的構造変化の FRET 解析

共同研究者:Kristin Rule Gleitsman氏 カリフォルニア工科大学

Gleitsman氏は日本学術振興会サマースチューデントとして、2007/6- 2007/8 に生理研に滞在した。この間に、内耳外有毛細胞のモーター蛋白プレスチンが膜電位依存的に構造変化を起こすことを、全反射照明下 FRET解析により明らかにした。
Gleitsman KR, Tateyama M, Kubo Y (2009) Structural rearrangements of the motor protein prestin revealed by fluorescence resonance energy transfer. Am J Physiol Cell Physiol 297: C290-298.

(B) 細胞器官研究系 機能協関研究部門

研究テーマ:心室筋形質膜上におけるCFTRアニオンチャネルのクラスタリング

共同研究者:Andrew F James准教授,ブリストル大学,イギリス

モルモット心室筋細胞膜上におけるAキナーゼ依存性アニオンチャネルCFTRの発現をスマートパッチ法で検討したところ、T管開口部以外の領域においてクラスター状に発現していることが明らかとなった。
James AF, Sabirov RZ, Okada Y (2009) Clustering of protein kinase A-dependent CFTR chloride channels in the sarcolemma of guinea-pig ventricular myocytes. Biochem Biophys Res Commun (in press).

研究テーマ:ブラジキニン刺激下におけるニューロン・アストロサイト間シグナリングにおけるアニオンチャネルの役割

共同研究者:Hong-Tao Liu教授,中国医科大学,中国

炎症メディエータであるブラキシニンによる刺激によってアストロサイトはROS産成し、その結果として容積感受性外向整流性アニオンチャネルを開口させ、このチャネルからグルタミン酸を放出すること、そしてこのグルタミン酸が近隣のニューロンのCa2+シグナルを活性させることを明らかにした。
Liu H-T, Akita T, Shimizu T, Sabirov RZ, Okada Y (2009) Bradykinin-induced astrocyte-neuron signaling: glutamate release is mediated by ROS-activated volume-sensitive outwardly rectifying anion channels. J Physiol (London) 587:2197-2209.

(C) 統合生理研究系 感覚運動調節研究部門

研究テーマ:手のジストニア患者における第1次体性感覚野の可塑性の変化に関する研究

共同研究者:M. Hallett博士、NIH

米国NIHのProf. Mark Hallett博士の研究室は、神経内科の臨床に基づいた優れた基礎研究で有名であり、柿木隆介教授とは長年にわたって共同研究を行ってきた。田村洋平は不随意運動の代表的疾患であるdystonia、特に手に限局したdystoniaを呈する患者さんの病態を電気生理学的手法を用いて明らかにし、これらの患者さんでは第1次体性感覚野の抑制機能が低下していることを明らかにした。
Tamura Y, Ueki Y, Lin PT, Vorbach S, Mima T, Kakigi R, Hallett M (2009) Disordered plasticity in the primary somatosensory cortex in focal hand dystonia. Brain 132 (Pt 3):749-755

(D) 神経分化研究部門

研究テーマ:Vsx2のゼブラフィッシュ眼の発生における機能解析

共同研究者:William Harris教授、ケンブリッジ大学、英国

ゼブラフィッシュ眼の発生において、Vsx2を発現する細胞の細胞系譜解析を行った。その結果、Vsx2を発現する神経前駆体細胞はさまざまな種類の細胞を生み出すことが分かった。また、Vsx2による転写抑制活性がこの現象に関与しているらしい。Vsx2の発現量が低下すると、神経前駆体細胞はVsx2による抑制から逃れ、より限られた種類の細胞を生み出していることが示唆される。
Vitorino, M., Jusf, P.R., Maurus, D., Kimura, Y., Higashijima, S., and Harris, W.A. (2009) Vsx2 in the zebrafish retina: restricted lineages through depression. Neural Development 4, Article # 14.

(E) 細胞器官研究系 生体膜研究部門

研究テーマ:パルミトイル化依存的なBACE1のラフトへの局在化はアルツハイマー病関連分子Aβ産生に必要ない

共同研究者:Gopal Thinakaran准教授、シカゴ大学

アルツハイマー病関連ペプチドAβは前駆蛋白質APPのBACE1とγセクレターゼによる蛋白質分解によって産生される。米国、シカゴ大学のThinakaran准教授らはBACE1がラフトと呼ばれる膜微小領域に輸送されることに着目し、BACE1のラフトへの輸送機構、およびその局在化によるAβ産生に対する効果を検討した。ThinakaranらはBACE1がパルミトイル化修飾を受けることを見出した。一方、当研究部門ではゲノムワイドにパルミトイル化酵素群を単離しており、BACE1をパルミトイル化する酵素に関する共同研究を開始した。スクリーニングの結果、DHHC3, 4, 7, 15および20がBACE1のパルミトイル化レベルを促進することを見出した。BACE1のパルミトイル化はBACE1のラフトへの局在化には必要不可欠であったが、Aβの産生には影響しないことが明らかになった。
Vetrivel KS, Meckler X, Chen Y, Nguyen PD, Seidah NG, Vassar R, Wong PC, Fukata M, Kounnas MZ, Thinakaran G (2009) Alzheimer disease Abeta production in the absence of S-palmitoylation-dependent targeting of BACE1 to lipid rafts. J Biol Chem 284:3793-3803.

研究テーマ:SNAP25のシステインに富む疎水領域は膜への結合とパルミトイル化酵素による認識を担っている

共同研究者:Luke H. Chamberlain上級研究員、 エジンバラ大学、イギリス

SNAP25蛋白質は膜に局在し、エクソサイトーシスを制御する蛋白質であり、シナプス伝達に関わる重要な蛋白質である。しかし、SNAP25の膜への局在化の分子メカニズムは不明である。Luke H. ChamberlainらはSNAP25の膜への局在化にはSNAREパートナーであるsyntaxin1Aは必要なく、パルミトイル化修飾が必要であることを見出した。当研究部門との共同研究にてSNAP25をパルミトイル化する酵素はDHHC3, 7, 17であること、さらにDHHC17によるパルミトイル化にはSNAP25のシステインに富む領域(パルミトイル化部位)の近傍に存在するプロリン残基が必要不可欠であることを見出した。本研究は未だ殆ど明らかにされていないパルミトイル化酵素の認識配列を解明する上でも重要だと考えられる。
Greaves J, Prescott GR, Fukata Y, Fukata M, Salaun C, Chamberlain LH (2009) The Hydrophobic cysteine-rich domain of SNAP25 couples with downstream residues to mediated membrane interactions and recognitions by DHHC palmitoyl transferases. Mol Biol Cell 20:1845-1854.

研究テーマ:パルミトイル化は表皮の恒常性と毛包の分化を制御する

共同研究者:Ian J. Jackson教授、MRC Human Genetics Unit、イギリス

Jackson教授らは脱毛症状を呈する自然発症マウス(depマウス)の原因遺伝子として、1アミノ酸欠失をもたらすZdhh21の変異を同定した。Zdhh21蛋白質は当部門で単離、研究しているパルミトイル化酵素ファミリーの1つであり、この変異蛋白質に酵素活性があるか否かを共同研究にて検討した。その結果、depマウスで発現している変異Zdhhc21には全く酵素活性が無いことが明らかとなった。さらに、私どもはZdhhc21の基質蛋白質としてFyn, e-NOS等を新たに同定した。本研究はパルミトイル化酵素ファミリーの個体レベルでの生理機能を理解する上でも重要な結果だと考えられる。
Mill P, Lee AWS, Fukata Y, Tsutsumi R, Fukata M, Keighren M, Porter RM, McKie L, Smyth I, Jackson IJ. Palmitoylation Regulates Epidermal Homeostasis and Hair Follicle Differentiation. PLoS Genetics 11:e1000748

研究テーマ:Ndel1のパルミトイル化はダイニンの活性を制御する

共同研究者:Orly Reiner教授、 ヴァイスマン研究所、イスラエル

モーター蛋白質ダイニンは神経細胞の移動など非常に様々な細胞生理現象を制御している。このダイニンのモーター活性はLis1/Ndel1/Nde1 蛋白質複合体により精密に制御されている。今回、当部門はNdel1およびNde1が新規のパルミトイル化基質蛋白質であることを初めて明らかにした。一方、Reiner教授らはNdel1のパルミトイル化がダイニンとの結合を負に制御し、ダイニンの活性を抑制し、神経細胞の移動を抑制することを見出した。本研究はダイニンモータ分子の活性を制御する新たな機構を明らかにした点でも重要だと考えられる。
Shmueli A, Segal M, Sapir T, Tsutsumi R, Noritake J, Bar A, Sapoznik S, Fukata Y, Orr Y, Fukata M, Reiner O. Ndel1 palmitoylation: a new mean to regulate cytoplasmic dynein activity. EMBO J (in press).

(F) 認知行動発達機構研究部門

パートナー William C. Hall教授、Duke大学 

Duke大学のWilliam C. Hall教授(2009年に生理研を2回訪問)とともに、過去10年余りの間に双方の研究室で行われた「中脳上丘の局所神経回路」の構造と機能に関する研究をまとめた総説を共同執筆した。
Isa T, Hall WC (2009) Exploring the superior colliculus in vitro. J Neurophysiol 102:2581-2593.

(G) 生殖・内分泌系発達機構

研究テーマ:骨格筋のグルコース代謝調節作用に視床下部・視床下部神経ペプチドオレキシンが関与

共同研究者:Masashi Yanagisawa教授、Texas大学、Eric S. Bachman博士、メルクリサーチ研究所 

視床下部オレキシンが視床下部腹内核の神経細胞を活性化し、交感神経を介して骨格筋でのグルコース利用を選択的に高めることを明らかにした。さらにこの調節機構が、味覚刺激とその期待感によって活性化されること明らかにした。本研究は、摂食時における骨格筋のグルコース代謝調節作用に、インスリンだけでなく視床下部並びに視床下部神経ペプチドオレキシンを関与することを初めて明らかにした。
Shiuchi T, Haque MS, Okamoto S, Inoue T, Kageyama H, Lee S, Toda C, Suzuki A, Bachman ES, Kim YB, Sakurai T, Yanagisawa M, Shioda S, Imoto K, Minokoshi Y (2009) Hypothalamic orexin stimulates feeding-associated glucose utilization in skeletal muscle via sympathetic nervous system. Cell Metabolism 10:466-480.

(H) 行動・代謝分子解析センター 行動様式解析室

研究テーマ:GSK-3を欠失マウスの行動解析

共同研究者:James R Woodgett教授、トロント大学、カナダ

グリコーゲン合成酵素キナーゼ3のサブユニットの1つGSK-3αを欠失したマウスでは脳の構造異常と共に活動量の低下や運動機能の低下をはじめとした精神疾患様の行動異常が見られ、GSK-3αの遺伝子が中枢神経系の機能や精神疾患の発症に関わっていることが示唆された。
Kaidanovich-Beilin O, Lipina TV, Takao K, Eede M, Hattori S, Lalibert C, Khan M, Okamoto K, Chambers JW, Fletcher PJ, MacAulay K, Doble BW, Henkelman M, Miyakawa T, Roder J, Woodgett JR (2009) Abnormalities in brain structure and behavior in GSK-3α mutant mice. Molecular Brain, 2:35.

3.3 生理研で研究活動を行った外国人研究者等

1. 職員・研究員
Kathleen Rockland博士(細胞機関研究系神経細胞構築客員部門教授)

2. 外国人客員教授・外国人客員研究員
外国人客員教授
Prof. Shi-Sheng Zhou (Dalian University, China)
Prof. Ravshan Sabirov (Institute of Physiology and Biophysics, Academy of Sciences, Tashkent, Uzbekistan)
Dr. Petr Merzlyak (Institute of Physiology and Biophysics, Academy of Sciences, Tashkent, Uzbekistan)
外国人客員研究員
Dr. Md. Rafiqul Islam (Islamic University, Bangladesh)

3. 生理研で研究活動を行った外国人研究者(3ヶ月以上)
Batu Mehmet Keceli (Turkey;日本学術振興会外国人特別研究員)
Kim Son-Kuwng (Korea;日本学術振興会外国人特別研究員)
Dr. Sanda Kyaw (University of Medicine 2, Myanmar)

4. 生理研で研究活動を行った外国人留学生(総研大生を含む)
Nergis Tömen (Jacobs University Bremen, Germany)
Batu Mehmet Keceli (Turkey, 国費留学生)
Penphimon Phongphanphanee (Thailand)

5. 生理研を訪問した外国人研究者
Dr. David McLean (Northwestern University, USA)
Dr. Jianhua Cang (Northwestern University, USA)
Dr. Andrew Moorhouse (South Wales University, Australia)
Dr. Kai Kaila (University of Helsinki, Finland)
Dr. Morgens Nielsen (The Danish University of Pharmaceutical Sciences, Denmark)
Dr. Bente Frølund (The Danish University of Pharmaceutical Sciences, Denmark)
Dr. Yen Chen-Tung (Taiwan University, Taiwan)
Dr. Donald W Pfaff (Rockefeller University USA)
Dr. Nelson Spruston (Northwestern University, Evanston, USA)
Dr. Jackie Schiller(The Technion, Israel)
Dr. Victoria Puig (Massachusetts Institute of Technology, USA)
Dr. Ranokhon Kurbannazarova (Institute of Physiology and Biophysics, Academy of Sciences, Tashkent, Uzbekistan)
Dr. Abduqodir Toychiev (National University of Uzbekistan, Uzbekistan)
Dr. Su-Jin Noh (Seoul National University, Korea)
Dr. Daniela C. Dieterich (Leibniz Institute for Neurobiology, Germany)
Dr. Andrew Holmes (National Institute on Alcohol Abuse and Alcoholism, NIH, USA) Dr. Douglas Munoz (Queens University, Canada)
Dr. Brian White (Queens University, Canada)
Dr. Thongchai Sooksawate (Chulalongkorn University, Thailand)
Dr. William C. Hall (Duke University, USA)
Dr. Psyche Lee (Duke University, USA)
Dr. James A. Ferwerda (Munsell Color Science Laboratory, Center for Imaging Science, Rochester Institute of Technology)

6. 現在留学中、あるいは今年外国から帰国した日本人研究者
平井真洋 (Queen’s University, Canada)
望月秀紀 (University of Heidelberg, Germany)
和坂俊昭 (NIH, USA)
森琢磨 (神経分化研究部門・助教)
渡辺雅之 (総研大・カナダ国クイーンズ大学に留学)
西村幸男 (CREST研究員から米国ワシントン州立大学に留学)
木下正治 (米国ロックフェラー大学より帰国)
萩原明(Harvard University, USA)
児玉貴史 (Salk Institute, USA)
春日井雄 (Insbruck University, Austria)
橘吉寿 (NIH, USA)